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道化の世界探索記  作者: 黒石廉
第3部1章 探索稼業
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101 大穴探索入門

 「探索家の宿シン・ニホン」、名前のセンスはともかくとして、目立つ名前であったことは確かだ。


 立地は悪くひと目につきにくいものであったが、声のでかいあいつが自分の宿に戻って仲間に説明したり、道端で知り合いに話をしていれば、否が応でも周りはその声を聞かされる。その名前と会話の内容になにか感じた者が足を運んできてくれるわけだ。


 カレーとその後開発したカレーうどんはうちの宿のヒット商品だ。

 カレーが嫌いなやつは(まず)いない。そのうえ、カレーはどこで食べてもげんなりするようなまずいものはない。

 そこに懐かしさが加われば、それは一度は食いに来たくなるだろう。


 そして、宿にも一度泊まってみようかとなる。

 華美な装飾は一切ないが、太陽の匂いのするシーツ、戸締まりがしっかりできる扉、洗濯サービスでぐっとつかまれる。

 大繁盛とまではいかないがリピーターが増え、経営はうまくいっている。

 

 「味噌と醤油が手に入れば、もう言うことなしなんだがな」

 俺はぼやく。

 今のところ、味噌と醤油を作れるという人には会っていない。

 残念だ。


 「ミカさん、何が食べたい?」

 俺は洗濯物を煮沸する大鍋を棒でかきまわしながら、隣で別の鍋をかき回している彼女にたずねる。


 「なんでも食べられるならってこと? うーん、だったら、パフェかなぁ。学校のそばにね、大きなパフェを出すお店見つけたんだ。でも、まだ行っていないの。すごいんだよ。パフェ食べるスプーンがカレースプーンみたいな大きさなの」


 「それ1人で食いきれるの?」


 「うーん、無理だから、試験終わったらみんなで行こうねって言ってたんだ……」

 彼女が少し目を伏せる。


 「機会があったら俺も行きたいなぁ。連れて行ってよ、すごい戦力だよ、俺」

 俺は右腕で汗を拭いながらわざとらしく胸をはる。


 「うん、知ってる」

 彼女が額の汗をふきながら言うと、そのまま、俺の額の汗も別のハンカチで拭いてくれる。


 「パフェ、とんこつラーメン、クリームソーダ……」

 俺は食べ物の名前を並べながら思い出し笑いをしてしまう。


 「どうしたのニコニコして。またなにか楽しいこと思い出した?」


 「うん、内田百閒って作家がいてさ、この人の随筆なのかな? 作品名も忘れちゃったんだけど、自分の食べたいものずっと書いているやつがあってさ……。それ思い出して、今なら俺も書けるって思ったんだ」

 俺、早口になってたりする? そうたずねると、ミカは微笑みながら「好きなんだね、その随筆」とぼかす。

 

 「うん、その随筆っていうか、作家が面白くてさ。経歴だけ見るとすごいエリートなんだけど、不良っぽくてついでに今風にいうと乗り鉄なんだよ。子供の頃からタバコ吸い続けて80年とか自慢気に書いてたり、電車に乗って降りずにそのまま帰ってきたりとか、へんな不良じいさんなの」

 なるべく早口にならないように気をつけて話す。


 酒場の方から、騒音が聞こえる。

 あいつは宿の宣伝の功労者だが、出禁にしたほうがいいんじゃないかな。

 笑いながら俺は言う。

 「タダミくん、功労者なんだからそんなこと言っちゃダメだよ。それに出禁にしたりしたら、宿の前に毎日歌いに来そうだよ」

 ミカも笑いながら返す。


 「知ってる? あいつさ、いびきも轟音なんだよ」

 訓練所時代、夜中にみんなで石けん包んだタオルでぶん殴ろうかって妄想したくらいだよ。石けんないけどさ、映画でそういうシーンがあってさ……。

 「早口になってるよ」

 ミカが俺の頬を両手ではさみながら指摘し、ニカっと笑う。

 

 ◆◆◆


 宿に固定客がつき、人を雇い始めたあたりで迷宮探索にも挑戦することにした。


 大穴の迷宮は3つの層とその下にある「逆さ塔」までが確認されている。

 「逆さ塔」を制覇した人間は今のところいないらしく、その下にまだ何か別のものがあるかを知る者はいない。


 まずは入り口すぐの上層と呼ばれる層で大穴の雰囲気に慣れるところからだ。

 検問所を過ぎたあたりは見通しの良い平野である。

 

 ここでは市場で食った幼虫のような食材が採取できる。

 それゆえ、探索家だけではなく、採取に来る一般の人もいる。

 敵となるのは野生の動物で、これらは人の多いところには姿を表さないから、入り口近辺は迷宮といってもまったく殺伐としていないところだ。


 「あんた、大穴様は初めてかい?」

 

 入口近くで一緒になったばあさんが俺に話しかけてくる。

 ばあさんは背中に籠、腰にナタをぶらさげただけの野良着姿だ。

 そうなんですよ。緊張しちゃいますよと俺は答える。


 「獣は気配に敏感だからね。会いたくなかったら、ここに居るぞってあいつらに示せば向こうから隠れてくれるよ」

 ほうと相づちをうつ俺にばあさんはニヤッと笑って付け加える。


 「でもね、大ブタには気をつけないとね。あいつらは何でも喰うからね。うちのじいさんも……」

 言葉を濁すばあさん。ご愁傷様ですと俺は目を伏せながら言う。


 「大ブタにびびりすぎて、そんなもの出て来ない入り口の横で石にけつまずいて、今寝込んでおるよ」

 ばあさんが再びニヤリと笑う。

 くそばばあ、純真な俺をからかいやがって。


 「冗談はさておき、あいつらは興奮している時は毛が逆立つからな。そんなときはゆっくりと離れるか、腹を決めて戦うかどっちかにするんだよ。まぁ、大ブタが嘆きの坂を越えてくることはあまりないけどね」

