132 サーチアンドデストロイ2:うごめく肉塊
うごめく肉塊は盾を装備していない。
盾で守りきれるような体でもないからだろうか。
武器も装備していない。
武器などいらないくらいに多数の手足を備えているからだろうか。
じりじりと這い寄ってくる手足顔を無数に生やした肉塊に矢が次々と刺さっていく。
肉塊から生えた無数の手は顔にたかろうとする羽虫を追い払うかのように手を振って矢を避けようとする。
しかし、その手をかいくぐって、また矢を払おうとしたその手に矢は突き刺さっていく。
いまや肉塊からは手足顔だけではなく、多数の矢も生えているかのようだ。
額を射抜かれた顔の1つが金切り声をあげる。
金切り声をあげる口にクロスボウの矢が刺さる。
金切り声は血を吐く音に変わる。
そして、別の顔が金切り声をあげはじめる。
多数の手足のうち地面につくものをばらばらに動かしながら、肉塊は少しずつにじりよってくる。
とまらない。
「とまれよっ! とまれ! 倒れろ!」
誰かの叫び声がする。
こちらの攻撃は次々と当たっている。
攻撃が当たる度に肉塊は悲痛な金切り声をあげる。
でも、とまらない。
「このままでは士気が下がる。我らで突撃して士気を維持し、やつの歩みを遅らせるか?」
チュウジの提案に俺たち前衛の他の3名はうなずく。
「ゴーゴーゴーっ!」
タダミの合図で俺たちは突撃する。
「騒音ラッパーとデカブツと黒コートのすかした野郎には当ててもかまわないぞ」
タダミ隊の誰かが失礼なことを叫びやがる。
「ミカちゃんだけには当てるなよ!」
それは同感だ。
でも、俺の尻の穴も増えると困るので、そこらへんは気をつけて欲しい。
騒音ラッパーと黒コートの呪いのすかした野郎はまぁ死なない程度だったら良いだろう。やつらの尻に穴が増えたら、あとで絶対笑い話にしてやる。
俺とミカがそれぞれ金砕棒をフルスイングする。
金切り声。
「アリオッホ! 剣の騎士よ!」
永遠の戦士になりきった中二病が気持ちよさそうに叫びながら、「魔剣」を振るう。
地獄の大公に浮気なんかしてると黒衣の女神とやらが嫉妬するぞ。
金切り声にかぶせるようにして、チュウジはざくざくと肉塊の手足を落とし、顔を削ぎ落としていく。
バカでかい気合とともにタダミが肉塊に突きを入れる。
そのまま金切り声を打ち消すバカでかい気合をあげたタダミは横に切り裂く。
矢がタダミの横を通り抜けていく。
「気をつけろよ! 俺はピアスは開けねぇぞ!」
タダミが叫ぶ。
見たくねーわ、お前のピアス姿とか。
タダミが切り裂いたところから白く分厚い脂肪の層が見える。
俺はそこにさらに金砕棒を突っ込んで、体当りする。
無数の手が俺をつかむ。
短剣を抜くと俺をつかむ無数の手をぐさぐさと刺し続ける。
金切り声。
それにあわせて、濁った目で叫ぶ眼の前の顔に頭突きを入れる。
「全員左右に分かれてください!」
俺は短剣を肉塊にくれてやったまま、後ろに下がる。
前に進んできたサゴさんがバイザーをあげて、酸を吐き散らす。
金切り声の合唱。
肉塊は止まらない。
ゆっくり、しかし、確実ににじり寄ってくる。
手の数が減っているのに、足の数が減っているのに、顔の数も減っているのに……。
いや、減っているのか?
