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道化の世界探索記  作者: 黒石廉
第3部 前奏
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098 より良い暮らしへ

 教会との戦いから2年半、俺たちは相変わらずソのキャンプで過ごしている。

 何の代わり映えもない生活かというとそうではない。

 オークも巻き込んで、新たな暮らし方を創り出そうとしているところだ。


 「まじでみんないいカラダしてんじゃん? 背も高いしやばくない?」

 交易所でぶらぶらしているソやオークのむき出しの上半身を見て若いお姉さんの目が光っている。

 

 「ナナ先輩、ヨダレが……」

 ツッコんだ俺のみぞおちに先輩の裏拳が容赦なく決まる。

 先輩、自分は戦いに向いていないとか言っていなかったか? すごい良い一撃入ったんだけどさ……。

 

 今から1年前、彼女とグラースの街で再会した時は目に涙を浮かべて抱きしめてくれたのに、あれは夢か幻であったようだ。

 彼女は護衛任務で関わった薬師の奥さんと店の切り盛りをしながら、薬師の修行を続けていた。

 店は大繁盛とは言えないながらも、何とかやっていけているようだった。


 俺たちが彼女のもとを訪ねたのは、久しぶりに会いたかったというのはもちろんだが、それだけではなかった。

 ソとオークの生活、とりわけ商取引に関して、知っている人の力を借りたかったからという理由もあった。


 カステの教会の派遣した修道騎士を撃退することはできたが、キャンプ地の変更や武力衝突が残したしこりのせいでカステの商人たちとの取引が困難なものとなってしまった。

 そして、オークたちと話してわかったことだが、彼らはそもそも取引経路を持っていない。

 

 亜人として攻撃されるオークも亜人まがいとして差別されるソも自ら取引経路を開拓するということはできない。

 俺たちで何かができないだろうかと相談して、キャンプ地の移動によって近くなった懐かしきグラースの街、それに大穴の王国ことグラティア・エローリス、通称グラティアとの間に取引経路を構築しようということになった。

 このとき、オークたちも自由に取引できるようにし、ソ(そして、ゆくゆくはオークたちも)が偏見から解放されるような(いしずえ)をつくっていこうというのが俺たちの目標である。


 もちろん、ソとオークはふだんはウシをめぐり戦う仲である。

 オークが取引に加わることで彼らの武器防具が良いものになる可能性がある以上、ソから反対されることも覚悟はしていた。

 しかし、あっけないほど簡単にソの人々はオークが家畜取引に参入することを了承した。

 

 俺のほうが「あいつら強い武器買うかもしれないけど、大丈夫なの?」とジョクさんに聞いてしまったくらいだ。

 すると、彼は「あいつらも強くならないと面白くないだろう」と言ってのけたのだった。

 彼らの考え方は大分わかってきたつもりだが、それでも驚くことはいくつもあるものだ。


 「君たちも妙なことを考えるものですね。でも、なかなか興味深い。考え自体に新しいところがあるわけではないのですが、儲けがなかなか見えないところで働き続ける感覚は我々商売人ではなかなか持てないものです」

 カイゼル髭を指でねじりながら、タルッキさんが口角をあげる。昔の雇い主、今では共同経営者である彼も今回、こちらに視察に来ている。


 討ち取った騎士たちの武器防具――敵とはいえ勇敢に戦った相手の武器や防具を戦士とともに埋葬しようとはせずに売ることにはソやオークたちが反対したが、全部を剥がすのではなく一部を貰い受けるということでなんとか説得したのだ――やウシを売って資金を作ろうとした時、取引相手として考えたのが、以前、商売やそれにまつわる信義則について教えてくれた彼だった。

 彼の所属するヴェサ商会を訪ねて、こちらの売り物を買ってもらうように頼み、同時に彼に相談をした。


 下手な小細工や駆け引きをせずに自分たちのやろうとしていることの将来性について、説明をおこなった。

 通常、この手の話は全部サゴさんにまかせっきりなのだが、これについては思うところもあって、俺がやらせてもらうことにした。

 

 ソの新しい家畜取引の相手として参入できること、それだけではなく、これまで誰も手をつけてこなかったオークとの家畜取引に最初に携われること。

 そのためにもソやオークと一定の信頼関係を築いている俺たちとともに動くことには大きな利があること。

 ソとオーク側の家畜取引市場を草原に新たにつくること。

 これによって、市場のなかの1商人ではなく、市場自体に影響をおよぼすことができるかもしれないこと。


 俺たちのような素人ができるのは真摯(しんし)に相手に説明することだけだ。

 

 カイゼル髭をいじりながらずっと聞いてくれたタルッキさんは最後に一言、

 「どうして私に持ちかけたのです?」

 とたずねてきたのをおぼえている。


 あなたが商売と信頼について教えてくれたから、そのように答えたはずだ。

 その答えが満点の答えだったのかはわからないが、彼は笑って、俺の左手を握ってくれた。 

 

