083 名前で呼ばれるあるいは大人の階段をのぼる
戦闘後、傷を負っていたチュウジとサゴさんをサチさんが治療をする。
ジョクさん、ラーンさん、グワンさんの3人もそれなりに傷を負っているが、彼らは癒し手の力を拒否し、持っていた薬草をすりこんだだけで済ませてしまう。
「嫌っているわけではないんだ」
ジョクさんが弁明する。
「戦士の傷を消したら、戦った意味が減る」
とラーンさん。
「女がこの傷を褒めてくれる。撫でてくれる。その機会は失いたくない」
グワンさんが笑いながら、自分の胸についた傷を指でなでる。
彼は俺に近づくと、頬をすっと撫でて言う。
「お前もこのあたりに傷をもらえば、もう少しましな面になるぞ」
横にいたミカが首をぶんぶん横にふる。わかっていますとも。
「以前、ここ思いっきり切り裂かれたんですけどね。そのときは悲鳴をあげられましたよ」
ソの3人が大笑いする。
ここだったら、傷あとに一晩中口づけをしてくれるぞ。
そう言われて、その場面を妄想していると、思いっきり背伸びをした女の子にほっぺたを引っ張られた。
「あ、傷、傷あとできちゃう」
一晩中、つねり続けてあげる。そう言う彼女に「それもいいかも」と返したら耳まで真っ赤になっていた。
ウシにオークの亡骸を載せてキャンプ地に戻る。
戦いとウシこそ全てと言わんばかりのソの価値観には驚かされることが多いが、見ず知らずの敵であっても丁重にあつかうというのは文句なしに気に入っている。
戦わないで済むというのが一番なのだが、この世界にいる限りその選択肢をとれないことも多い。
そして戦ったら最後どうしても怒りや憎しみにとらわれがちだ。そんな負の感情をリセットしてくれるような気がする。
◆◆◆
キャンプ地に戻ると、真っ先にチュオじいさんが出迎えてくれた。
両手をひろげてにっこり笑う俺の横をすり抜けて、ミカをがっちりと抱きしめ、そのあと、サチさんに頬ずりをしていた。
このじいさん、結構スケベじゃないかしら。
ていうか、じじい、ミカの尻を鷲掴みにして「もっと食べろ」とか言っていやがる。
くそ、まだ触ったことないのに……。
じーっと目から恨みビームを送っていると、チュオじいさんはようやくこちらにやってきて、俺の尻をもんで言う。
傍らにいたジョクさんが通訳してくれる。
「お前は食いすぎだそうだ」
大きなお世話だよ。
今回はこちらに死者はいなかった。
それでも皆がクワや棒をもって集まってくる。
穴を掘りおえると、前回と同じように亡骸を丁寧に横たえる。
襲撃でとってきたウシを一頭、穴の横で殺して、血を捧げる。
そして、何かしらの詠唱と唱和。
唱和の意味は「お前は戦った」という意味なのだそうだ。
俺たちも教えられた通りに発音をまねて唱和に加わる。
ウシがさばかれるあいだに俺とサゴさん、それにチュウジは小屋に引っ張っていかれる。
ミカとサチさんは女性が別の小屋に引っ張っていった。
小屋の中で俺たちは上半身裸にされると、ウシの毛皮でつくった頭飾りを被せられ、首飾りをつけられる。
白い顔料で顔と上半身に模様を描かれる。
下半身は膝上の緩やかな腰布。
文化祭でミニスカートをはかされたときのようにちょっとスースーする。
外に出る。
人々が大きな焚き火のまわりに集まっている。
しばらくして、ミカとサチさんも別のテントから出てきた。
思わず見とれてしまう。
2人とも、上半身は短めのチュニック状のもの、下半身は俺たちと同じような緩やかな腰布。
彼女たちは俺たちみたく顔に白い模様とかは描かれていない。
鎧をつけているときはもちろんだし、鎧を脱いでいるときでも、あまり肌の露出した服をもっていない俺たちにとっては、へそ出しミニスカートみたいな姿は非常に刺激が強い。
「おい、魔導騎士、お前は今幸せを感じているか?」
ミカに見とれたまま横にいる同志に声をかけるも返事がない。
右を向いてみると目付きの悪い座敷童子が真剣なまなざしで前方を見つめている。
俺の声なんか聞こえないらしい。
とんだエロガキだ。
俺はチュウジを放っておいて、心の中のビデオカメラに集中する。
足キレイだなとか、お腹引き締まってるなとか、胸元もうちょっと見たいとか鼻の下を伸ばしていたら、ミカがたたたっと走ってきて、俺のほっぺたを両手ではさんだ。
「目がやらしい」
「……すみません」
「あたしのことを舐め回すような目で見てた」
「……おっしゃる通りでございます」
「でも、サッちゃんに見とれてたりしなかったのはエライ子だ」
あなた一筋で見つめ続けますと返したら、そっぽを向かれる。
「はいはい、お父さん、ラブコメは許しませんよ。みんな待っててくれてるんですから、恋人結界とか作るのはあとあと」
サゴさんが俺たち4人を現実に引き戻す。
チュオじいさんが俺たちの前に来る。
彼も普段とは違って着飾り、右手には装飾の施された槍をたずさえている。
そして、何事かを唱えると順番に俺たちの鎖骨のあたりを槍の穂先で薄くひいていく。
血が出てくるとまた何事かを唱え、まわりの皆が唱和する。
最後に俺たち5人を名前で呼び、ウシの血を俺たちの額に塗る。
普段はナニが小さいみたいな恥ずかしいあだ名でしか呼んでもらえない俺もちゃんと名前を呼ばれている。
周囲の人たちが陽気な声で叫ぶ。
「お前らは一人前となって名を得た」
ジョクさんが説明してくれる。
「お前たちは、もう俺たちの一員だ」
「どうやら、これはソの成人儀礼らしいな」
チュウジがつぶやく。
「成人式?」
そう聞き返すミカにチュウジが説明を続ける。
「我々がいた世界でも成人儀礼では死の危険すらあるような試練をくぐり抜けなければならないということがしばしばあるのだ」
「バンジージャンプとかライオンを槍で仕留めるとかですよね」
サチさんが補足する。
この2人は本当にこの手の話が好きだ。
ソの野営地でも常に観察したり、質問したりしているし、言葉のおぼえもはやい。
いまだに通訳してもらわないと、ほとんど言葉が理解できない俺はちょっと恥ずかしい。
せっかく仲間にいれてもらったのだから、もう少し真面目に言葉の勉強をしよう。
「そういえば、ここの人たちもみんな大人になる前は名前が違ったの?」
ミカがジョクさんに質問をしている。
うなずいているジョクさんに俺も質問をする。
「チュオじいさんの名前はなんだったんですっか?」
ジョクさんがにやっと笑う。
オレも以前聞いたことがあってな、そう言ってから教えてくれたあだ名はなかなか傑作だった。
「小便を漏らして逃げた男」
小便漏らさないか心配という俺への言葉はかつての自分の経験からだったのか。
チュオじいさんは鼻を鳴らすと、ジョクさんに早口でまくし立てる。
「よくない名前を変えるために、自分はがんばった。お前も小ささは変わらないが、名前を得られてよかったと思う、と言っている」
チュオじいさんは目の前にくると、俺の股間を鷲掴みにしてにやっと笑った。
俺たちの「成人儀礼」というのが無事に終わったことを祝う宴は明け方まで続いた。




