113 ペアルックだって痛いといわれるこのご時世に
腕が生えてきたあとは、皆に抱きしめられて、ひとしきりお涙頂戴をやった。中2秒の呪いの人形までもが泣いて俺を抱きしめた。普段だったらお互いに悪態と揚げ足取りしかしないものだが、このときだけはさすがの俺も素直に泣きながら感謝したものだった。ちなみに俺たちの抱擁は腐った女性陣の「尊い」「エモい」という言葉で2人が正気を取り戻すまで続いた。
結局、再生シートは1セットしかなかったので、サゴさんの毛根が蘇ることはなかった。
街に戻る前に遺物を使用したのは、遺物の外への持ち出しが結構面倒だからだ。
発見した遺物を街指定の業者に売却せずに、自分で持ち出そうとすると持ち出し料がかかる。
こうすることで、この都市国家と関係のない外部の商人に利益が出にくいように管理がされている。
持ち出し料は自分で使用する場合もかかる。
失った器官を再生する遺物なんてものの持ち出し料なんか払えるレベルではないだろう。
遺物の持ち出しは面倒であるが、中で使うことについては規定がない。
危険な大穴探索でそこまで制限したら、誰も探索になんか入らなくなってしまう。
ついでに使ったか使っていないかなんてのは誰にも確認できない。たとえば、俺たちは帰り道に火炎放射器を使っているが、そんなことはその場にいない限り知ることができないことだ。
まぁ、俺の手みたいなのはあからさまにわかるものだが、それだって別にとがめられるようなものでもない。
顔なじみとなった衛兵たちは俺の肩をばんばん叩いたり、右手で握手を求めてきたりと祝福してくれたくらいだ。
まぁ、だからといって、他の遺物については手心を加えてくれるわけでもなく、がっつり調べられた。
大きな包丁と火炎放射器の持ち出し料金は結構な額で、チェーンソーの売却利益のかなりの部分が消えた。
一度登録してしまえば、再度持ち出し料をとられることはないので、これで晴れて俺たちのものだ。
チェーンソーは久々の大物遺物だったらしく、古代の神剣として広場でお披露目されていた。
持ち出し料を支払ったでかい包丁風の刃は真っ黒い柄をつけてもらい、鞘も特注し、無事にチュウジの武器となった。
「この前手に入れた魔剣に名前をつけようと思うのだ」
サゴさんと俺と3人で風呂帰りに市場で飲んでいたときに、チュウジが相談してきた。
いくつか案を言うので、あの魔剣にふさわしいと思うか率直な感想を聞かせて欲しい。
そんなことを言う。中2病っぽいデザインの武器を入手したことがよほど嬉しかったのだろう。
俺たちは喜んで率直な感想を述べることにした。
「フルンティング」
「フルチン? ほう、俺の魔剣を……」 「君の股間についているのは爪楊枝でしょう?」
「……この名前はなしにしよう」
「ズルフィカールでどうだ」
「ズルピカール?」 「ぶち殺されたいですか、君は?」 「ズラピカール!」 「……」 「あ、ごめんなさい。剃髪は、トンスラはやめて!」
「却下だな……」
「彼氏は奴隷Mk-IIで良いんじゃないか?」
「ダーインスレイヴだ。間違えるなゴミムシダマシが!」「ああ、つまみがなくなったので幼虫の串揚げ買ってきてください」
「……ストームブリンガー」
「アリオッホ!」 「アリオッチ!」
「うん、この名前にしよう」
「でも、その名前、サゴさんの毛根の魂吸い取ったりしそうで怖くないか?」 「今日は断髪式ですね。 私と同じ髪型にしてあげますよ」
「大丈夫だ。いざとなったら、お前の魂を吸い取ってやろう。なぁ、我が友よ」
チュウジはなんとも不気味な顔で笑った。
◆◆◆
俺たちはしばらく大穴探索を休むことにした。
再び両手となった俺にはリハビリが必要だったし、いくつか報告したいところもあったからだ。
いっそのこと引退してしまおうかという案も出たが、古代邸宅、俺たちに言わせると未来の再生医学研究所の様子を見てしまうと、真相をつきつめたい気持ちにあらがえなくなった。
だからほんの少しの休養だ。
ソの交易所に赴き、その後、キャンプに寄った。
「もう帰ってきたのか? そんなにすぐ帰ってきても歓迎などしてやらんぞ」
チュオじいさんはツンデレっぽいあいさつをしたあとに、俺を抱きしめてくれた。
もちろん、その後は「両手で乳をもみしだいた感想はどうだ」というセクハラ発言をして、俺もろともミカにふっとばされていた。
今回の件に限って言えば、俺は完全なもらい事故だと思う。ふっとばされるなら、もみしだいておけばよかった。
抱き合いながらごろごろと転がっていくじいさんと俺を見て多くの人が笑っていた。
長老の威厳とか大丈夫なのだろうか。
少しだけ心配になる。
ソのキャンプでしばらく滞在した後にグラースの街に行き、ナナ先輩を訪問する。
彼女は交易所、グラース、グラティアと3ヶ所をぐるぐると見回りしていることが多いから、会いに行かなくても大丈夫なのだが、できることなら早いうちにこちらから報告にいきたかった。
店番をしていた彼女に向かって両手を広げてみせると、彼女は目をぬぐいながら近寄ってきた。
ここで俺がいらんことを言うと彼女の連続技をくらうところだし、言わなくても何かしら攻撃を受けそうだと俺は身構える。
そんな俺を彼女は両手で抱きしめた。
素直に喜び油断している俺をくるりと回転した彼女は腰に乗せて投げ落とす。
「なにするんですか?」
右手で地面を叩いて受け身を取りながら立ち上がる。すぐに俺は抗議をする。
受け身を取れて良かったじゃんと彼女が笑う。
それはそうだけど……投げなくたって……。
しかし、この人は会う度に強くなってないか。
指摘する俺に先輩は「毎回、いやらしい手つきで抱きつこうとしてくるのがいるからね」とうそぶく。
すごい冤罪だ。
「それはそうとさ」
店の隅に立てかけておいた俺の武器を見ながら、ナナ先輩が嫌そうな声をあげる。
両手武器を使えるようになった俺は晴れて金砕棒を再購入したのだった。
もともと使っていた金砕棒はそのままミカに使ってもらっている。
「ペアルックだって痛いって言われるんだよ。それがペアウェポンって……。あんたも、そんなんで良いの?」
ナナ先輩の言葉にミカがえへへと頭をかく。
だって、おそろいって良いじゃんと左手にはめたままのペアリングを見せびらかす。
そうだそうだと横から俺は叫ぶ。
ナナ先輩は「これだから、周りのみえないバカなカップルは……」と言ってため息をつく。
ため息がどういうわけかうちのパーティーからも漏れてきた気がするが、俺たちは気にしないぜ。




