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道化の世界探索記  作者: 黒石廉
第2部2章 草原とヒト
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087 帰還

 冬のキャンプ地は何組かの家畜取引の商人を迎え、少しずつ宣教師たちもなじんでいった。

 

 「私の知り合いは別のキャンプ地で取引してるんですがね、向こうはそこまで歓迎されてないみたいなんですがね」

 ソの人たちと並んで、並べられた商品を見物する宣教師のレフテラさんを見ながら商人が言う。

 

 「まぁ、私たちには親切な先達がいましたから」

 ブランデーはないですかというサゴさんとともに酒を物色しながらレフテラさんが答えている。


 オークの襲撃で村の若者たち数名が重傷を負った時、サチさんだけでは手が足りなくて、宣教師で唯一癒しの力をもつレフテラさんも治療に加わったことがあった。

 そのとき、オークとの混血でヒトよりもオークに近い姿かたちをもつ若者を何も言わずに治療して、その後、一緒に酒を飲んでいたりしたことが信用されるきっかけだったらしい。

 

 今ではキャンプの外れに立てられた彼らの小屋にソの若者が集って宣教師たちと酒を酌み交わしていることすらある。

 まぁ若者が集まるのは半分くらいは宣教師たちが持っているブランデー目当てでもある。

 最初のうちはほいほいと振る舞っていた宣教師たちだが、そのうち、自分たちもウシの乳の酒を要求するようになった。

 どちらもなかなかしたたかである。

 そして、このゲームのようなたかりあいが宣教師たちをキャンプにさらに溶け込ませているようである。

 お互いに酒をたかりあっていくうちに夜のキャンプは大宴会になることがある。


 「お前らも混ざれ」

 たまにそう言われることがある。

 酒にいろいろなものをささげ、酒があれば、コミュニケーション能力が向上するサゴさんは、それほど強くないにも関わらず目と頭頂部を輝かせながら混ざる。


 しかし、俺たちはあまり混ざらない。あいつらと飲むのは肝臓に確実に悪そうだし、何より翌朝がつらい。

 それでも、連れて行かれることがある。


 昨日は牛乗りレオンことチュウジが引っ張っていかれた。奴は何杯か飲まされているうちに酒にのまれたらしく、ウシに乗りながら一気飲みをするというバカな曲芸を披露していたのだそうだ。

 そのしばらく後、やつは地面に転げ落ち、奇声を発しながら、酒をあおり、そして倒れたらしい。

 「汚いから連れて行って欲しい」

 知らせにきたソの若者に「いいかげんにしてくれよ」とぼやきながら、俺は奴とサゴさんを引きずっていったのだった。


 砂とウシの毛と糞と自分のゲロで汚くコーティングされた呪いの人形は今、小屋の地面に転がしてある。

 人形の横には小屋まで送り届けるのが面倒だったので、ここに転がした皿がひからびたカッパの落ち武者もいる。こちらも同様に汚らしい。

 転がしてある呪いの人形は、背が伸びているようだ。毎日、一緒にいると気が付かないものだが、ふとした拍子にこうやって見てみると確実に成長している。

 そういえば、鎖かたびらの丈が合わなくなってきたとか言っていた。

 一度、街に連れて行ってやらないといけない。

 「俺はこいつのママかよ……」

 俺はため息をつくと、身支度用の水を求めて外に出る。


 サゴさんを飲みくらべ難なくでつぶし、そのままチュウジと「2ケツ」していたヴィレンさんはけろっとしてキャンプの皆に挨拶をしてまわっている。一緒に歩いているベルマンさんは少しきつそうだが、それでも、小屋に転がるアルコールと牛糞の臭いにつつまれた呪物セットに比べるとずいぶんと元気そうだ。

 

