037 惨劇の記憶
激高して、誰彼構わず当たり散らすナナちゃんをミカがぎゅっと抱きしめる。
「ナナちゃん、大丈夫だから。あたし、探しに来たから。一緒に帰るんだよ」
「簡単なお仕事って言われたのに……」
ナナちゃんはそう言うと、すすり泣き始めた。少し静かにはなったが、話が聞ける状態ではなさそうだ。
「何が起こったのか。私のほうから説明しますね……」
サチさんが話し出す。
サチさんの説明によると、山に入った日にいきなりヤマバシリのつがいに奇襲されたのだそうだ。
「つがい? たしか、この時期につがいはないはずだろう」
チュウジの疑問はヤマバシリの生態について教えを受けた者なら、誰しもが思うことだ。
ヤマバシリは通常単独で行動する。
このでかい鳥がつがいとして行動するのは、産卵直前からヒナが巣立つまでのわずかな期間である。
そして、その期間はもう過ぎている。そう習ったはずだ。
「つがいで行動する時期を避ければ、本来臆病な性質のヤマバシリが人を襲うことは稀……でしたよね」
「命が惜しければ、ヤマバシリがつがいで行動している時期に山に入るなってのも座学で習ったよな……」
「奇襲でカナさん……仲間が1人倒れました。一瞬であたりが血まみれになったのだけ、覚えています」
「……」
話したことはほとんどなかったが、訓練所の同期だから、顔は思い出すことができる。ショートカットのおとなしめの女の子だったはずだ。
「武器を抜いて無我夢中でそれをふりまわす私たちを置いて薬師の方が逃げ出しました。ヤマバシリは武器をふりまわす人間よりもそちらのほうが安全と思ったのでしょうか。2羽とも薬師の方のところに向かっていきました。薬師の方は足をくわえられて放り投げられていました。そのあと、2羽の間でひっぱりあいみたくなって……ものすごい悲鳴、絶叫……」
サチさんが目元をぬぐう。
「……」
俺たちは相槌をうつことすらできない。
1羽に奇襲されただけで総崩れになって敗走した俺たちだ。つがいに襲われていたら、今聞いている話とほぼ同じ状況を再現していたに違いない。
「私たちは逃げ出しましたが、走る中、背後で悲鳴は続きました……私、癒やし手なのに、傷ついている人を見捨てて逃げてきた……」
サチさんが下を向く。ぽろぽろと涙がこぼれ、洞窟の床に落ちては染み込んで消えていく。
「我は助けてもらった。そなたがここにいなければ、我は死んでいた。我は見捨てられておらぬ!」
チュウジが熱弁する。実際にサチさんがいなければ、こいつは死んでた可能性が高い。俺は最初の仕事で自分が死ぬような思いをしたにも関わらず、どういうわけか自分以外は絶対に怪我一つしないだろうくらいに思っていた節がある。おかしなことだらけで俺の認知は少し狂っているのか。それともまだ元の世界の感覚が抜けていないのか……。
「……ありがとうございます。この洞窟に逃げ込んだときは4人でした」
サチさんは目元をこすると話を続ける。
「洞窟に逃げ込んでから4日目の朝のことでした。キョウさんが外の様子をうかがおうと入口近くに向かった時に突然ヤマバシリの顔がそこに現れたんです。ヤマバシリは頭だけ突っ込んで、キョウさんを引きずり出していきました」
キョウという名前が出た時に、ナナちゃんが嗚咽をもらした。
キョウというのは訓練所で10日間で女の子といい感じになっていたやつだ。その相手がナナちゃん。リア充爆発しろとは思ったが、ばかでかい鳥についばまれてなんかほしくなかった……。
「……キョウの悲鳴が……。あたし何もできなかった……」
ミカがすすり泣くナナちゃんの頭を撫でている。
「それからずっと私たちはここにいます……。天井から落ちてくる水滴で水だけはなんとかなっていますが、食料はどうしようもありません。キョウさんとサエグサさんが、みんなの食料を担いでいたおかげで助かりましたし、節約もしてきましたが、もうほとんどありません」
捜索隊が派遣されるくらいだから、帰還予定日をとっくに過ぎている。2人ともげっそりとやつれているのは当然と言えば当然だ。
チュウジが荷物から燻製肉を取り出し、水を入れた革袋とともに2人にそっと手渡す。
「今朝、耐えられないと言ってサエグサさんが出ていきました。ここで飢え死にするのだけは嫌だと言って……。私は怖くて動けませんでした……」
「サエグサさんとは外で出会いました。助けられませんでした。ごめんなさい」
サゴさんが頭を下げる。
以上が、薬草採取の護衛という楽勝のはずの仕事で起こった惨劇である。
あのとき、少しはやく申し出ていれば、この仕事は俺たちが引き受けるはずだった。受けていたら、多分、最初の遭遇で全滅していたに違いない……。サチさんとナナちゃんには申し訳ないが、俺たちは彼女たちの不運な選択に助けられたことになる。
とはいえ、このままではジリ貧だ。
何とかしないと、食料はすぐに無くなるだろうし、それ以前に、天井から落ちてくる水滴だけではこの人数には足りない。早々に脱水症状で倒れるだろう。
そんな死に方は嫌だ。
いや、どんな死に方であっても死ぬのは嫌だ。
死なせたくない仲間もいる。
もう一度、市場でミカとクレープを食べたい。良い匂いのする石けんを一緒に探したい。
だから、まだ死にたくない。
考えろ、考えろ、考えるんだ俺。