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道化の世界探索記  作者: 黒石廉
第3部3章 フォール・イントゥ……
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135 メリーゴーラウンド

 火炎放射器がアラクネーを腹に抱えた無数の子蜘蛛もろとも火柱と炭に変えていく。

 火炎放射器を構えるサチさんに飛びかかろうとする怪物の一体をチュウジが袈裟斬りにする。


 俺はもう1体のアラクネーのすがりつくように差し伸べられた手を金砕棒で払い落とすと、後ろに飛び退く。

 別の怪物の追い打ちはミカが盾で受け止める。

 ミカの盾にすがりつく半身の化け物にサゴさんが突きをいれる。

 テケテケと名付けられた半身の化け物は飛び退いて避けると、裂けた口でゲラゲラと笑い出す。

 アラクネーがあげる悲鳴とテケテケの笑い声が不協和音となって部屋に響き渡る。


 ケンタウロスもアラクネーも人体のツギハギの産物だ。

 ケンタウロスは2つの頭、2つの胴体、4本の手、4本の足をばらばらにして組み合わせたもの。

 つまり人体2体分をあますところなく使っている。

 アラクネーは1つの頭、1つの胴体、2本の手、6本の足を組み合わせたもの。

 つまり、足のない人体が2つ余ることになる。

 それを活用(?)したのがテケテケなのだろう。

 骨盤のあたりから下のない体、狂ったような笑い声をあげながら2本の手ですごい勢いで走ってくる化け物。

 学校の怪談に出てくる化け物の名前だと、今走ってくる化け物のほうの「名付け親」のサチさんが説明してくれた。俺の通っていた小学校には花子さんと音楽室のベートーベンくらいしかいなかった(?)が、怪談世界も多士済々(たしせいせい)らしい。


 アラクネーが2体にテケテケが4体。

 1体のアラクネーはサチさんが焼き払い、テケテケも1体はチュウジが斬り捨てた。

 目の前に残るのは、アラクネー1体にテケテケが3体。


 「ミカさんはサチさんを援護、アラクネーを頼む。残りはテケテケ1体ずつ片付けるぞ!」


 俺たちは隊列を組み直す。

 アラクネーは下手に切り捨てたり、接触すると子蜘蛛にたかられる。

 あいつらは鎧の隙間から入ってきてはところかまわず噛みつく。

 幸いなことに毒はないようだが、ものすごい痛いし面倒くさいことこの上ない。

 だから、火炎放射で子蜘蛛もろとも焼いてもらう。


 男3人はそれぞれテケテケをアラクネーから引き離そうとする。

 俺は金砕棒を1体に投げつけ、そのまま長剣と小剣を(さや)から抜く。

 1体のテケテケが裂けた口を大きく開けて笑いながら突っ込んでくる。


 テケテケはカチカチカチと歯を鳴らすと飛び上がる。

 飛び上がったテケテケを右手の小剣で突き刺すと同時に左手の長剣で横に()ぐ。

 小剣に突き刺されて宙で動きをとめたテケテケの片腕が胴体にめり込むようにして動き、そしてぼとりと落ちる。

 まだびくびくと動くテケテケの首にトドメの一撃を入れる。


 他の2人もほぼ同時に仕留めたようだ。

 テケテケの笑い声もやつらが時折出す歯を鳴らす音ももうしない。

 髪の毛と肉の焼ける臭いがして、悲鳴が絶叫に変わる。

 終わった。


 「みんな無事?」

 俺は仲間の姿を確認する。

 無事に立っている姿を見ると、膝と肩の力がぬける。

 

 「この部屋は給水施設もあるし少し休憩しよ」

 ミカの提案で俺たちは荷物を下ろすことにする。


 ここに来て一番の心配は水だった。

 水はかさばる分、携帯食のように多くは持てない。

 でも、水がなければ人間は保たない。

 

 今俺たちが進む地獄の一本道の設計者は脱水による途中離脱をさせたくないらしく、ところどころに給水施設がある。

 この部屋にもアラクネーをかたどった金属の像があり、金属像のアラクネーの口から水が常に流れている。

 まぁ、悪趣味な代物だが、出てくる水は見た目は清浄だ。

 俺たちは水を補充し、濡らした布で装備や体の汚れを拭き取る。


 「ファンタジー発、SF経由、ホラー。趣味が悪いな」

 隅に片付けられた敵の死体(?)を横目に俺は塩漬け肉と堅焼きのビスケットをかじる。


 「ホラーの次は何がくるのだ?」

 チュウジは水の入った皮袋を地面に置いてから鼻で笑う。


 「希望はエロ……」

 言いかけた俺はミカにつねられて、「ラブコメディ」と言い直す。


 「BLでもいいんじゃないんですか」

 サチさんがふざける。


 「最後はシカタくんとチュウジくんが抱き合って、2人が見つめ合う中、そのまま地球が爆発しておしまいとかどうでしょう」

 サゴさんが意味不明なことを言い出しているが、御腐人2人の反応はどういうわけか悪くない。

 なにが「わかってきてる!」「良いシチュエーション」なんだよ……。まだまだ俺も勉強が足りないようだ。


 「どうせ地球爆発エンドにするんなら、俺が光の玉を投げて、チュウジがバズーカでそれを撃ち落として、そのまま地球爆発エンドにしようぜ」

 俺の発言に皆キョトンとしている。せめてサゴさんくらいはわかってほしかった。


 「……くそ! 君らみんな元の世界に帰れたら、マイフェイバリットムービー千本ノックな」

 俺の言葉に皆が口々に帰れたらみんなでやりたいことを並べ始めた。

 

