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道化の世界探索記  作者: 黒石廉
第3部1章 探索稼業
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111 太古の儀礼

 降りた先、地下1階は驚くくらいに明るかった。

 洞窟小人が出ると言われているから、てっきり真っ暗なのかと思って松明をつけていたのだが、むしろ上の階よりも明るいくらいであった。

 明かりをもたらすものは天井の「ライト」でどういう仕組なのか知らないが、かつての住人が姿を消した今でもあたりを照らし続けていた。

 

 すぐれた聴覚をもつらしい洞窟小人が出るあたりでは喋らない。

 事前に俺たちはこのように決めていた。

 だから、俺たちはお互いの胸の中にわきあがっているであろう驚きを胸の中におしこめる。

 ただ目からは胸の中にしまいきれなくなった驚きがあふれてきている。


 階段を降りた先には金属製のタンクのようなものが3基ほど並んでいる。

 電源が入っていることを示していたであろうランプは点灯しておらず、もはや機能してないことだけを俺たちに示している。


 ハンドサインで先の部屋に進むよう、皆に呼びかける。

 先頭を行く俺とミカ、チュウジは次の部屋で繰り広げられている光景に絶句する。


 奥には透明の培養タンクのようなものが並んでいる。

 中には洞窟小人や洞窟小人の猟犬の体やその一部(首だけ、上半身だけ、手足だけといったおぞましいものだ)が浮いている。

 タンクの中には破損したものもあるが、それにも洞窟小人や猟犬の体やその一部が置かれている。

 浮いているではなく、置かれている、だ。破損したタンクには液体はない。その中に置かれた死体の切断の仕方は乱雑で、死体は腐敗が進みきっていない程度に新しいものであった。腐敗臭が鼻をつく。


 新しい死体はどのようにしてできたのか?

 答はすぐにわかった。


 解剖台のような寝台の上にしばりつけられた洞窟小人や猟犬を、分厚いマスクのようなものを頭にすっぽりとかぶった洞窟小人が取り囲み、妙な刃物で切り裂いたり、筒から出る炎で焼いたりしているのだ。つまり、洞窟小人が別の洞窟小人をしばりつけ、痛めつけているのだ。


 1つの解剖台の上では、カエルの解剖図のように腹から胸にかけて切り裂かれた洞窟小人が悲鳴を上げ続けている。解剖台の周囲には「解剖」役の洞窟小人の他に4名の洞窟小人がいて、それぞれがご丁寧にも傷が閉じないように胸と腹の切り目を両脇に引っ張って開こうとしている。

 地獄絵図だ。


 俺は思わず後ずさる。

 分厚いマスクがこちらを向く。

 あいつらの目は退化しているし、ここにいる奴らは外の洞窟小人と違って退化した(あと)すら分厚いマスクで覆い隠している。

 それにも関わらず、俺はやつらと「目」があったような気がした。


 ぶぶっという奇妙な呼び声とともに他の洞窟小人も一斉にこちらを向く。

 

 ここでは猟犬が放たれることはないし、増援がくることもない。

 タダミの言葉が頭によぎる。


 解剖係が4体、解剖助手がそれぞれに4体づつついている。

 合計20体。


 ならば、一気に殲滅(せんめつ)すべきだ。

 

 嘘だったら……化けて出て耳元で怪鳥音で叫び続けてやるからな。


 「気づかれたぞ! 一気に叩き潰せ!」


 俺はメイスを抜きながら、突進する。


 ゾンビと一緒で頭を潰すと良いんだっけ。

 向かってきた洞窟小人の脳天に一撃を食らわす。

 ぐしゃっという感触。


 部屋の内部に展開したうちのパーティーの戦闘要員4名はそれぞれが洞窟小人の頭を思い切り叩き潰したようだ。

 こいつらは数が多いのと再生能力を除けば、それほど強くない。

 「首?」のまわりに生えたヒレのようなもののところまでメイスを叩き込んでやるぐらいのつもりで頭を強打すると、痙攣して動かなくなる。


 棍棒を振りかざして突っ込んでくる一体の頭をメイスで突く。

 バランスを崩した相手の頭を杭を打ち込むようにひっぱたく。


 もう1体が骨から削り出したようなナイフで突いてくる。

 メイスの柄頭でナイフの一撃を叩き落とす。

 右手の義手につけた刺突剣で腹を突き刺す。

 傷ができたと思ったら、ぶくぶくという音とともに閉じていく。

 閉じきる前にもう一度突くと、俺は叫びながら、突き刺したやつを持ち上げる。

 短い足をばたばたさせる洞窟小人を地面に叩きつける。

 右の鉄靴に体重を思い切り乗せて、頭を踏み潰す。


 奥では「解剖係」たちがこちらを待ち構えているようだ。

 普通の洞窟小人は骨を削り出したような粗末な武器しか持っていないが、こいつらは違うようだ。

 それにこいつらだけはマスクだけではなく、ローブのようなものも着ている。

 外の洞窟小人は基本的に服を着ないし、ここにいる奴らも「解剖係」を除けば分厚いマスクしか着けていない。

 なんにせよ一気に片付けてやる。


 長柄に大きな刃をつけた薙刀のようなものを構えた1体がゆっくりと向かってくる。

 自分の身長よりも長さのある武器をよく振り回せるものだ。

 ぶんと振り下ろされる長柄の一撃を飛び退いて避ける。

 通常ならば、子どもほどの大きさの洞窟小人より俺の方がリーチが長い。

 でも、さすがにこの長さの得物を振り回されると、間合いに入りづらい。


 妙な話だが、最近は一切間合いを測るスキルを使わなくなった。

 自分が仕留めることよりも自分がやられないことを優先して考えるようになると、自分の攻撃の間合いだけで相手の間合いを測れないスキルは危険だと感じるようになったからだ。

 スキルに頼らなくても目と体が慣れたというのもあるのかもしれない。


 俺は足を使いながら、相手が我慢しきれずに長柄を振り下ろすのを待つ。

 一撃目の感じからすると、振り下ろした後に結構なスキが出来るはずだ。

 足を半歩踏み出し、振りかざしたメイスをさらに高くかかげる。

 攻撃が来るかもという圧に耐えられなくなった敵が長柄を振り下ろす。

 空振りさせたところを一気に踏み込んで長柄を叩き折る。

 折れた長柄をさらに踏みしだきながら、メイスで顎のあたりを突く。

 こいつら脳震盪とか起こすのだろうか?