 自分の商会を立ち上げようとしていた彼に俺たちも乗せてもらうことにし、金を出し合って、「タルッキ・レオチュウ商会」設立となった。

 商会名の後半部分の命名はナナ先輩によるものだ。

 チュウジが抗議をしたが、皆で黙殺した。ざまぁ、レオチュウ。


 ◆◆◆


 交易所あるいは家畜市場は酒場兼宿屋、雑貨店兼薬屋を併設している。

 この周辺施設をタルッキ・レオチュウ商会が取り仕切っている。

 ナナ先輩は薬師の奥さんを説得し、タルッキ・レオチュウ商会に薬取引部門を設立し、薬師の奥さんをその部門の代表ということにした。

 これが良いことなのかは俺には判断できないが、少なくともこれまでより安定するだろう。

 タルッキさんも認めている以上、儲けがでないものではなさそうだし、夫をなくした彼女が少しでも幸せとより堅実な生活を取り戻せたら良いと思う。


 ゆくゆくは集落か小さな街のようになり、ソやオークと取引にきた人々が交流できるような場になれば良いなと思っているが、それはまだ先のこと。(いしずえ)ができれば御の字だ。


 ちなみにこの周辺はソとオークの非戦闘地帯ということに取り決めた。

 戦いにルールめいたものを多く持つ彼らはあっさりと了承してくれた。

 血の気の多いが、妙に律儀な彼らのため、そして、ここに集まる人々の娯楽のために彼らが楽しむ伝統競技を酒場で楽しめるようにしている。


 伝統競技と言ったが、基本的に血の気の多い彼ららしく殴り合いだ。

 正確には打撃を受けて膝か背中をつくか、投げられて膝か背中をついたときに一撃打撃を入れられると負けみたいな総合格闘技みたいなものだ。

 カステの街で俺がぼこぼこにされた拳闘酒場に比べるとかなり安全だ。


 今でも槍と盾でウシの盗り合いを続けているソとオークだが、ここでお互いの家畜でも賭けて殴り合ってくれるのを密かに願っている。

 ただ、決めるのは俺ではない。


 来ているシャツを脱ぐと、俺は酒場の真ん中に歩み行く。

 歓声があがる。カステの拳闘酒場ではブーイングしかなかったが、ここでは俺にも歓声が少しは飛ぶ。

 俺はたまに家畜を賭けて、ここで戦っている。

 賭けを受けてもらえないことも多いが、たまにソやオークの若者がのってくることもある。

 こういうことを繰り返しているうちに、自分たちも賭けるかみたいにならないかな。それで、気がつくとウシの取り合いは拳でやろうみたいになって……。

 まぁ、そんなにすぐにうまくいくわけはないだろうし、気長にやっている。

 ありがたいことに片手になってもバランス感覚を取り戻した俺は案外強いようで、賭け勝負で身上(しんしょう)をつぶすということにはなっていない。

 まぁ、増えてもいないけどな。


 向こうからは立派な三つ編みひげをねじりながら、たくましいおっさんが歩いてくる。

 俺より大きな歓声を受けている。

 ナナ先輩はともかくサチさんまで向こうに歓声をあげている。


 「くたばるのだ! 変質者!」

 チュウジが俺にむかつくヤジを飛ばす。

 うるせぇ呪いの人形。

 

 三つ編みひげのおっさん、すなわちアロさんとはこの場を作る途中で再会した。

 遅かれ早かれ護衛任務を生業とするアロ隊の面子とはいつか会うと思っていた。

 俺たちは彼の護衛任務仲間で自分たちの先輩にもあたるパーティーを全滅させていた。


 会いたくなかったという気持ちとこれで謝れるという気持ち、殺られるという気持ちと裁いてほしいという気持ち、いろいろな気持ちが自分の中にうずまいていることが再会のときにわかった。

 俺は事情を話し、彼に素直に謝った。


 「で、あいつは強かったのか?」

 あいつとはパーティーリーダーで俺たちが戦ったトマさんのことだ。


 「信じられないくらいの強さだった。3人がかりだったのに、指を一本食いちぎられた」

 チュウジの答えを聞いたアロさんは「俺が相手だったら、お前は指全部なくしてたな」とつぶやく。

 

 「なんで俺に謝りたいのかわからないけど、すっきりしたいならこれと今日の飲み代で許してやる」

 そう言った彼はトマさんと戦った3人の男を前に並べると、一発ずつ思いっきり殴りつけた。

 痛いというよりは、後悔にさいなまれる心を救ってもらった嬉しさで涙が出た。

 そのあと、飲み代を支払うときにも涙が出たけど。


 そんなことを思い出しながら、中央で彼と拳を合わせる。

 30秒もしないうちに俺はノックアウトされて、ウシを一頭失った。

 また涙がでちゃうわ。

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