123 恵みの平野は血に染まる
金砕棒をフルスイングする。
おたまじゃくしがぶちゃりと潰れる。
勢いの付いた金砕棒はそのまま後ろにいる黒い獣の口の一つを強打する。
人間の歯とまったく同じ形状をした怪物の歯がばらばらと飛び散る。
しかし、相手はひるまない。
恐れとか痛覚とか、果たしてこいつらにあるのだろうか。
薪割りの要領で今度は大上段から振り下ろす。
触手に阻まれて滑ってしまう。
トドメをさしそこねた怪物を横から走り込んできたチュウジが袈裟斬りにする。
触手と歯を飛び散らせながら怪物が倒れる。
おたまじゃくしが鮮やかな羽をゆらしながら、べちゃべちゃと怪物の死骸に群がり、肉片を吸い始める。
「次から次に。もてもてで困りますよ」
サゴさんは長柄の得物でおたまじゃくしを黒い怪物の口の1つにねじこみながら叫ぶ。
「触手! ハーレム!」
俺は再び金砕棒をフルスイングする。
怪物の歯がばらばらとあたりに飛び散り、どす黒い血が吹き出す。
「やめるのだ! このエロゲ脳!」
チュウジが自慢の魔剣でおたまじゃくし数匹を一気になぎはらう。
「わかるってことは? チュウジくんも好きなんですよね? なんか不潔……」
サチさんが後退りしながら、周囲の敵に火炎放射器の炎をお見舞いしている。
「汚物は消毒っ! しなきゃっ!」
ミカの金砕棒の連撃が周囲の敵を何匹かまとめて打ち上げる。
今のところ、俺たちはなんとか戦えている。
ただ、敵の数が多すぎる。
突撃を繰り返す騎士の数も目に見えて減ってきた。
軍馬を失って徒歩で戦っている者もいるが、敵の群れに軍馬ごと飲み込まれてしまったものも多いはずだ。
「余力があるうちに少しずつ後退しよう。数が多すぎる。サゴさんとチュウジはサチさんを守りながら、検問所近くまで後退。ミカさんと俺が殿! 無理せず少しずつ下がっていこう。どうせ敵は共食いで追いついてこられない」
集団戦闘に慣れていない元探索隊には、大まかな指示を出されるだけで、それ以外はチーム単位でのある程度の自由が許されていた。
もちろん、前進後退、撤退、その場を守れなどという指示には従わないといけないけど、そもそもその指示も伝えることができていない。
シメネスの指揮能力が低いのか、俺たちがただの使い捨てなのか、その両方か。
指示が応戦せよだけならば、後退しながら戦うことも許されるだろう。
「下がりましょう。触手マニアくん!」
サチさんがチュウジに声をかける。
八つ当たりのように周囲の敵をすぱんすぱんと斬り刻んでいたチュウジもようやく後退をはじめる。
生還したらやつのことを暗黒の触手マニアと呼んでやろう。
俺が人に唯一自慢できることがあるとしたら、自分がさほど強くないと知っているところだ。
だから、危なくなる前に逃げられる。
英雄にも勇者にもなれないただのその他大勢。
この世界で英雄や勇者が必ず勝つならばともかく、現実は非情だ。
俺は後退しながら、英雄や勇者たちが敵に飲み込まれていくのを見ていた。
チェーンソーで武装した騎士たちが乗る戦車は陣地近くの敵を一掃していく途中で四方八方からの攻撃を受けて、壊れた。
戦車から飛び降りた騎士たちはそれでもチェーンソーを振り回し、周りに群がる敵をすごい勢いで肉片に変えていった。
強力な武器を自由自在に振り回す彼らは無敵だった。
チェーンソーの唸るような音が小さくなる。
1人の騎士が持つチェーンソーが止まったようだった。
あっという間に彼は触手の群れの中に飲み込まれていった。
自分たちの歯が折れるのも構わずに黒い怪物が騎士の鎧の上から噛みついていった。
継ぎ目に噛みつかれたらしい騎士は悲鳴をあげながら引き裂かれていった。
その様子を見てもう1人の騎士が一瞬戸惑う。
一瞬の戸惑いを怪物たちは見逃さなかったようだ。
怪物たちの体当りでバランスを崩した騎士は背中を預けていた別の騎士と周囲の敵と自分、その全てをチェーンソーで肉片に変えながら、怪物の群れに押しつぶされていく。
飛び散っていく肉片目当てに飛び込んでくる無数の羽つきおたまじゃくしも肉片に変えながら、遣い手を失ったチェーンソーは荒れ狂い、ようやく止まる。
ブラスターを装備していた騎士もいつの間にか姿を消していた。
弾切れで別の武器に持ち替えたのか、それとも敵の群れに飲み込まれたのか。
巨大ミキサーを振り回す騎士は孤軍奮闘しているが、すでに軍馬を失い、徒歩で戦いながら後退し始めている。
ようやく撤退を告げる角笛がなる。
検問所のせまい入り口を皆が押し合いながら、中に入っていく。
