079 目つきの悪い子どもは雄牛と踊る者となる
復路、俺たちは盗賊に囲まれていた。
「ウシは価値こそ高いですが、隠したり、こっそりと換金することが難しいものです。だから、ウシを狙ってくるのはたいていはゴブリンなわけです」
こうした理由で、商品価値の割には、ウシ取引の商人はたくさんの護衛を立てない。
実際、これまでの仕事も護衛は常に1パーティー、同僚はいなかった。
一緒に旅をするのは雇い主とウシの世話をする少年が2名か3名だった。
今回の雇い主のニクルさんは息子2人にウシの世話をさせていたので、彼ら親子3人と旅してきた。
これまでは雇い主の話通り、ゴブリンくらいのものだ。かつてはゴブリン相手にやられかけた俺も経験とあの頃から格段に良くなった装備のおかげか軽くさばくことができていた。油断は禁物だが、以前のような脅威を感じることはない。
なのに家畜取引今シーズン最後の仕事で盗賊。
ついていない。
「話が違うじゃん」
俺の抗議の言葉にミカが答える。
「何事も例外ってあるからね」
チュウジが小剣を抜きながら、毒を吐く。
「知恵3、魅力2、無惨な能力値の貴様が唯一誇れたはずの運も下がったようだな」
運だけでなく、知恵と魅力も下がっている気がする。
「武器なんか抜いてんじゃねーぞ! 人数差考えろや、ボケ!」
盗賊のリーダー格らしき男が戦斧を片手にこちらに怒鳴る。
前方にリーダー含めて6名、後方に6名。
こちらの戦闘要員の倍はいるわけだ。
相手が油断しているあいだになんとかしないと大変だろう。
「抵抗しなければ、まぁ、命くらいは助けてやる。お、鎖かたびらとか着込んでるからわからんかったが、女もいるのか。それもなかなか良い顔してるじゃねぇか。さえない男なんかすぐに俺たちが忘れさせてやるさ」
むかつくが、時間稼ぎにはなる。
そのまま言わせておく。
俺は顔を動かさずに小声でささやく。
(前は俺とサゴさんで、初っ端一発ぶちかまして、一気に仕留めましょう)
サゴさんが軽く首を動かして了解したことを示す。
ジョクさんの肩を右手でぽんぽん叩くと、右手で後方の敵、左手でミカとチュウジを指し示す。
ジョクさんが無言でうなずく。ミカとチュウジも当然わかったようだ。
サチさんは戦闘になったら、必ず雇い主と一緒にいて、射撃と自衛以外の戦闘はしない。これはあらかじめ決めてあるから何も言う必要はない。
俺は金砕棒を両手で上に掲げて大きく伸びをする。
「すみません。女とウシを置いていったら、俺の命は助けてもらえるんですか?」
「あと、金目のものも置いてけ。その金棒も鎖かたびらもそこそこの値で売れそうだからな。全部脱いでけ。素っ裸になったら、許してやるわ」
盗賊のリーダーらしき男が俺を指さしながら笑う。
ジョクさんも敵に呼応するかのように笑う。
「この男はナニが小さいのを恥じているのだ。素っ裸にするのはかわいそうではないか」
変なこと言わないでくれよ。
男たちが笑う。
「この亜人まがいは面白ぇこというなぁー。見せ物小屋にでも売るか、こいつは。人の言葉を解する亜人もどきってな」
リーダーの横にいた男がけらけらと笑う。
さぁ、そろそろ黙れ。
俺は叫ぶ。
「男の大きさはなっ! 度量の広さだ! 器の大きさだ! ナニの大きさは関係ない。あと、俺の友人を侮辱したやつは後悔してもらうぞっ!」
「器も小さいだろうが、貴様は」
チュウジのあおりを無視して前方の6人組に突進する。
横を走るサゴさんが接敵間際に足をふんばって止まる。俺もそれに合わせて立ち止まる。
腰をぐっと落とした彼は6人組に向かって酸を吐く。