 「帰ったらみんなで遺跡巡りをしてから、博物館にギロチンと鉄の処女と民具を見に行って、高座に行って、帰ったらモンティ・パイソンを見てから、エモい攻め受けのパターンについて議論を重ね、最後に朝までクソ映画千本ノックをするということで良いんですね」

 サゴさんが笑いながらまとめる。1日では終わらないだろ。何日必要なんだか。

 

 「合宿しなきゃね、合宿」

 

 「温泉行こうぜ、温泉。浴衣、露天風呂……ラッキースケ……いやラブコメ」

 発言者の俺はミカにつねられ、俺の言葉ににやけたチュウジはサチさんに頭をぐりぐりとされている。

 

 「でもいいですね、温泉。行きましょうね」

 頭をぐりぐりとしながらもサチさんは楽しそうだ。


 楽しい会話、あるいは現実逃避をひとしきり楽しんだ俺たちは荷物をまとめる。


 ◆◆◆


 いくつかの部屋を通り抜けた俺たちがたどり着いたのは薄暗い大広間だった。

 向こう側に何か大きな遊具のようなものが見える。


 遊園地で流れるにぎやかな音楽ととも薄暗い部屋がぱっと明るくなる。


 大きな部屋の中央にあるメリーゴーラウンドが回転を始める。

 メリーゴーラウンドと言って良いのだろうか。

 ガワはメリーゴーラウンドそのものだ。

 装飾をほどこされた天蓋と台座があり、中央に柱がある。

 ただし、中央の柱にはピエロのようなものが縛り付けられていて、台座をめぐる「木馬」はすべてケンタウロスだ。

 回転していく台座の上のケンタウロスたちが首をかたむけ、こちらを見つめる。

 動かすのは首だけで胴体や腕は微動だにしない。


 メリーゴーラウンドの回転速度が少し落ちる。

 中でポーズを取っていた6体のケンタウロスたちがメリーゴーラウンドから降りてくる。

 手に持った盾とナタを打ち合わせてガチガチと音をたてる。

 そして、のそのそと気味の悪い動きで前進してくる。


 4本の腕を持つケンタウロスには2人で囲むのが鉄則だ。

 しかし、今回は敵の数のほうが多い。

 サチさんを入れたとしてもこちらは5人、敵は6体。

 そのまま戦っていたらジリ貧で削られていくのは目に見えている。

 ならば強引にでも2人1組で囲む状況を作らないといけない。


 「4体引き受ける。長く保たないから急いで頼むぜ!」

 俺は長剣と小剣に武器を持ち替えると、ケンタウロスの集団に突っ込む。

 実際に4体引き受けられるかどうかはわからないが、少しでも多くの敵をこちらに引き付けられれば、その間に仲間が敵を減らしてくれるはずだ。


 小剣で胴を突きながら、長剣で足を払う。

 スネを斬り払われた1体がバランスを崩す。

 滑り出しは上々だ。

 突き出した右手をナタで殴られる。

 折れていない。刃も通っていない。右手はまだ動く。

 バランスをくずしたケンタウロスを蹴り飛ばして、敵の中に分け入る。

 左右の剣を水平にふるい2体のケンタウロスを同時に攻撃する。

 どちらも盾やナタで防がれる。

 でも、問題ない。

 倒すよりも敵を引き付けることが大事だ。

 伸び切った俺の手を再びケンタウロスたちのナタが叩く。

 高級鎖帷子と高級篭手なめんな。

 そのまま正面のケンタウロスに体当りする。

 抱きついたまま、剣をうごかし、斬れるところを斬り、突けるところを突く。

背中や腰をナタで斬りつけられる。

 刃は通っていない、多分。

 でも、衝撃は体に伝わってくる。

 背中に激痛が走る。

 もうちょっと耐えろ。

 ケンタウロスにもたれかかるようにしながら、精一杯頭突きをくらわす。

 効いていないだろうけど、それでも注意をひきつけろ。

 後ろでどさっと何かが崩れ落ちる音がする。

 俺は崩れ落ちながらなんとか後ろを向いて音のもとを確認する。


 「よくぞ保たせたな。褒めてやろう!」

 2つの首を一気に刈りとられただろうケンタウロスを足蹴にしてチュウジが叫ぶ。


 「てめぇ、格好つけてねぇで、さっさと片付けろ……」


 「造作もないこと!」

 俺の発言を聞いていつものように無視を決め込んだチュウジは相変わらず格好つけながら、残りのケンタウロスに斬りかかる。

 横からの火炎に気をとられたケンタウロスがあっという間に斬り倒される。

 ミカとサゴさんも俺を囲んでいたケンタウロスを潰していく。


 「真っ先にかっこつけて突撃したバカが何をいいますやら」


 「この子、バカすぎてたまに引くよね」

 ミカは倒れた俺の横に座り込むと泣きそうな声で言った。


 俺がミカに返事をしようとしたとき、中央の柱にくくりつけられていたピエロの人形から声がする。


 「孤独な王様の愉快な遊園地にようこそ! はじめてのゲストにホストも大喜びだよ!」


 ふざけた地獄めぐりはまだ続く。

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