空いている時に中に入っていた俺たちは上から矢を射って味方を援護する。
「あ、あれっ!」
ミカが指差した先には逃げ遅れた兵士が2人。
知り合いだ。
兜で顔こそ隠れているが、見慣れた鎧や武器とバカでかい図体を見る限り、1人はタケイ隊のジロさんで、その横にいる比較的軽装の兵士はジロさんと広場でデートをしていたタダミ隊の女の子だ。
弓使いの彼女であるが、矢もつき、弓も折られてしまったのか、小剣を振り回している。
2人とも所属のパーティーからはぐれたのか。
ジロさんは彼女をカバーしながら後退させようとしているが、敵が多すぎて今にも飲み込まれそうだ。
「人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られて信じまえだっけ? じゃあ、人の恋路を助くる奴は……馬に愛されて……まぁ、いいや。ちょっくら散歩いってくるから、ここで待ってて。チュウジ、あと頼んだぞ」
俺は金砕棒をミカに預けると上から飛び降りる。
ずしんと足に衝撃がくる。
これで足くじいて敵にやられたら、笑い話にもなんないよな。
1人でニヤニヤしながら、長剣と小剣を抜く。
敵の数が多い時には武器を両手にそれぞれ武器を持ったほうが良い。我らが世界の剣聖の言葉にしたがって、両手の武器をふりまわす。
2人のところに近づく。
「英雄見参! 愛の戦士推参! 勇者が汚物を消毒しに来たぞこらぁ!」
飛び込みながら、2体の敵を切り捨てる。
俺は英雄にも勇者にもなれない。かといって非情にもなりきれない。
凡人だ。
でも、たまには英雄を名乗ってかっこうつけるのぐらいは許して欲しい。
「ハナコさん、今のうちに後退。あとは超絶かっこいい俺たちがなんとかしますから!」
俺は叫ぶ。
彼女はこくりとうなずくと検問所の方にかけていく。
「恩に着るよ。この借りは……」
「大丈夫です。生還したら、もれなく俺の生モノ相手として消費されてもらいますから」
彼には理解できない文言を吐きながら、俺は剣を振るう。
「なので、ジロさんも後退していきましょう。俺のほうがまだ余力あるんで援護します」
俺はあくまでかっこうつける。
スキンヘッドの巨漢にかっこうつけても、得はなさそうだけど、俺は馬鹿だからそこらへんはよくわからない。
かっこうつける余裕が残っているうちに逃げ切れると良いな。
ジロさんは先に撤退しはじめたハナコさんを援護しながら後退をはじめる。
俺はその場で両手にもった剣をふりまわして、敵をなぎはらう。
なぎはらう。
黒い血が飛び散る。
大きく開いた口めがけて突き入れる。
敵の歯が飛び散る。
足元で肉片をすする羽つきおたまじゃくしを思いっきり踏み潰す。
つぶれたおたまじゃくしに群がる敵をでたらめにふりまわした剣で払い飛ばす。
ちょっと……いや、かなり敵の数が多いかな。
俺は馬鹿で小心者だ。
その癖、調子に乗ってしまうところがある。
今回も、それでやられるわけだ。
何をやっているんだろう。
覚悟を決めるというよりは、自分に呆れながら、剣をかまえる。
切れ味がかなり落ちているし、刃こぼれもしている。
結構な数の敵を倒したってことか。
さすが、俺。さすが英雄。
死ぬには良い日だというのは誰の言葉だったんだろう。
気になるなぁ。
眼の前の黒い獣が無数の口でばらばらに咆哮する。
うるせぇ、タダミに負けず劣らずうるせぇ。
俺はうるさい口に突きをくらわせて黙らせる。
後ろから別の獣が仲間の死体を乗り越えて迫ってくる。
背後から何かが走り抜ける。
迫ってくる黒い獣は走り抜けてきた小柄な人影の体当たりを受けて後方に思いっきりとばされていく。
獣もとまるような雄叫びが背後から聞こえる。
雄叫びにもひるまず飛び跳ねてきた数匹の羽つきおたまじゃくしがバカでかいメイスにフルスイングされて、潰れながら飛んでいく。
「なに1人でかっこうつけてんの? 信じられないっ!」
立ち尽くす俺の胸をミカがげんこつでなぐる。
「うちのが世話になったな」「あのハゲ、1人で抜け駆けするとは。あとで罰符だな」
タダミとタケイさんが武器をかまえる。
「じゃあ、今のうちにさっさと逃げるぞ」
「素敵、抱いて!」
緊張から達観、そして生還の希望という激動で妙なテンションになってしまった俺はしょうもないことを叫ぶ。
「浮気だよっ!」
「男相手はいいんじゃないの?」
「今日はだめっ!」
ミカは俺の手を握るとすごい勢いで駆け出す。
俺たち4人は検問所の入り口になんとかたどりつく。
巨大ミキサーをもった騎士が出迎えてくれる。
恵みの平野の乱戦は終わり、戦いは検問所の防衛戦に移行する




