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道化の世界探索記  作者: 黒石廉
第3部2章 饗宴あるいは狂宴
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126 膠着、到着、決着?

 どうして「亜人もどき」と差別されるソと「亜人」として恐れられるオークの戦士たちがこのようなところに現れたか。

 そこには我らが商会の共同経営者にして、実質上の経営責任者のタルッキさんの提案があったらしい。

 彼が張り巡らした情報網にグラティアの話がひっかかり、ここに戦士を派遣することが皆に利益のあることだと判断したわけだ。

 ただ非戦闘員の彼自身はここに来ていないので、詳しいことはまだわからない。

 

 「これまで見たことも戦ったこともない敵と思う存分戦える。そう言われて集まった戦士たちだ」

 遠征隊の指揮を取るチュオじいさんは戦士たちがこの区画の化け物どもを駆逐するのを眺めながら胸をはる。


 「我らはこの薄汚い化け物の血を名誉と尊敬を得るための対価に変える。ウシの糞は食えないが、役に立つ。こいつらの血にも利用価値はあるだろう」

 脳みそや顔に刻まれた(しわ)まで筋肉でできているような老賢人の発言は深いのか浅いのか、バカな俺には判別できない。

 ただタルッキさんも彼らの考え方に大分慣れたことを察することはできる。


 「10日ぐらいはじっくりと楽しんでこいと商人殿からは言われている」

 10日ぐらいで、グラースから「グラティア方面防衛軍」の本隊がやってくるということなのだろう。

 その数はわからないが、この機会に共和国はグラティアの王国を平和裏(?)に併合するつもりらしいということは自分の部隊を見捨てた先遣隊隊長シメネスの発言から推測できた。

 人も施設もなく、怪物がうごめくだけの危険地帯などというもには何の価値もない。

 だから、それなりの兵力を送って、はやめに鎮圧を試みるはずだ。

 もちろん、彼らの読みが甘い可能性もある。

 それで本隊も化け物の群れにすり潰されるようなことがあったら、もうどうしようもない。

 いわばゾンビ映画エンドパターンBってやつだ。

 事態はなにも解決せず、俺たちは少しでも安全な場所を目指し、脱出するというたくさんの絶望とほんの少しの希望に不穏な空気をまぶしたエンディング。

 その手のエンディングは嫌いではないが、自分が登場人物になるとしたら話は別だ。

 だから、共和国には頑張ってほしい。

 

 斜め先で右手に手斧、左手に棍棒をたずさえたオークの戦士が怪物を切り倒し、殴り倒し、蹴り倒し、雄叫びをあげている。

 突出しすぎて囲まれた彼をカバーすべく俺は彼を包み込むように集まってきた怪物を叩き潰してから「周囲を見ろ」と注意をうながす。

 

 「あわてると楽しみきる前に転がって喰われるぞ! もうちょっとゆっくり楽しめよ」

 俺がソ(とオーク共通)の言葉で話しかけると、オークの戦士は豪快に笑う。


 「お前か、友よ。いつぞやはお前にウシを稼がせてもらったぞ」

 ああ、たしかにこいつと賭勝負の殴り合いでウシ取られたことがあるわ。


 「助けてやったんだから、俺のウシ返せよ」

 そう言い返してやる。もちろん冗談だ。

 オークの戦士は「嫌だ」と拒否したあとに、再び怪物を叩き潰す。

 そして叫ぶ。

 「今度、お前から取ったウシの乳で作った酒を持っていってやる。絶品だぞ!」


 ソやオークの戦士は強い。

 彼らに市街戦や籠城戦の経験はないし、基本的に短期決戦専門であるということを差し引いたとしても彼らは強い。

 士気が高いのだ。

 もちろん、身体能力の高さも大きなアドバンテージなのだろうが、彼らは全般的に大柄で筋骨隆々であるが、別に人間離れしたような身体能力でもない。

 戦いが身近にあり、戦いとそこで死力を尽くして倒れることを名誉と考える文化がある。それゆえに士気が高く、彼らはなかなか崩れない。


 戦線を維持したり、じわじわと戦線を押し上げていくということは苦手な彼らだが、そこはじいさんと彼の孫の1人ラーンさんがうまく手綱をにぎっている。

 援軍といっても300人強である。

 個々の戦士が好きなように突撃したら、あっという間に怪物の群れに飲み込まれていってしまうだろう。

 だから、先程俺が援護したオークの戦士にしてもそれなりに考えながら戦っているはずだ。


 300人の援軍は戦いながら、同時に通りにバリケードを作っている。近くの家屋から拝借した椅子や机、チェストなどでできたバリケードは安全地帯をひろげ、簡易の砦のように敵を防ぐ。

 そこに逃げきた者をかくまう。

 兵士や戦う気がある者についてはその練度に応じて戦いに参加してもらう。


 途中ではぐれたタダミたちとは合流できていないが、タケイ隊とは再会できた。

 他にも全員ではないが、知った顔もぼつぼつと拾えた。


 なかにはもう戦えないと言う者もいた。

 俺たちには彼らを責めることも戦いを無理強いすることもできなかった。

 ただ士気の関係上、後方支援という名目で俺たち前線組が喰われるまでは待ってて欲しいとだけ頼み込んだ。

 多くは残ってくれた。それでも去ることを決めた人々はゼロではない。

 彼らには援軍を見かけたら、こちらの状況を伝えて欲しいとだけ頼み、見送った。


 怪物たちは生物、とりわけ人を優先的に追う習性があるようだった。

 検問所の戦いまでは人は基本的に一方向にしかいなかったが、今は四方八方に逃げているため、怪物たちも分散している。

 そのおかげで俺たちは少しずつ安全地帯をひろげることに成功している。


 俺たちが下層で一番最初に遭遇した巨大な怪物、こいつは城のほうに向かっている。

 時折、バリスタから放たれる大きな矢をくらって咆哮(ほうこう)しているところを見る限り、城はまだ持ちこたえているようだ。


 俺たちは少しずつ兵力を減らしながらも、なんとか安全地帯を確保しつづけた。

 

