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道化の世界探索記  作者: 黒石廉
エピローグ
148/148

138 そして再び走り出す

 とある県立高校の体育館、初夏の熱気を含んだ風と体育館内の空気がまじりあう。

 外からの風は梅雨前の湿気を含み、内部の空気はかぎたくない湿気、野郎どもの汗が蒸発したものが充満している。

 ぼけっとしていた俺はその臭気で我に返る。


 〈長い夢?〉

 いや、そんなことはない。

 辛いことも多かったが、かけがえのない友人もずっと一緒にいたいと思う女の子もできた。

 ここまできて夢オチは悪夢でしかない。


 夢でないならば、この先、俺の相手は赤髪のやんちゃボーイ。

 整備不良の竹刀が目に突き刺さって、俺はおしまいってはずだ。


 某県屈指の強豪男子校の選手がこちらに目配せする。午前中の団体戦準決勝で俺たちに5タテくらわしてくれたチームの一員だ。顔と身体こそいかついが、話してみると案外いいやつ。彼の目と五厘(ごりん)刈りの頭が怪しい光を放つ。

 「()・れ」


 夢オチの線はどうやらない。ならばループものか。

 前回の俺は調子に乗って相手を挑発するようなことをしたからいけなかったんだ。

 ならば……。


 ……ループものというわけでもなかった。ループものならば、俺はどうあがいても失敗し死に続け、その度に悪臭で我に返るはずだ。

 しかし、ありがたいことに時間が巻き戻るようなことはなかった。

 相手を挑発せずにさっと試合を終わらせた俺は生き残り、そして勝ち進み、県大会に出場することになった。


 ◆◆◆


 連絡先の交換もできないままに離れ離れになった俺は、ミカを探しようがなかった。

 彼女の名前は比較的よくある名前だった。

 自分の名前をネット上で出して、転移先で出会った女の子を探そうものなら、おかしくなったと思われそうでそれもできなかった。


 頭の良い彼女のことだ。

 模試の成績上位者に名前が載っているかもしれない。

 そう思ったが、彼女は一学年下。

 

 ならば俺が自然と目立てば良い。

 インターハイにでも出られればと思ったが、そうはうまくいかない。

 俺は準決勝で負け、3位となった。

 個人戦3位なんてのは自分の学校では久々の快挙だったし、自分にしても組み合わせ諸々に恵まれたとしか思えなかった。

 それでも俺はインターハイには出られない。

 

 そんなとき、運17、それだけが取り柄と言われた俺の運の良さが炸裂(さくれつ)した。

 他人の不幸を喜ぶのも趣味の悪い話だが、1位と2位がそれぞれ喫煙と暴力事件で出場権利をうしない、俺のもとに順番が回ってきたのだ。

 ありがたいことに今年のインターハイは東京、彼女の住んでいる場所でおこなわれる。

 だったら足を運ぶくらいはしてくれるかもしれない。

 そうでなくても、ここでいい成績を残してメディアに名前や顔が載れば……。


 まぁ、棚ぼた出場選手にはそんなことは高望みである。

 俺は予選リーグであえなく敗退した。

 俺がはいった予選リーグの勝者で、俺を秒殺した選手の名札(ゼッケン)には「只見(タダミ)」と記してあった。

 騒音に慣れている人々の集まりですら、二度見される耳をつんざくような気合の持ち主は試合のあと、廊下で抱きついてきやがった。


 「四方(シカタ)っ、久しぶりだな」

 やつはバカでかい声で俺の名前を読んで、汗臭い道着姿でだきついて離れない。

 臭いし、汚いし、(あい)がつくし、暑苦しいんだよ、お互い様だけど。

 

 「おい、やめろって、誤解されるだろ」

 生モノ、只見☓四方、こういう言葉を教えてくれた子のおかげで、俺はこういう男らしい抱擁にえらく敏感になった。

 ここで映画ならば、彼女がやってくるわけだが、実際は……。


 俺の運は17ではなく20だ。


 廊下の端には目を涙と喜びで輝かせながら俺たちを見つめる小柄な女の子がいた。

 こんなところで抱き合おうものならば、いかついお兄様たちが黙っていないはずだが、只見がにらみを効かせてくれていたおかげで俺は彼女をハグすることができた。

 観覧席で座って試合を見ながらぽつりぽつりと話をした。応援に来てくれた元主将(タナカ)は気を利かせたのか、呆れたのか、激怒したのか、先に帰ると言い残して去っていった。