 ばあさんは鼻歌を歌いながら近くの木の根本をクワで掘り返し、幼虫を籠に放り込み始めた。


 俺はばあさんに礼を言うと、恵みの平野を歩いて行く。


 迷宮というと、数歩歩く度に敵がどこからともなく湧いてくるものだとか勝手に思っていたが、そのようなこともない。


 たとえば、今いる入り口の近辺、恵みの平野は背の低い木がポツポツと生えているくらいの見通しの良い場所だ。木の根元で食用となる幼虫を掘る人や野草を採取する人と遭遇することはあっても、危険生物と出会うことはまずないという。


 恵みの平野を東北東に進むと嘆きの坂と呼ばれる緩い坂道がある。

 迷宮中層部に下るための通路がある黒い森に向かうには、嘆きの坂を通る以外に道はない。黒い森は北から南まで通せんぼ崖と呼ばれる険しい山脈に囲まれているからだ。


 嘆きの坂という名前は、この坂を戻ってくる探索家たちの表情からきているという。大きな怪我をした、仲間をうしなった、様々な不幸に遭遇し悲嘆する探索家たち。つまり、嘆きの坂を超えると危険度が増すことを意味している。


 初心者の俺たちは嘆きの坂にいきなり向かったりはしない。

 恵みの平野を抜けて狩人の水場を確かめ、開かずの神殿を見物し、帰ってくるのが今日の予定である。


 狩人の水場は大きめの湖である。

 くず拾い山から流れてくる川によってできた湖は大穴の野生動物の集まる水場となっている。そして、ここにはそれらの動物を狙う狩人、人間のそれと肉食動物のそれが集まる。この両種の狩人は、なるべくお互いを刺激しないように獲物を自分の「巣穴」に持ち帰ろうとする。


 といっても、このような話は大穴市場で購入した上層の地図と酒場で先達たちから聞いた話で知っているだけで、俺たちは地図を確認しながらおっかなびっくり歩いている初心者にすぎない。


 恵みの平野も奥に歩いていくと、採集組はいなくなってくる。

 大きな湖が見えてくると、そこで水を飲んでいる大ネズミの群れが見える。

 俺を除く4人が弓を構える。

 俺は自分のクロスボウを売ってしまったので手持ち無沙汰だ。

 矢が放たれる。

 大ネズミはサゴさんとチュウジが1匹ずつ仕留め、他は散り散りに逃げていく。


 「大きいけどネズミだよね、これ」

 ミカがつぶやく。

 この世界でネズミを見たのははじめてだ。

 この世界で出会ってきたネズミと呼ばれる小動物は、俺に言わせると飛べなくなったコウモリである。

 となると、大ブタもブタとかイノシシだったりするのかしら。


 俺とサゴさんで大ネズミを背中に背負うと、本日の目的の2つめ、開かずの神殿見学に向かう。

 開かずの神殿は、外見は石造りの簡素な建物だ。中に入ろうにも扉が開かないから「開かず」なのだそうだ。扉が開かないなら、壁を壊せばと思っても、壁も石造りに見えて、どうやっても崩れない不思議な代物だ。

 では、なぜ「神殿」なのか。それは誰かがそう言ったからというだけらしい。どうやっても中に入れない不思議な建物、まぁ、「神殿」と呼びたくなる気持ちもわからないでもない。


 狩人の水場を南西方面に下ると、神殿があるはずだ。地図とこれまた市場で買ったコンパスを頼りに進む。

 しばらく歩いていくと小さな建物が見える。

 神殿というには小さめかつ無機質な印象を受ける。


 このあたりには何もない。

 俺たちは持ち込んだ食事を広げる。

 昼食は宿であらかじめ作ってきたサンドイッチである。

 朝、厨房(ちゅうぼう)でみんなで好きな具を挟んでつくった。

 俺のにはトマトとブタの塩漬け肉を挟んである。


 「なんかピクニックみたいですね」

 サチさんがサンドイッチを片手に言う。

 「だよね。外で旅をしているときはお昼ごはんとか食べることなかったし、放牧中もお昼なしだったし、明るいうちに外でみんなで御飯食べるのって、はじめてだよねっ」

 ミカが嬉しそうな顔で答えている。たぶん、彼女はこのあとサンドイッチを口いっぱいに頬張るのだろう。彼女のほっぺたが頬袋みたいになるのを期待しながら、俺は自分のサンドイッチをかじる。

 「ピクニックならばワインでもカゴに入れてきたかったですね」

 とサゴさん。酒を持ち込むなんて誰も考えもしなかったが、今はワインがあっても良かったかもしれない。まぁ、そう思うだけで次回も持ち込むつもりはないけど。

 「それにしても、本当に虫も通さぬような造りになっているな」

 サンドイッチ片手に建物の周囲を調べていたチュウジが戻ってくる。やつはもどってくるなり、行儀が悪いから座りなさいとサチさんに怒られている。

 

 食事が終わり、帰ることにした。

 帰り道も何もなく、恵みの平野に戻ってきた。

 「つまみ掘って帰りましょうか」

 そういうサゴさんと一緒に木の根元を掘って幼虫を小袋に放り込んでいく。

 こいつは一日置いて土を吐かせてから塩をふって焼くと露店で買えるのと同じような味になるらしい。


 初日の迷宮探索の成果は大ネズミを2匹と帰り際に掘った幼虫が鍋一杯だった。

 これじゃ、ただの狩猟採集ピクニックだな。

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