 ◆◆◆


 そして、10日が経った。

 でも、誰もこない。

 疲労がたまり、少しずつ不審と不安が広がっていく。

 それが爆発するのではと思った15日目、俺たちは角笛の音とともに進軍してくる兵士たちの姿を目にした。 

 遠く城のほうでは巨大なおたまじゃくしが城壁にもたれかかるようにして城壁を破壊し始めたところだった。


 騎馬隊を先頭に後ろに歩兵隊や輜重兵(しちょうへい)が続いていた。

 この人数を行軍させるのはそれなりに時間がかかるだろうと納得するくらいの大部隊であった。

 彼らはソとオークの連合部隊についての情報も事前に入手していたらしく、連合部隊側はねぎらいの言葉と補給物資の提供を受けた。


 「我らは遅れてきたことを侘びよう。同時に死力を尽くし、我々の生活を守り抜いてくれた数多の勇士たちに感謝する。我らは諸君らの死闘を無駄にしない。化け物どもを1匹残らずすり潰し、炎に焚べてやろうではないか!」

 そう叫ぶ騎馬の指揮官の1人は見覚えのある顔だった。

 彼が近くを通るときに俺は兜をとって遠慮がちに手を振ったのだが、彼はこちらを認識することなく、それでも礼儀正しく手を振り返してくれた。

 

 「あなたにとって、わたしなんてたくさんいるうちの1人にすぎないのね! はじめての人だったのに!」

 彼が通り過ぎたあとにおどけた俺の頭をサゴさんが派手にひっぱたいた。

 まぁ、なんにせよ俺たちにとって、あそこでの日々は大変濃密な10日間だったけど、彼にとってはいつもどおりの日常、たくさんいるうちの1人だったのは確かだ。


 我らがモヒカン教官は将軍とかまではいかなくてもそれなりに偉い軍人だったらしい。

 世紀末に全身ひしゃげて飛び散りそうな髪型してるくせに。


 反撃が始まった。


 ◆◆◆


 俺はタワシを生成できるというしょうもない(でも、洗い物するとき便利な)能力を持っている。

 転移者の中にはこんな感じで力を持たされる人々がいる。

 もちろん持っていない人もいる。たとえば、タケイ隊の大半は能力無しでそれをおぎなう筋力で戦っている。

 力があっても俺のタワシみたいなしょうもない者もいれば、サチさんのような癒やし手の力を持つ者、いつか切り倒した自称大賢者やタケイ隊のトバさんのような魔法使いというのもいる。

 稀にもっとすごい人々はいて、彼らは切り札として国家に保護されるみたいだ。


 城を襲っていた大きな怪物の最期は本当にあっけないものだった。


 空が急に真っ暗になったかと思うと、空を突然暗くした原因である雷雲から無数に放たれた稲妻が怪物を撃った。撃たれた怪物は黒焦げになり、城壁の一部とあたりの建物、そして自分自身の眷属や無数の口と触手を持つ黒い怪物を押しつぶした。押しつぶされなかった小型の怪物たちは、このでかい怪物を晩餐会のメインディッシュと認識し、これを(むさぼ)り食った。

 ディナーを楽しんでいた怪物どもは騎馬隊の突撃や歩兵隊の包囲で殲滅(せんめつ)された。

 城壁に残っていた守備隊は疲労困憊で見守ることしかできなかったようだ。

 突撃した側や包囲した歩兵隊にもかなり甚大な被害は出たようだが、それでも共和国軍は約束通り怪物の殲滅に成功した。


 ここまでずっと人間と消耗戦を続け、そして仲間同士の共食いを繰り返してきた怪物の群れには、俺たちが嘆きの坂や恵みの平野で見た背景をかき消すようなでたらめの数ではなくなっていた。

 これが共和国軍勝利の大きな原因だと思っている。

 だから、一番の功労者はそこまでの消耗戦を繰り広げてきた者たちだと思うのだが、結果として共和国軍が美味しいところを持っていくことになったわけだ。


 「悪夢がようやく終わった……かな?」

 ミカが兜をぬいでハンカチで顔をごしごしとこすっている。

 彼女の可愛らしい顔は真っ黒だ。

 そういえば、ずっと風呂にも入っていないな。

 彼女の顔が真っ黒であろうと髪がぼさぼさであろうと俺には可愛くしか見えないが、彼女は気にするだろうな。

 

 「ホラー映画だったら、スタッフロールのあとにどこかの路地裏で怪物の子どもが生まれて、無数の口をかちかちやって小動物を捕食するシーンが流れて終わるんだぜ」

 俺はつまらない冗談をとばして、仲間からブーイングを浴びせられる。


 俺たちは生き残り、グラティア・エローリスという王国はなくなり、共和国第二の都市となった街は自身の再生のために動きはじめた。

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