 俺たちが見物する中、只見は全国2位となった。

 そして、声だけでなく成績でもおおいに目立ったこいつのおかげで色々な人と再会できた。

 

 忠慈(チュウジ)はちょっと後にニュースで顔を見かけた。

 海外で誘拐事件にあった考古学者とその息子、奇跡の生還というニュースの主役で空港で迎えられた少年の顔は、見ると呪われるアレだった。

 本人の所在がわからなくとも、大学教授の所在は調べれば普通にわかる。

 ダメ元で会いに行った俺たちを研究室に招き入れた教授は携帯電話をかけた。

 しばらくして現れた呪いの人形は最後に見た時に比べて背丈がずいぶんと縮んでいたが、その不気味な面はそのままだった。


 「こんなこともあろうと話しておいたのさ、ボクって用意周到だろ」

 自称暗黒騎士は普通の喋り方になっていた。

 暗黒騎士モードのときもむかついたが、この喋り方はこれでなんかむかつく。


 ちなみに忠慈パパンは鞭をふるうこともなさそうな落ち着いた見た目の人だった。

 佐智(サチ)さんと佐護(サゴ)さんは俺たちより先に忠慈と再会していたようだった。

 

 ◆◆◆


 再会から2年半が経った。

 俺の運は皆との再会でかなり消費してしまったようだった。

 部活の引退が遅れた俺は、大学受験でも同期のやつらに出遅れた。

 それどころか後輩にも出遅れた。


 佐智さんと試験会場で出会った。俺は秀才の彼女を見送った。

 翌年、美佳(ミカ)とも試験会場で出会った。模試でいつも名前を見かける彼女を俺は見送った。

 忠慈を見送るようなことがあれば、そのときは「別れる」。そう宣告された凡才の俺は泣きながら受験勉強に取り組んだ。


 その年の3月、俺は大学に近いアパートを借りた。

 荷解きもまだろくにしていないときだったが、一度近場のみんなで集まろうということになった。

 

 「よう春からボクと同級生だな、四方!」

 テレビでしか見たことのなかった繁華街の有名な待ち合わせ場所では先に来ていた忠慈がにこやかに笑う。

 むかつくが、しょうがない。どうせ、あいつは俺が先輩だろうが、遠慮なくタメ口をきいてくるんだろうから。


 「2人は本当に仲良しですね」

 忠慈の横にいた佐智さんが笑う。2人は今、同じくらいの背丈だ。多分、来年あたりにあいつは彼女より背が高くなるだろう。

 美佳が走ってくる。

 まだ約束時間前なのに。

 長めのゆったりとしたスカートからのぞくブーツがちょこまかと動く。やはりリスっぽい。

 もうバカでかい盾をもって疾走するヌリカベと化することはないだろう。喜ばしいことだけど、あの姿はあの姿で好きだった。少しだけ懐かしい。


 「ああ、ここにいたんですね」

 佐護さんと武井(タケイ)さん、大吾(だいご)さんが犬の像の裏から現れる。

 佐護さんは毛糸の帽子を被っている。

 やっぱり寒いんですか、覆われていないと。そう聞いた俺は頭をひっぱたかれる。

 そこに走り込んできたオシャレな穴あきジーンズの女性が俺にジャンピングチョップで追い打ちをかける。


 「俺を見かけたら攻撃するってのはなにかの癖なんですか?」

 ナナ先輩こと七海(ナナミ)さんは「癖ね、癖、直んないから許してね」けらけらと笑う。


 尻ポケットにいれたスマホがなる。

 メッセージが入っている。


 「只見はアキバでラーメン屋のハシゴしてたら時間が経つのを忘れてたそうです。先行ってましょうか」

 これから飯食うのにあいつの腹はどうなってんだとか、うるさいからいなくて好都合とか、そのまんまTXに乗って帰れとか声があがる。

 あいつもなかなかの愛されキャラだ。


 (先行く。地図送るからたどりつけ。わからなければ連絡しろ)

 送信した後に煽り用のスタンプも送っておく。


 向こうの世界にいた転移者全員と付き合いがあったわけではない。

 親しくしていた者を除いて、それらしき人物を見つけてもぎこちなく会釈したり、素知らぬ顔をしたりしていた。

 相手はあっと目を輝かせたり、怪訝な顔をしたりであった。


 今でも連絡をとりあうのは、パーティーの仲間、迷宮マタギとかいってともに死線をくぐりぬけた2つのパーティーの面子、そして、七海さん(ナナ先輩)くらいだった。

 

