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道化の世界探索記  作者: 黒石廉
第2部2章 草原とヒト
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080 都市の見えない壁

 盗賊は全員ふんじばった。

 降伏した者の他に倒した相手で2人ほど息のある者がいたので、これも治療したうえで拘束した。


 「癒し手の力をこんな悪党のためにまで使うとね」

 雇い主のニクルさんはため息をつく。

 サチさんが目を伏せると、ニクルさんは慌てて言う。

 「いや、あなたを批判したわけではないんですよ。ただね、街では大金持っていくかコネを駆使しないと治療してもらえない一方で、外にはただで治療している人がいるというのも変な話だなと思って……」

 

 確かにその通りで、癒し手に治療してもらうのは難しい。

 治療を求めている人はたくさんいて、それ全てに対応するだけのキャパシティは癒し手の組合にはない。以前、癒し手の組合でそんな話を聞いたことがある。

 「トリアージとかいう考えは、最近のものだしね」

 ミカが難しいことを言う。

 「鶏と鯵でないことだけはわかったけど、なにそれ?」

 

 「簡単に言うと、治療の優先順位を決めて、限られた医療資源をうまく分配することかな」

 簡単と言いながら、彼女のいうことは難しい。必要そうなところ、効果的に機能するところに振り分けていくってことか。


 「俺が古文を捨てて、まだ助かりそうな英語を勉強するみたいな?」


 「医療と勉強を同じとこで考えたら、怒られちゃいそうだけど、考え方としてはそれほど違っていないかも」

 ミカの答に考え込む。古文は捨てても補習さえくらわなければ(さしあたっては)痛くない。でも、ばあちゃんと俺が大怪我して、ばあちゃんは助からないけど、お前は助かりそうだし若いからお前から治療すると言われたら、感謝すべきこととわかっていてもモヤッとしてしまいそうだ。


 「でも、自分や親しい人がそこで弾かれたら、頭でわかっていても結構くるかもね……」

 俺はぼんやりと考えたことを口に出す。


 「だよね。ほんとにむずかしい」

 ミカがつぶやく。


 「それに組合のほうは、トリアージっぽいのだけでなくて、商売や政治的な思惑もありそうですし……」

 サチさんが目を伏せてため息をつく。俺はあわてて話題を変える。

 

