129 逆さ塔第2層その1:仄暗い灯りの下で
前線基地ができてしまえば、逆さ塔監視キャンプの設営は容易なものだった。
前線建築に向かった部隊の兵士たちがエレベータの認証を済ませた後は資材や食料の供給が簡単にできるようになったからである。
旧検問所から開かずの神殿までが約半日、砦から監視キャンプまでも約半日。
探索家にとって、たどり着くだけで一種のステータスであった逆さ塔は安全に到達できる地と化した。
とはいえ、中に何がいるかわからない。
地上に露出した逆さ塔第1階層こそは、共和国軍が入っていった。
無人の第1階層から下へと続く螺旋階段は、大人数で行軍できるような代物ではなかった。
結局、炭鉱のカナリアのごとく使われるのが俺たち探索隊の宿命のようだ。
「最初の第一歩を踏み出す栄誉を君たちに」
そのような言葉に送られて、俺たちが第一歩を踏み出すことになった。
ある程度の経験を積んできた者とこれから経験を積んでいく者をともに探索に送り出す。組み合わせる探索隊の編成方針はこのようなものだった。
最初に潜る2組の隊は、俺たちの隊とこの街に来て間もないカジ隊という4人組だ。
この街に来て間もないと言っても、怪物騒動で生き残っているわけでサバイバル能力に関しては問題ないはずだ。
ただちょっと人との距離の取り方がどうも俺たちとはあまり合わない。
距離の取り方といえば、タダミなんかもえらく近い(そのうえ、凄まじくうるさい)のだが、不思議なことにあいつにはそれほど苦手意識を感じたりはしない。
彼らはどうも違う。
先輩と持ち上げてくれるが、それは口だけだ。
「センパイたちはぶっちゃけコミュ障っぽいじゃないですか? それなのになんでパーティーに可愛い子2人もいるんすか?」
「実はすごい強いとか?」
「ベッドの上で無茶苦茶強いとか?」
「そうも見えないからやっぱ運なんですかね?」
好き勝手に言って4人でゲラゲラと笑う。
たとえば、こんな感じだ。
俺はまぁいじられ慣れているから平気だ。
俺がサゴさんやチュウジをいじるのも俺的には平気だ。
でも、会って間もない人間が彼らをいじるのはどうも嫌だ。
たとえば、タケイ隊の面子もタダミたちもサゴさんには基本的に礼儀正しく接している。
彼に向かってハゲとか素面で言い放つのは俺くらいだ。
「ジェラシー? 違うなぁ……やっぱ愛だよっ! 愛があるの君たち3人には。だから、カップリングもはかどるんだよ」
相談した俺に対するミカの答えはこういうものだった。
中2病の呪いの人形が好きかと言われると、全力で否定したいところだが、やつを煽って良いのは俺か俺が認めたやつだけだなどという気持ちはあるのかもしれない。
俺は彼女にネタを提供しすぎるのも良くないと思って、微笑みを浮かべながらクールに礼をする。
せっかくクールに流そうとしているのだから、「顔真っ赤だよっ!」とかニコニコしながら嫌な追い打ちをかけるのはやめて欲しい。
俺たちが先頭で螺旋階段を下っていく。
後ろからついてくるカジ隊の4名はサチさんに脳天気な口調で話しかけている。
ナンパのような文句をぎこちなく交わすサチさんに助け舟を出そうと、チュウジが後ろを振り向き低い声で言う。
「そろそろどこからか敵が襲ってくるかもしれぬ。癒やし手の彼女は我らの生命線だ。彼女の集中力を削がないでくれ」
4人は鼻で笑うような音をならしがらも一応口を閉じる。
第2層は細い廊下がはりめぐらされたところだ。
迷路というほどでもない。
そもそも下に降りていくだけならば、螺旋階段はまだまだどこまでも続いている。
ただ、ここでは青白い肌の男がどこからともなくあらわれて襲ってくるという報告がある。
俺たちの今回の任務はこの階層の威力偵察である。