こちらの突進に呼応して走ってきた3人が酸をもろにくらって、もんどり打って倒れる。
俺たちは再び走り出す。
俺は悲鳴を上げる敵をふみつけながら走り、ジョクさんを亜人もどき呼ばわりした男の脳天に金砕棒を振り下ろす。
頭蓋が砕ける感触が手に伝わってくる。
サゴさんはリーダー格の男を半月状の刃で突くと、手を返して反対側の刃つきシャベルで殴りつける。
突きこそかろうじて避けたもののスコップの一撃で腕をざっくり切られたリーダー格の男は悲鳴をあげて飛び退く。
幸運にも酸のブレスを避け、さらに幸運にも俺たちの最初の攻撃対象からも外れた男は背中を見せて逃げ出す。
でも、幸運は使い切ってしまったのだろう。
背中にクロスボウの矢が刺さり、男はばたっと倒れる。
「わ、悪かった。謝る。謝るから許してくれ」
盗賊のリーダーは腕をおさえながら、座り込んで許しを請う。
俺は彼の顔を蹴り飛ばして叫ぶ。
「変な動きを見せたらすぐに殺る」
男は鼻血を流しながら「わかった」と繰り返す。
「ここ、頼みます」
サゴさんに見張りを頼んで、後方の応援に向かう。
……が、応援の必要はなかったようだ。
後方組は後方組ですでにあらかた決着が着いていた。
6人いた敵のうち3人はすでに倒れている。
1人は降伏したリーダーの姿が見えたのか、それに倣って降伏した。
逃げた2人のうち、片方はジョクさんが投げた槍を背中に受けて、どうっと倒れた。
もう1人は逃げていく。
まだ仲間がいるかもしれないということを考えると、逃げられるのは不味い。
騎乗の技能を獲得したとかほざいていたチュウジは荷馬を乗りこなすことができていた。
ちなみにウマを買う時、奴は荷馬でなく軍馬がいいと駄々をこねたが、さすがに以前に駄々をこねて勝ち取った中二病サーコートとは値段が違う。
サチさんに説教されてあきらめていた。
「チュウジ、ウマで……」
俺がそう言いかけたとき、チュウジは奇声をあげながら、飛び乗った。
ウマでなくて、ウシに。
ウシというのは、騎乗に適していない。
スピードもあるだろうし、乗り心地とかもウマのほうがすぐれているのだろう。
「困難に立ち向かってこそ、暗黒騎士よ!」
中二病の自称暗黒騎士はわけのわからない台詞をはきながら、ウシとともに駆け出す。
人馬一体ならぬ人牛一体となったウシは逃げる男に突進する。
こちらの「ウシ」は俺たちの世界にいた「ウシ」と違って頭頂部から鼻先に向かって固い角で覆われている。
これでぶつかられたら、大変なことになるだろうなとか想像していた。
今、確認できたが、ウシ怖いわ。
ウシの固い角つきの頭突きを食らった男は空中に飛ばされ、無様に転がった。
腰の骨か足の骨がいってしまったようで、這おうと試みるもすぐにあきらめ、降伏した。
「ソニソニスム……」
ジョクさんがつぶやく。
「どんな意味ですか?」
「雄牛と踊る者という意味だ。奴の名は変えられた」
こうして、「目つきの悪い子ども」は「雄牛と踊る者」へと名前を変えた。
「俺は? 『勇ましく戦う者』とか変わったりしないの? ねぇねぇ」
「どうしたのだ? お前には立派な名前があるだろう?」
立派じゃねぇよ……、畜生。
「あきらめるのだ。小さき○二を恥じるものよ」
「せめて、ソの言葉で言ってください。すぐに意味がわかる言葉で言わないで」
俺はチュウジに懇願する。
後ろからサチさんがやつの頭にチョップを決める。
「チュウジくん、ダメでしょ。からかっちゃ。誰だって気にしていることはあるんですよ」
サチさんの言葉が俺を突き刺す。
フォローのつもりがフォローになっていない。
畜生。
俺はむせび泣いた。