眼の前の肉塊の表面がぐずぐずになったかと思うと、ぼこっという音とともに新しい手が生えてくる。
新しく表面にあらわれた顔と目が合う。
金切り声。
「おい、こいつ、再生してるぞ!」
俺は叫ぶ。
「しゃあねぇ! 扉まで後退。フナダ! アレ使うぞ! アレ! 今前にいるやつは時間稼ぎ!」
タダミは手早い斬撃で肉塊の手足顔と跳ね飛ばして指示を飛ばす。
俺たちは皆が扉から出るまでの時間稼ぎに徹する。
前に出ようとする足を金砕棒が叩き潰す。
地面をつかみ前に出てこようとする手をもう1本の金砕棒がなぎはらう。
金切り声をあげようとする顔とその周囲にある手足を長柄についた半月の刃が裂いていく。
黒い大剣がすがりつこうとする手を数本まとめて斬り飛ばす。
金切り声もかき消すようなばかでかい声とともに振るわれた両手持ちの剣が肉塊に深いV字の傷を開ける。
「準備O.K.だ! タダミ、お前らも引け!」
タダミ隊のフナダが叫ぶ。
「アレ」は準備万端らしい。
俺たちも扉の外に転がり出る。
フナダともう一人がボール状のものを放り投げると扉をしめる。
「扉から離れろ!」
扉の向こうで爆音がする。
扉は驚くほど頑丈で心配とは裏腹にこちら側に衝撃の余波はこず、扉自体もびくともしていなかった。
「手榴弾かよ……」
剣と魔法の世界に似つかわしくないものがまた出てきやがる。
「この前見つけた虎の子ってやつだよ。使わずに引退できたら贅沢できたのによ」
タダミはぼやくと「再度突入するぞ!」と叫ぶ。
肉塊は無数の肉片となっていた。
「おい、しばらくひき肉食えないじゃねぇか」
誰かがぼやく。
俺たちは吐き気をこらえながら、念入りに肉片を潰していった。
金切り声はもはや聞こえなかった。
あらびきのひき肉をさらにこまかくひきなおす作業を終えた後に奥の扉を開けた俺たちの前にあったのは、培養装置が立ち並ぶ部屋だった。
俺たちは全部の装置を叩き壊し、中に入っていた見覚えのある口と触手をもつ獣を踏み潰し、叩き潰していった。
培養装置以外にあった棚から先程使ってしまった「虎の子」が1つとカートリッジがあった。
カートリッジは火炎放射器にぱちっとはまり、燃料目盛りのようなものが復活した。
結果的に「虎の子」はタダミたちに、俺たちがカートリッジをもらうということになったわけだ。
「この階はあまり良いものなかったな」
「それでもあの化け物の培養装置壊せたんだから良いんじゃないか」
「まだ下の層にはびっしりとあったりして……」
「やめろよ! 気持ち悪いなぁ」
俺たちはそんなことを話しながら、帰路につく。
◆◆◆
偵察任務が終わり、少し休暇がもらえることになった。
第4層までは制圧が終わったから、次は第5層へ偵察に送り込まれるのかと思ったが、さすがに疲労とかについては考えてくれているらしい。
最初の休暇は俺たちだ。
タダミ隊の休暇はもう少し先らしい。
逆さ塔監視キャンプで皆で温かいシチューを食べると俺たちは荷物をまとめる。
タダミたちはキャンプの入り口まで見送りに来てくれた。
「それが俺たちがタダミを見た最後だったのだ……」
「おい! ナレーション風に不吉なこと言うのやめろや!」
叫ぶタダミとハイタッチする。
「まぁ、いいじゃん。少し休憩させてもらうぜ」
俺たちは見送るタダミ隊に手を振りながら、キャンプを離れる。
◆◆◆
久しぶりの街はさらに活気を取り戻していた。
探索家たち相手に商売をしていた大穴市場は食料をあつかう普通の市場になっていた。
総じて探索家相手に商売をしていたところはその商売相手を変えねばならなかったようだ。
それは俺たちが始めた探索隊向けの宿も同じだった。
「はは、えらい客層が変わったな」
宿の中にたむろするソやオークたちを眺めながら、俺は笑う。
「あんたたちが宿ほっぽらかして帰ってこないから大変だったのよ」
ナナ先輩に声をかけられる。こちらの手伝いに来てくれたらしい。
俺は思わず防御姿勢を取る。
彼女の足技が飛んでくる。