一応、この階層までは地図があるものの、怪物騒動の後、ここに入ったものはいない。
すべての部屋をまわり、怪しいものを回収、回収できない場合は破壊することになっている。
もちろん、偵察なので、敵対するものが強すぎる場合は自由に撤退しても良いことになっている。
螺旋階段を降りたところから、一番大きな通路が続く。
非常灯のようなうす赤い灯りが灯っている中を歩く。
敵が出てくるとしたら、道の向こう側かあるいは左右にある部屋からだ。
左右にある部屋は地図を見る限り小さなもので中に大量の敵が待ち構えている危険性は低い。
俺たちは2つのパーティーで交互に部屋を開けていくことにした。
最初は俺たちが通路を警戒する。
カジ隊はドアを静かに開き、中を確認し、戻ってくる。
「何もないっす。次行きましょう」
カジ隊が中央通路を警戒している間に俺たちが別の部屋を確認する。
扉は一般的な開き戸だ。
サゴさんがドアをゆっくりと開ける。
チュウジがサゴさん側に残りの3人が反対側で息をひそめながら待つ。
「うぼぁあああああああああー」
カジ隊の1人が叫ぶ。
皆がびくっと震えたのがわかる。
サゴさんは慌てて扉を閉め、俺たちは叫び声を確認する。
4人はこちらを見て笑っている。
このアホどもが。
「びっくりしましたぁ? ぶるっちゃってるみたいだから、ちょっとリラックスしてもらおうと思ったんす」
カジがへらへらと笑う。
温厚なミカやサチさん、サゴさんですら怒っているのがわかる。
俺はアホを張り倒したくなる気持ちを抑えて、穏やかに告げる。
「まじびっくりしたからやめて。さもないと……」
「さもないと?」
「俺がびびってうんこを漏らす。俺は替えの下着を持ってきていないから、君らはずっと俺のうんこの芳香に包まれながら任務を遂行することになる」
カジ隊の4人がげらげらと笑う。
「だから、今後はやめてくれ」
ミカが俺の腕を引っ張って、こちらを見る。
彼女の目には少しきつい光を放っているが、俺は肩をたたきながら大丈夫と告げる。
「普段からあの2人に煽られ続けて、耐性できてるからさ」
サゴさんとチュウジを指差す。
彼らは無言でじっとカジ隊の4人を見つめている。
俺は2人の後ろから肩に手をかけて言う。
「我慢してくれてありがとうございます、サゴさん。あと、チュウジもな。任務のためには人数必要だし、任務最優先で。まぁ、次回からはタケイさんとこにでも預けてきっちり筋肉で教育してもらおうぜ」
頼んだ甲斐もあって、再度中を確認する時も別の部屋を確認するときもカジ隊はふざけなかった。
カジ隊が3つめの部屋を確認しようとする時、通路の向こう側に数人の人影が歩み寄ってくるのが見えた。
「おいっ! 何か来るぞ!」
俺の叫びにカジがやる気なさそうに答える。
「ちょっと間を置いて仕返しですかぁ? センパイ、大人げないなぁ」
そうヘラヘラと笑うカジの頭をサチさんがひっぱたいて、通路の向こう側に向かせているのが視界の端にうつる。
非常灯のような赤い光の下にその姿をさらして歩み寄ってくる顔色の悪い人間たち、いや人間なのだろうか。
薄青色の膝丈くらいまでの上着に身を包んでいるが、裸足。
上着の前がはだけてしまっている者を見る限り、下には何も身に着けていないようだ。
短髪の者が7人、その後ろから1人の長髪が前の短髪組を見守るかのようにのっそりと歩いてくる。
影に隠れていた男たちの顔が見える。
赤い光に照らされるその顔は死人よりも白く、微笑みを浮かべながらこちらを見つめるその目は真っ黒だ。白目がない。
微笑みを浮かべているはずなのに、真っ黒な目からどんな感情も読み取ることができない。
目が合ったと思った瞬間、刃物を持った両手をばたばたと振り回しながら走ってくる。
「人間じゃねぇぞ! 潰せ!」
俺は叫ぶ。