 「いいかげんにしてくださいよ。あの汚いブツかついで小屋帰るのもう嫌なんですよ」

 俺は抗議する。

 「全ては流転するのです。彼らも流転し、様々なものをくっつけ、新たなる姿を得るのです」

 ヴィレンさんがおどける。ええ、うちのブツは枯れ草や牛糞とかいろいろなものくっつけて小屋の中に入れるのもはばかられるくらいの「新たな姿」を得ていますわ。


 「自分の神様、冗談に使っているとバチあたりますよ」

 そういう俺に彼はにやっと笑って返す。

 「我らの神にして神々は道化です。笑いが取れれば、神にして神々も本望でしょう」

 ふざけた聖職者がいたものだ。いや、ふざけた神様にお似合いというべきだろうか。


 ベルマンさんは横でしぶい顔をしている。

 「あのね、シカタさん、この者の発言は我々の見解ではありませんからね。我々の信仰に対する真摯な思いをこの者はすぐに誤解させようとする悪癖がある」

 俺はわかってますよと相づちをうつ。

 あんな人が何人も居ては困る……まぁ、楽しいけれど。


 ◆◆◆


 冬が終わり、夏のキャンプ地へと移動する頃、ベルマンさんが言った。

 「私は一度報告に戻らないといけません。すぐに戻ってくる予定なのですが、キャンプは移動するのですよね」

 チュオじいさんの東屋には3人の宣教師とチュオじいさん、その孫3人、そして俺たち5人が居る。

 けっこうみっちりと詰まっている。


 チュオじいさんが「夏のキャンプに来い」と伝える。

 どこかで見た光景だ。


 「夏のキャンプの場所……わかりませんよね」

 「……ええ」


 俺たちの会話を聞いていたジョクさんがにやりと笑って言う。

 「お前らのウシは今度こそ俺が預かっておいてやろう」


 こうして、俺たちはベルマンさんについてカステの街まで行き、復路の案内をすることになったのである。


 ◆◆◆


 ベルマンさんの迎えは商人ではなく、1人の修道騎士が指揮する少人数の隊だった。

 立派な全身鎧を身に着けた騎士に付き従う騎馬の従者が1名、そして歩兵が4名の合計6名と軍馬2、荷馬1のウマ3頭。

 ベルマンさんも騎乗している。

 俺たちは荷馬2頭に、ウシ3頭、5名。全員が徒歩である。

 ウシは2頭ニクルさんに売って、それで買い物をしようということになっている。


 「カステに行くのも1年ぶりか……」

 「チュウジくんが大きくなっちゃったね」

 ミカが言う。

 彼女よりちょっと大きかったぐらいのチュウジはいつの間にかサチさんくらいの背の高さになっている。

 

 もちろん、それでも無茶苦茶に大きい訳ではないが、サチさんは不満そうだ。

 「最近、頭を撫でさせてくれないんですよ。撫でようとすると胸を張って頭を上げるんです」

 「反抗期か、それとも頭のてっぺんが実は薄くなってきているとか」

 ミカが俺に頭を下げるようにとハンドサインを送ってくる。

 膝を曲げた俺の頭にジャンピングチョップを決めてから言う。

 

 「そういえば、シカタくん、大きくならないね」

 多分、成長期過ぎたんだよ。

 もう19、そのうち二十歳超えちゃうんだぜ。

 

 「あたしも成長期止まっちゃったみたいだから、これ以上大きくなられても困るし良かったかも」

 だよね。

 

 途中で別のキャンプに寄る。

 そうベルマンさんから告げられる。


 ソのキャンプ地はいくつかある。

 俺にはよくわかっていないが、どうも氏族ごとにいくつかのキャンプがあるらしい。

 ソというだけで神話伝説レベルの共通の祖先しかいないらしい。もはや近くのオークのほうが血縁的には濃さそうなレベルであるが、それでもたまに交流はするし、ソ同士として争うこともないらしい。

 これから向かうキャンプ地は2番めに大きい氏族(ちなみに俺たちがいるロウというキャンプが一番大きいらしい)で そこにも宣教師が入っているのだそうだ。


 「彼らもベルマンさんたちみたいにとどまれって言われて、困ってたりして」

 ミカがにこにこして言う。


 「困ったりはしていないですよ。誇らしいぐらいです」

 ベルマンさんもにこにこしながら答える。


 ◆◆◆


 夕暮れ時にたどり着いたラク氏族のキャンプ地は物々しかった。

 オークとの戦いを控えているのかと思ったくらいだ。


 人々はソ様式ではない小屋、つまり宣教師が滞在しているであろう小屋を囲んでいる。

 

 「何が起こっているのです?」

 ベルマンさんが小屋を包囲する怒気をはらんだ人の1人にたずねようとする。

 しかし、彼らはすでに興奮しきっていて、口々に叫びながら、ベルマンさんを小屋の前に連れて行く。


 「あいつらが子どもを連れて行くと言い出した」

「せっかく取り戻した子どもを連れて行くと言い出した」

 「我々の教えを無視し、我々の決まりを無視し、我々の子どもを奪おうとしている」

 「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」


 興奮するソの老若男女を前にして、ベルマンさんは説得を試みようとする。

 俺たちは動くことができない。


 「何をしているのです? ベルマン師? はやくこちらに!」

 修道騎士が叫ぶ。

 彼の命令で徒歩の護衛が2人、剣を抜いて威嚇しながら、囲まれたベルマンさんを「救出」しようとする。

 

 不幸なことに「威嚇」のためには、この場の人口密度は高すぎた。

 オークの血が濃く出ているであろう少年の耳をざっくりと切ってしまう。

 2人の護衛はベルマンさんとともに群衆に飲み込まれる。


 眼の前で繰り広げられる悪夢に俺たちはなすすべもなかった。

 巻き込まれないようにするだけで精一杯だった。


 修道騎士が騎馬で突撃して、群衆をなぎはらい宣教師の1人を助け出し、そのまま他の者には目もくれず駆け去っていった。

 一緒に突撃した従士は馬から引きずり下ろされて、群衆に踏み潰された。

 恐れをなして逃げる歩兵と逃げ遅れた宣教師2人もすぐにそのあとを追った。

 人々は宣教師の小屋に火をかけた。


 ようやく興奮が静まった頃、もはや何も語ることのできなくなったベルマンさんに再会した。

 

 「彼はロウの一員だ」

 チュウジが氏族の名前を出して宣言しなければ、遺体はひどい扱いを受けていたであろう。

 俺たちは事情を説明するために、ラクの青年とともに俺たちのキャンプへと戻ることになった。


 ◆◆◆


 「ああ、なんてことだ……」

 ベルマンさんの遺体とともにあまりにも早い帰還を果たした俺たちをみて、チュオじいさんは杖を取り落とした。

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