 今日はその中でも東京にすぐ出てこられるやつだけで集まることになった。

 名目は俺と忠慈の大学合格祝いということになっている。


 店に入る。

 木目の壁、レンガ、間接照明も取り入れた灯り、どれをとっても俺だけでは気後れするオシャレな店だ。

 未成年もいるので食事も酒も両方楽しめる店というのを佐護さんが予約してくれた。俺もこんな店予約できるようになる日がくるのかしら。

 皆、彼に感謝の言葉を述べていたが、「これから食事なのにタベルナとは、うふふふ」とかいう冗談には誰も反応してあげていなかった。

 

 「我らが仲間2人の大学合格を祝して! 乾杯!」


 佐護さんが乾杯の音頭をとる。

 主役の1人、忠慈は「中世ヨーロッパに子供という概念はない」と言い張って酒を飲もうとしていたが、「ここは中世ヨーロッパではない」「だまれ中2病」という言葉とともにウーロン茶を手渡されていた。

 そういえば、酒を飲む度に酔いつぶれたこの2人を担いでいたな。あのときのことを考えると懐かしさで胸が……いや、拳を握りしめているから怒りで胸がいっぱいになる。

 今日なんかあったら佐護さんは素面の忠慈に担がせよう。


 なんか一言挨拶(あいさつ)をしろと言われる。

 忠慈は西洋史の勉強をしたいとか当たり障りのないことを言っている。

 みんなが「おおーまじめー」とか言いながら拍手をしている。

 自分の番がまわってくる。

 俺も当たり障りのないことを正直に言おう。


 「自分は物理学の勉強をしたいと思いまして理科に……」

 おまえは物理で攻撃以外できないだろとか、無限の猿定理で二次試験を突破した奇跡の男とかあたたかい声援が飛ぶ。

 好き放題言いやがって。


 「美佳ちゃんは今度2年生だし、私も実はこっちのキャンパスに残るから、色々案内してあげますね」

 留年したのとたずねた俺を美佳がつねる。進路によってはキャンパスそのままということもあるのだそうだ。

 「そんなことも知らないから、ボクと同級生になるんだ」と忠慈は俺を煽ることを忘れない。


 「治郎(ジロ)のやつさ、華子(ハナコ)ちゃんと結婚しやがってよ、今、彼女、これもんよ」

 「父親にだけは似ないと良いよな。あいつに似たら男女どちらでもかわいそうだ」


 「佐護さん、単身赴任、何年目ですか?」

 「まだ1年経ったばかりですよ。週末ぐらいしか会わないとなると、子供もちょっと優しいんですよ」

 

 「鳥羽(トバ)が画家だって知ってた?」

 「えっ? 南米のカルテルかなんかに雇われた殺し屋じゃなかったの?」


 会は和やかに――途中、只見が入ってきた時だけは非常にうるさかったが、すぐに蚊の鳴くような声に切り替えさせた――進み、「宴もたけなわに」という決まり文句で1次会は終わった。

 

 外に出る。

 春の夜風がほてった頬に気持ちが良い。

 まだ多少ひんやりする。


 (あのね)

 美佳が俺に耳打ちする。


 (今日ね、高校の時の友だちが親が旅行に行ったんだって)


 (それでね、あたし、今日、その子のうちに泊まる)

 別にわざわざ耳打ちするような話でもない。


 「良いよね。女子会。楽しんできて」


 美佳は俺の耳を思いっきりひっぱる。


 (泊まるって、親に言ってきたの! 友だちのご両親にもうちの親から連絡がいっててね)

 えっ?


 (だから、今日泊めてくれるよね?)

 心臓がバクバクと音をたてているのがわかる。


 「おい、四方、今日は朝までカラ……」

 言いかけた只見を武井さんが羽交い締めにしている。

 彼は「行け」と目でサインを送ってくる。


 「ごめん、俺、ここで帰るわ! まだ荷物の整理できてないんだよ!」

 俺は美佳の手を取ると、走り出す。


 道化の世界探索記完

この物語はここでおしまいです。

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。


いい暇つぶしになったなと思っていただけたら、


下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると


とてもうれしく思います。


よろしくおねがいします。

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