 ふと湧いた疑問を確かめることはせずに、手首を返して横に殴る。

 相手の動きが止まったところを振りかざして杭打ちアタックをかます。

 相手が頭にかぶったマスクのおかげで滑らずに、綺麗に脳天に入る。 

 敵の頭が胴体に埋まるように見える。

 

 動かなくなった敵を蹴飛ばしてから、奥にいる別の解剖役のところに向かう。

 こいつも大きな刃物を持っている。

 刃物はのこぎりのようにギザギザしているようだ。

 待ち構えるように立つ敵は柄の横を握りしめる。

 チュイーンという音とともに刃が高速回転する。

 のこぎりのような、じゃなくてのこぎりそのもの、チェーンソーじゃねぇか!

 慌てて右手で防御姿勢を取る。


 回転する刃が鉄の義手に食い込み、火花をあげて切り落とそうとしている。

 ホラー映画に出てくるチェーンソーより強力だぞ、これ。

 反則だろ。

 やばい手が外れない。

 逃げられない。


 高速回転する刃に横から飛んできた何かがからまり、嫌な音とともに刃の回転速度が鈍る。

 「今のうちにさっさとどうにかしろ、バカがっ!」

 分銅鎖を投げつけたチュウジが叫ぶ。


 俺は洞窟小人の足を払う。

 洞窟小人は武器を握ったまま転ぶ。

 俺の義手が切り落とされる。

 勢い余ったチェーンソーはそのまま持ち主の体の上に落ちる。

 分銅鎖を巻き込みながら回転を続ける刃は転んだ洞窟小人の上に落ちていき奴のローブを巻き込み、肉体を念入りに裂いていってようやく止まる。

 俺は篭手で兜を拭う。

 洞窟小人の内蔵の一部みたいなものがぬるりと落ちていく。

 

 向こう側ではサゴさんが今まさに火炎放射を受けて転げまわっていた。

 おいファンタジー世界に超強化現代兵器とか持ち出すんじゃないよ。

 俺はメイスを腰に吊るし、スリングに弾をすばやく装填し、それでローブ姿の洞窟小人が構える金属の筒を狙い撃つ。

 銅の弾が洞窟小人の拳にあたる。

 火炎放射器を取り落とした解剖係の頭をミカの金砕棒(かなさいぼう)が捉える。

 マスクが飛んでいく。

 おそらくその下にあったであろう頭もマスクについていったのだろう。

 首無しのローブがゆっくりと崩れ落ちる。

 頭を潰すと良いと提案した本人は潰すどころか吹き飛ばすという戦い方をしていることに驚愕する。

 彼女と喧嘩とかになったら軽い一撃で俺は失神してしまいそうだ。


 サチさんが駆け付けてきて、サゴさんの兜を脱がして治療をはじめる。

 あたりを見回すと、解剖台の上で生体解剖をされている個体を除き、動いている洞窟小人はいなくなった。


 「シカタくん、すごい格好だよ」

 ミカが言う。


 俺はバシネットを脱ぐ。

 チェーンソーで自滅した解剖役の肉片や内蔵らしきものが、拭ったにも関わらず大量についていた。

 どこから入り込んだのか、髪にもべったりと付いている。


 「うわっ! 髪が……」

 俺はポーチから手ぬぐいを取り出して、あわてて頭と顔をぬぐう。


 「ああっ! 髪が……」

 向こうでは火傷こそ治療されたものの、頭頂部以外の毛髪までも失ったサゴさんが頭をかきむしっていた。


 ◆◆◆


 戦闘終了後、改めて解剖現場を調べる。

 

 「これ、昔の実験を『真似』してたんじゃないかな?」

 ミカがつぶやく。


 解剖台の上には「解剖」された洞窟小人や猟犬が物言わずに横たわっていた。

 戦闘終了後、固定された状態で体を開かれたままわめき続ける彼らにはすぐにトドメを刺した。


 破損したタンクの上にしつらえられた死体は、まだ機能している培養タンクの模倣なのだろう。


 儀礼の中には太古におこなわれていたことや神話を再現するかのような様式をもつものがある。

 そんなことをチュウジとサチさんが解説してくれた。


 洞窟小人とその猟犬の祖先はこういう動物実験を繰り返され、進化したのかもしれない。

 彼らと「造物主」の関係がどのようにして終わったのか、それを知る術は俺たちにはない。

 ただ、洞窟小人たちはここで太古の時代の「造物主」の「御業」を真似し続けていたのかもしれない。


 「取って食べよ。これはわたしの体である」

 

 「えっ?」

 聞き返す俺にミカが説明してくれる。

 クリスチャンの間では、キリストの言葉のとおりにパンを神の体としていただき続けるみたいな話があるのだそうだ。

 もちろん全然違うんだけどね、神のおこなわれたことを繰り返すというのは同じなのかもね。

 めずらしくしんみりとした口調でつぶやくと、彼女は首をふっていつもの明るい口調で言う。


 「さっ、何かないか、手早く探そっ!」

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