 「それにしても、ミカさん、なんでそんなに詳しいの?」

 「だってお医者さん志望だったもん、あたし」

 「あれ? もしかして天才だったりする?」

 「しないよ。天才じゃないから机にかじりついてた」

 頭が下がる。


 「メリハリ、切り替えが大事だからね。だからね、シカタくんも切り替えていろいろなカップリングを……」

 ミカの言葉があやしげな方向に向かう。サチさんが大きくうなずいている。サチさんが元気になってくれるのは良いことだが、この話題は危険である。

 「『だから』以降がまったくもって意味不明なのですが……ご腐人方におかれましては……」


 チュウジはもちろんのこと、最近はサゴさんもこの手の話になると離れていく。

 以前、「若いマッチョ×枯れた中年男性」というカップリングについて、2人の集中講義を受けたのが原因であろう。ははは、安全地帯なんてないんですよ。

 ちなみにカップリングにおいては左が攻め、右が受けという試験に絶対出ないし、この世界でのサバイバルにも絶対役に立たないであろう知識まで俺は詰め込まれている。


 「どんとしんく・ふぃーーーる」

 ミカが俺の心の師匠の台詞を使う。ちゃんと発音まで真似してくれている。


 俺は俺で彼女に自分の好きなことを教えている。

 彼女は彼女でワンインチパンチについてとか、俺の早口の語りに付き合わせられているわけだ。

 お互いこれまで興味のなかったことについて、教え合うというのは結構楽しい。

 教えられたことに、はまることもあれば、はまらないこともあるだろう。

 それでもお互いを知っていく感があって、俺は好きだ。


 「せっかく治したって、街で突きだしたら、あとは十中八九処刑というのもね」

 ニクルさんは、まだ納得がいかない感じで続ける。

 ニクルさんの言っていることはすべてがもっともである。


 「それでも、降伏した人間を斬るわけにもいかないし、泣きわめいている者を放っておくのも気分悪いですし」

 俺の自己満足なんですよとつけ加えておく。

 チュウジが暗黒騎士道がどうのこうのと言っている。

 奴は奴なりにサチさんのフォローをしたいのだろう。

 その気持ちは称賛すべきものだが、暗黒騎士道云々は正直なところ笑える。

 もはや、それは騎士道かなにかじゃないだろうか。

 奴が目指していたダークヒーロー路線はとうに消えている。

 たぶん、そのうち愛と勇気が友だちとか言い出すに違いない。

 そのときは、あおりたおして、目に涙浮かべ握りしめた拳をふるふる震わせる奴を笑ってやろう。


 「ソも不思議なやつらだが、あなたたちも負けず劣らず不思議ですねぇ」

 俺たちは道を歩いてても盗賊に囲まれたりしない不思議の国からやってきたんだもの。


 ◆◆◆


 盗賊の襲撃以外は何事もなく、俺たちはカステの街にたどり着いた。


 街の郊外で衛兵に盗賊たちを引き渡すことにする。

 途中で逃してくれと懇願されたこともあったが、そこまでは優しくなれないし、逃したら逃したで、別の人を襲うかもしれない。


 「こんなことなら、あの場で死なせてくれれば良かったんだよ」


 衛兵に引き渡される運命から逃れられないと悟った盗賊のリーダーは、腹いせにサチさんにツバを吐く。

 チュウジがそのツバを受け止めると、すばやく近寄り、盗賊の顔に手を当てる。

 お気に入りの必殺技決め台詞こそ叫んでいないが、スキルを発動させているのだろう。

 「そんなに死にたければ、今すぐ殺してやっても良いのだぞ」

 チュウジのスキルで暴言とツバを吐いた盗賊のリーダーはぐったりとする。

 死んでいるわけではないが、他の者にはわからない。

 「貴様らも、こいつの後を追うというのはどうだ」

 チュウジの言葉に盗賊たちは押し黙った。

 

 街に入ろうとすると、ジョクさんが立ち止まる。

 「オレはここで待っている」


 困惑する俺たちにニクルさんが解説をしてくれる。


 「街には、彼らのことを嫌う者も結構いるんですよ。まぁ、街に限りません。あの盗賊たちだって、嫌なこと言ってたでしょ? 『亜人まがい』って」

 ああ、そういうことなのか。

 

 「だから、ソは自分たちでウシを売りに来ることはないし、街に彼らの欲するものがあったとしても買いに来ることはありません。私たちのような商売が成り立つのも、こういう状況があるからなので、自分は関係ないとか言えませんけどね」

 ニクルさんはそう言う。

 でも、彼は少なくとも相手を商売相手として認めて、彼らと関係を築いてきている。

 部外者の俺たちがどうこういうことはもちろんできない。

 

 「見えない城壁がここにあるんですね……」

 サチさんが寂しそうに言う。

 

 「ここで待つ」と言われて、「はい、そうですか。じゃあ、また後でね」と言うことに耐えられる人間がうちのパーティーにはいなそうなのは良いことであるが問題でもある。

 ならば、ここでテントをはるというのもありかもしれない。

 ただし、そうなってしまうと街での快適なベッドや公衆浴場という施設の使用ができなくなってしまう。

 男性陣はともかくとして、女性陣には辛いんじゃないだろうか。というか俺だって正直なところ、街でゆっくり休みたい。

 だったら……。


 俺はフードつきの外套(がいとう)を脱ぐと、ジョクさんに着せる。

 そして、以前ハゲ隠しに買ったターバンで彼の顔を隠す。


 「これだったら、街で歩く程度なら大丈夫なんじゃないかな。買い出しだって、自分で品物を見てみたいでしょう」

 彼というか俺たちはソの人々から買い出しを頼まれている。

 

 「これでもなにか言われることがあったら、そんな奴は私が絞めておきますよ」

 サゴさんが物騒なことをいう。


 押し黙っていたジョクさんがポツリと言う。

 「この布は……臭いな」

 サゴさんがニコニコして手招きする。

 「加齢臭ですね。ようこそ、こちらがわへ。わたしたちは君を歓迎します」

 

 このおっさんたちは……。ジョクさんだって、臭いだろ。それに10代でそちら側に行かねーって。

 そうツッコミを入れようとしたら、その前に彼はターバンの奥で赤い舌を出して言った。

 「でも、良い考えだ。ありがとう。ナニは小さくても、お前は良い男だ」

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