そう思ってガードを下げた俺の顔面に正拳突き……がもろに入ったと思ったところで「おかえり」の声とともに鼻をぴんと弾かれる。
「アタシの顔見た瞬間に身構えるなんて失礼ね」
「エサやる前にベル鳴らし続けたら、ベル鳴らしただけで犬はヨダレをたらすっていうじゃないですか。会う度に連続攻撃食らってたらこうなりますよ」
俺は苦笑いして答える。
ナナ先輩は他の4人に抱きつき、挨拶をしている。
宿は家畜取引や市場への買い出しにきた草原の牧畜民たちが主な利用者となっていた。
まだ心無い言葉を浴びせる者もまれにいるらしいが、それでも彼らが自由に街なかを歩けるようになった、街に自分で来たいと思えるようになったことは大きな変化だし、大きな進歩だ。
大きな変化なのかどうかはわからないが、こんなことも聞いた。彼らがここでよく頼むメニューは牛肉をワインで煮込んだものらしい。
ウシを屠殺することを嫌う彼らは通常肉を食べない。
でも、肉が嫌いなわけではなくむしろ大好きなので、何かしらの行事があったときにウシが潰される。
逆に言うとウシを日常的に潰すようなやつは牧畜民らしくないとされる。やたらと行事をやろうとするやつもウシが食いたいだけと笑われる。なかなか難儀なものだ。そのウシをめぐる彼らの葛藤を街は解決してくれているらしい。
彼らが食べている肉は彼らが街の市場に持ち込んだものだが、もはや自分のウシではないから思う存分食べられるらしい。
自分のところで同じものを作ればもっと安上がりだろうに、それはしない。
経済と慣習の関係はときに面白いものである。
「女子会」がないときは、俺とミカ、チュウジとサチさんは時に2人きりで、時に4人で街なかを散歩した。ミカと手をつないで街なかを歩くだけで俺はとても幸せな気分になる。
サゴさんは誘っても「人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られて死んでしまえ、なんですよ」と言って一緒には来なかった。同じ言葉をナナ先輩の前で言った俺は上段回し蹴りをくらったので、恋路の邪魔をしても、恋路の邪魔をしないでと頼んでも蹴られるものらしい。
「女子会」のときは「男子会」が裏では開かれていた。
「おまえは女装したら女子会参加していいって言われていただろ?」
俺は隣でちびちびと牛肉のワイン煮込みをつまむチュウジをからかう。
「お前のような顔の造作が悪いやつとは違うからな。しかし、女装は趣味ではない」
「そういえば、後輩で女装趣味の者がいましたよ。一度誘われたんですが、チャレンジしてみても良かったかもしれませんね」
サゴさんが赤ワインをぐびぐびと飲みながら笑う。
通学路でたまに見かけたセーラー服をきたおじさんを思い出す。
ああ、あのおっさんも頭光ってたなぁ……。
「今からでも遅くないですよ!」
そう言った俺はサンダルで頭をひっぱたかれる。
「男子会」は他愛も無いことをしゃべり続けながら夜遅くまでだらだらと続いた。
これはこれで楽しい時間だった。
1週間の休暇はこんな感じで終わった。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去るものだ。
俺たちは知り合いたちに見送られて逆さ塔へ戻ることになった。
開かずの神殿でちょうどタダミたちと会った。
彼らにも休暇の順番が回ってきたらしい。
「お前ら、つやつやしやがって」
「これから好きなだけ飲んで歌えるだろ」
「歌える」と口走った瞬間にタダミ以外が俺のことを刺すような目つきで見つめてくる。
ごめん、つい口走っちゃったの。
「それが俺たちがシカタを見た最後だったのだ……」
タダミが以前の俺の言葉をそのまま返してくる。
「つまんねぇんだよ」
俺はタダミにそう言うとハイタッチする。
「まぁ、一緒に街に上がることあったら、またみんなで大騒ぎしようぜ」
大声でそんなことを言うタダミに手を振って、俺たちは下層へと下る。




