109 妖かし鉱山リベンジ
「そりゃ、あんだけ手つかずで金目のものが残っているわけだよな」
俺は頬張ったカレーを一気に飲み込むと、妖かし鉱山見学の感想を述べる。
俺は地上にいるときは2日に1度位の頻度でカレーを食べている。
「君の体はカレーでできているんじゃないんですか?」
とサゴさんに呆れられているが、彼は彼で血の代わりに酒が流れていそうだからお互い様だ。
「俺たちは実際に掘っちまってな。そのときは大変だった。詳しい話はまぁ勘弁してくれ」
俺たちより数日遅れて戻ってきたタダミがめずらしく騒音を立てずに話す。
俺たちは察して、少し話題を変える。
「頭を潰すとさすがに動かなくなるよ」
ミカが発見したことを伝える。
別に競っているわけではないので、お互いに知ったことについては教え合う。
自然とそういう決まりになっていた。
もちろん、タダミたちの地図のように取得に金がかかっているものについては対価を支払う。
ただ、経験したことについては、それを取引材料にしない。
タダミたちも知っていることについては色々と教えてくれた。
「うちのチームは刃物ばっかりだったからな。それで苦戦したのかもしれないなぁ」
◆◆◆
タダミたちに帰還予定日を告げて、俺たちはまた中層に挑む。
捜索保険とか言って売り出せないかなとか考えていたが、捜索するチームを常に待機させておくことができないので、このアイデアは今のところ金に変わりそうにない。
ここらへんを金に変えられるようになればRPGの定番、冒険者ギルドみたいなものができそうな気もするけれど、それにはやはり探索家の絶対数が足りないようだ。
妖かし鉱山にリベンジする予定なので、刃物(と分銅鎖という頭を叩き潰すにはやや心もとない打撃武器)しか持っていないチュウジ、それにサゴさんは予備の武器としてそれぞれメイスと戦鎚を買っていた。
また、スリングも買うことになった。
1つは、石で頭を狙ったほうが矢で射つよりも効果的かもしれない(ただし、実際どうなのかは今のところ不明)という理由。
もう1つの理由は、鉱山だと弾(石)がそこら中に転がっていて弾切れの危険が低いというもの。
俺以外はあくまで予備の飛び道具である。
さて、スリングはクロスボウに比べて狙いがつけにくい。
先に習熟していた俺がみんなに教えることになった。
「多分、キャッチボールと同じ感覚で良いと思うんだ。あんまりリリースがはやすぎるとふわっと浮き上がっちゃう。かといって握りすぎていても飛ばない。手首の先にもう1つ手首ができたようなつもりで放るといいかもしれない」
俺の教え方はそれなりに好評のようだが……。
「ばーっとまわしてぴゃーっと放るとか、気合を弾に込めろとか、てっきりそういう教え方をすると思ってましたよ」
「貴様が言葉で何かを説明できるとは思わなかった。言語能力をやや過小評価してしまったことについては素直に謝罪する」
ひどい言い回しだ。
そんなことはないよと否定してくれる子も、「楽しくなってくると早口になるだけで、いっつもいろんなこと説明してくれるよ」とか悪ノリしてるし。
まぁ、いじられながらの石投げ講習会もそれはそれで楽しかった。
いい汗をかいて、みんなで共同浴場に行って汗を流して帰る。
この世界に最初に来た頃に比べると、生活の質もずいぶんと向上したものだ。
◆◆◆
再び妖かし鉱山に向かう日が決まった。
俺たちは帰還予定日を告げて大穴に向かう。
人食いブタ退治で活躍したチームの1つとして、俺たちは検問所ではそこそこ有名になった。
「帰りに虫掘ってきてくれよ。夜番のときつまむものが欲しいんだよ」
顔なじみの衛兵の冗談に、10日くらい戻ってきませんよと答えて、俺たちは恵みの平野に抜けていく……。
何事もなく妖かし鉱山の前までたどり着いた俺たちは、今回の目標を確認する。
今回は妖かし鉱山からつながる迷宮、古代邸宅の探索だ。
迷宮とは言われているものの、別に人を迷わすような作りではないらしい。
「古代邸宅にも少数ながら洞窟小人は出てくるけど、ここのやつらは少し行動パターンが違う」
地上で聞いたタダミによると、この古代邸宅は洞窟小人にとって、一種の宗教施設になっているらしい。
それゆえか、この建物の中に洞窟小人が大量に入ってくることはないのだそうだ。
「生け贄をささげにくるみたいなんだよ。あの光景は……うまく説明できねぇな。まぁ、地下1階の『生け贄部屋』で確認してみてくれ」
タダミはこんなことを言っていた。
俺たちは無言で妖かし鉱山を進む。
前回の反省から、鉱山の中では戦闘になるまでは原則的にしゃべらないということに決めた。
薄暗い洞窟の中、耳を済ましながら俺たちはまっすぐに進む。
ごつごつとした岩と土の道を進むと奥から苔むした岩の匂いと水の匂いがしてくる。
急に開けた明るい場所に出る。暗闇の中を進んでいた俺たちにはまぶしいくらいだ。
中層の他の場所と同じく光る苔が生えている広場には川が流れ、そこにかけられた橋の向こうには一軒の窓のない建物がある。
これが噂の古代邸宅のようだ。
扉とおぼしきものの前に立つと、扉はひとりでに開く。
中に入って、あたりを見回す。
「……!」
俺は思わずメイスを抜く。
同時に身構えたサゴさんが、武器をおろすと「剥製ですよ。タダミくんが教えてくれたでしょう」と言う。
俺を身構えさせたのは洞窟小人とその猟犬の剥製であった。
俺はメイスを腰に戻すと、落ち着いて、もう一度部屋の中を見回す。
かつては何かが並んでいたであろう本棚らしき棚が壁際に並ぶ。
西側にあるのは剥製、東側に鎮座しているのはなにかの金属で作られた像だ。
像はギリシアかローマの人が身につけていそうなゆるやかな布を身にまとった男性で、長い杖を持っている。
杖には1匹の蛇が巻き付いている。
「アスクレピオスだ……」
ミカがつぶやく。
「ギリシア神話の医学の神様で医療のシンボルみたいになってるの」
「脱皮をくりかえす蛇は死と再生を繰り返すものとみなされて、多くの文化で生命力を象徴するものとされてきました」
サチさんが神話や文化の話をしてくれた。
「で、反対側にある剥製は、気持ち悪い再生力を誇る洞窟小人。これで何もなかったら、それのほうがおかしいですよね」
サゴさんが独り言のようにつぶやく。
ないはずの右手の人差し指が痒くなる。




