075 街と草原を往復し
俺は金砕棒をゴブリンにふるう。
鉄製の棍棒の重い一撃はゴブリンがとっさに掲げた弓を叩き折り、そのままやつの頭にめり込む。
ゴブリンの頭がカエルを思わせる形に変形し、やつは崩れ落ちる。
他もあらかた片付いたようだ。
俺は兜の前面部を覆うバイザーをあげる。
クチバシのようにとがったバイザーがあがり、顔に風があたる。
「手際が良いね。助かるよ」
ウシの取引を終えてカステの街に戻る帰り道で雇い主の商人の顔がほころぶ。
「まぁ、ゴブリンは武装も貧弱だし、統制も取れていないですからね」
サゴさんが汗をぬぐいながら答える。
あと3日も歩けばカステの街に着く。
俺たちはここのところ、カステとソという牧畜民の冬季キャンプ地の往復をしている。
往路に2週間、交渉に1週間、復路に2週間。
今回は2回めの復路である。
彼らが家畜を売りに出すのは、食料が乏しくなる冬が主なときでそれ以外はなにかしらの情報を得ている商人ぐらいしか取引に来ない。
彼らの言葉は俺たちがインストールされたそれとは異なっていて、あまり通じない。
滞在期間中、暇を潰すスマホもない俺たちはキャンプの中を警戒されない程度に歩き回り、言葉の勉強をしていたりした。
◆◆◆
「はい、報酬。よくやってくれたね。今季はうちの取引は終了だけど、もう少し稼ぎたいんだっけ? 知り合いがもう1回、あいつらのところに行くから紹介してやるよ」
俺たちは報酬と紹介に対するお礼の言葉を丁寧に述べる。
大体1回の護衛で1人あたり金貨1枚程度儲かる。
本当はもう少し儲かるのだが、荷馬を3頭飼ってしまって、その飼料があるので、儲けは徒歩で護衛をしていたときより少なくなってしまった。
ただ、荷馬があるおかげで旅はずいぶんとしやすくなった。
俺たちは癒し手の互助組合の仕事の後、前衛に立つことがないサチさん以外は鉄のバシネットと呼ばれる顔面部の開け閉めが可能な兜を購入した。またサチさんをふくむ全員が鉄靴と太ももを覆う鉄製の鎧を購入した。
大動脈のほぼすべてを鉄で覆い隠したことになり、防御力は格段にあがったが、その分、移動はしんどくなった。
だから、荷物を積める荷馬の存在はとてもありがたい。
「汗すごいかくから、鎧下臭くなっちゃって洗濯できるのが嬉しいね」
鎧下をごしごしと洗濯しながらミカが心底嬉しそうに言う。
「本当、そうですよね。洗濯って心まで洗われるような気がします」
サチさんが洗濯板を使いながら返事をしている。
「知識チートを見せてあげましょう」
ある日、サゴさんがそう宣言すると、市場で木の板を買ってくると暇を見つけては削り続け洗濯板を作った。
それまでは何もかも踏み洗いか手もみ洗い、あるいは人に頼んで煮沸洗いをするくらいだった俺たちは彼に喝采をおくった。
「現代知識無双だな!」「大人の知恵っ!」「考えつきませんでした!」「キラリと光るアイデアとアタマ!」
サゴさんは照れかくしのように片手で頭をかき、もう片方の手で俺の髪の毛をむしって吹いたものだった。
鎧下のような大物は今でも踏み洗いか煮沸洗いをしているが、それでも襟ぐりの汚れなどは洗濯板のお世話になっている。
「次の護衛の仕事が終わったら、一度、グラースに戻りましょうか」
サゴさんが提案する。
広場でアレフィキウムの村人たちの公開処刑の現場に出くわしてしまってから、俺たちはあまり街中を歩かなくなった。
処刑は娯楽の一種、何かの本で読んだ覚えがあるが、あれが娯楽の一種とか嫌だ。
そんな話を宿に戻ってからした。
「でも、私たちの世界も炎上とかいってリンチ楽しんでましたよね……。あんまり変わらないかもしれません」
サチさんの一言は、みながどこかで感じていたことだったのかもしれない。
3度めの仕事が始まる前日、少し豪勢なものを頼んだ。
鶏(といっても、この世界の常でニワトリとは形状が異なる)を一羽まるごと焼き上げ、それを人参や玉ねぎといった野菜に素揚げしたバナナを混ぜて煮込んだ料理だ。
「黄金の鶏」という料理名は色とは関係ないらしいが、たしかに黄金のように照り輝いている。
「それにしてもさ、ソのやつら、面白いよな」
俺は鶏肉とバナナのおかわりを皿によそいながら、俺は暗くなさそうな話を選ぶ。
バナナって揚げたら大学芋みたいでうまいんだ。
「フィールドワークというとか言って、ソのマッチョじいさんの横ですわりこんだチュウジの奮闘っぷりは傑作だったわ」
チュウジがむくれる。
俺はやつの言葉を無視して、追加で俺だけ注文した米の上に甘辛い汁と具をかけて食べる。
バナナというのは揚げると大学芋みたくなって、これがどういうわけか、また米によく合うんだ。
「シカタさん、いくら彼が好きだからっていじめすぎちゃだめですよ。それにああいうのは調査でよくある話みたいですよ」
サチさんがチュウジをかばう。
「そうなの? 『あなた誰?』って覚えたての言葉で名前を聞こうとしたら、 『ソだ』、『男だ』、『長老の1人だ』で名前聞き出すだけですごい時間かかったよな。もう、あれだけであのマッチョじいさん、結局、名前なんだっけ?」
「チュオ、だ」
チュウジがむすっとした顔で教えてくれる。
「そうそう、チュオじいさん大好きになったわ」
チュウジはむすっとした顔のままだが、他はみな微笑んでいる。
俺は、はははと笑うと特産の赤ワインで油っこくなった口をリセットする。
「やかましいぞ、ソナソニジランダ」
彼らは自分たちのテリトリーで生活するものには勝手に名前を与える。
タケイさんの忠告を活かせず、俺はソの間で大変不名誉な名前をもらってしまっている。
「ソの言葉で言われてもよくわからないから気にならないぜ」
「翻訳してやろう。小さい……」
話し始めたチュウジの脳天にサチさんの唐竹割りがきまる。
「はい、そこまでです。変なこと言い出したらぶちますよ」
すでにぶってるじゃんと思ったけど、俺は口をつっこまない。ここで変なことを言うと、ミカに怒られるパターンに入りそうだからだ。
「ソの前で粗○ン恥じる、うぷぷ」
ソナアンナナイことサゴさんは先日はじめて笑いが取れたのが嬉しかったらしく、ちょくちょくと似たネタを使いまわしているが、当然皆で黙殺した。
「明日の朝、出発時間は早いですから。そろそろお開きにしましょうか」
しばらくしてから、サゴさんが飲み会をしめる言葉を発する。
「はーい」
こういうことに関しては俺たちはちゃんと年上のおじさまの言う通りに行動する。
しばらく、気持ちの良いベッドともお別れか。