096 左利きの血まみれ2人
片刃の剣を片手でかかげてにじり寄る俺の前に護衛の兵士が割り込んでくる。
小剣から繰り出される突きを柄頭で叩き落とす。
そのまま鍔を相手の顔にぶつける。
鼻が潰れる。歯が折れる。
膝蹴りを入れてから前蹴りで相手を突き飛ばす。
剣を振るうと相手の首が落ちる。
綺麗に間合いが見える。
何をどうすれば良いのかがわかる。
もう1人の兵士は軽装の太ももを狙う。
鮮血が飛び散って倒れ込む。
どうも右手がしびれる。
剣が握れないのはともかくとして、バランスを取りにくい。
それでも俺は強い。
俺は奴を討ち取れる。
そうに決まっている。
騎士の1人が前に現われる。
全身鎧に身を包んだこいつに片手の斬撃はあまり役に立たなさそうだ。
一旦距離をとる。
騎士が踏み込もうとした瞬間、小さな体を大きな盾に隠した女の子が横から突っ込んでくる。
でかい体を重い全身鎧で覆い尽くした騎士が吹き飛ばされてバランスを崩す。
跳ね飛ばされた騎士の首を狙って半月の刃が飛ぶ。
長柄の一撃は鎧に跳ね返されたものの、たまらず騎士は後退する。
「ここはあたしたちで!」「はやく指揮官を!」
そう言われて、俺は再び片手の指揮官ににじり寄る。
騎士ではないが、まだ護衛を連れている。
「さぁ、来たぞ。お前の命を刈り取りに来たぞ。頭を垂れて、おとなしく刈られろよ。収穫して、てめぇの神さまたちに供えてやる」
剣を振るう。
相手は右腕を覆うガントレットで剣をそらす。
あれは義手なのだろうか。
頭上で剣を一回転させる。
そのまま右を向いて、そこにいた護衛の首筋に剣を叩き込む。
「ほら、お前の供は良い手本を見せたぞ。ああいう風に素直に首を差し出せよ」
カルミが手斧を振り下ろす。
受け流しきれず左手に衝撃が走る。
俺は剣をはなさないように必死で柄を握りしめる。
「何を言っているのです。誰を捧げるか? それは私が決めることです。君と君の仲間と君がかばう亜人まがいども、全ての首を街の広場に飾ってあげましょう!」
左からくる護衛の一撃を距離を詰めてころす。
頭突きで相手をよろめかせてから蹴り飛ばす。
投げ飛ばしたいが右手がしびれてうまく動かせない。
右から手斧の一撃が来る。
「あれぇ? 右手、どうしたんですか? ちょっと剣が刺さったぐらいでしょう? どうして動かさないんですか? 信仰を持たないから心が弱い。弱いから動かせないのです!」
飛びのけて避ける。
「あ! ごめんなさい! 先程あなたに突き刺した剣、毒を塗っていたの忘れていましたよっ! いや、申し訳ありません。敵の大物に使おうと思っていたのに、あたなのような小物に使ってしまいました!」
笑いながら手斧を振りかざす狂信者。
俺は奴の首を突く。
かわされる。
「うるせぇぞ。腐れ外道! 左手を切り飛ばしてやる!」
「泣き叫びながら戦う雑魚が強がってはいけません。悔い改めなさい!」
「神にして神々に逆らったことを!」
手斧の一撃。かわす。
「私に逆らったことを!」
右腕のガントレット状の義手?による殴打をガードする。
「祈りを唱えられず、呪いの言葉を発するその口、閉じやがれ」
柄頭で相手の顎をかちあげる。
元審問官が少しふらつく。
主を守ろうとした護衛の首を突き刺す。
その間に態勢を立て直したのか、カルミが再び手斧を構える。
俺も上段に構え直す。
………。
「騎士、討ち取ったぞー」
サゴさんが普段の穏やかな口調を忘れたかのような荒々しい雄叫びをあげている。
ほんの一瞬であったが、指揮官の視線がそちらに向かう。
その一瞬に相手の左腕に剣を振り下ろす。
防具の継ぎ目を狙った一撃が綺麗にきまり、敵の左手が落ちる。
両手を失った元審問官はかまわず体当りしてくる。
ものすごい力で俺は一気にテイクダウンされてしまう。
「私の左手、どうしてくれるんですか? あなたの右手だけでは足りませんよ。首くらい貰わないとぉぉ!」
馬乗りになった元審問官は手首から先がない右腕に装着したガントレット状の防具で俺を数度殴りつけると、器用に俺のバイザーを跳ね上げる。
「ああ、短剣が! 短剣が抜けない」
両手を失ったやつは武器を抜くことはできない。
このすきに体を返そう。
そう思った瞬間に奴が絶叫する。
「神にして神々よ、ご加護をっ!」
やつは自分の左手の肉を食いちぎる。
骨が露出する。
見開いた目を爛々と輝かせ、露出した骨を突き刺そうとする。
人間ではない。
化け物だ、こいつは。
俺はすくんだまま骨が自分の眼球に向かってくるのを眺める。
右手がしびれる。
骨はすんでのところで逸れた。
爛々と輝いていた目が焦点を失ったかと思うと光を消していく。
俺の視線の先にはメイスを振り下ろしたミカがいた。
彼女はカルミだったものを蹴って転がす。
そして、短剣を抜くと、その首を胴体からごりごりと切り離す。
近くに転がっていた槍の穂先に突き刺し、精一杯高々と掲げる。
「敵将は討ち取りましたっ! あたしたちの勝ちよ!」
俺はゆっくりと立ち上がる。
右手の感覚がない。
首の刺さった槍を受け取ると、上に掲げる。
俺も叫ぶ。
「勝ったぞ! 勝ったぞ! この首を見ろっ!」
護衛をしていたもう1人の騎士はその一瞬で囲まれて四方八方から槍で突き刺された。
鎧がそのほとんどを弾いたものの、穂先の中には継ぎ目に入ったものもあるらしく動かなくなった。
敵本陣の歩兵がまず逃走した。
本陣の異変に気がついた正面の歩兵も逃走を始める。
ここまで来たらあとは一方的だった。
騎士たちも我先にと逃げ出し始めた。
最後まで戦い抜いた騎士も少数ながらいたが、それはすり潰された。
敵の退路を断つような形になっていた敵本陣攻撃組はそのまま後退して、敵が退却しやすいようにした。消耗戦を避けようというのがジョクさんの心積もりなのだろう。敵は敗走しているが、こちらの被害も甚大だ。チュウジやチュオじいさんたちは無事だろうか。まぁ、かたや破壊したと思っても蘇ってきそうなホラー映画の呪いの人形みたいな存在だし、もう片方も殺してもよりムキムキになって墓場から蘇ってきそうなじじいだから大丈夫か……。
俺は感覚のなくなった右手をさすりながら、ミカに告げる。
「ごめん。もう限界。少しだけ目をつぶるよ」
目、つぶって休んでるだけだから……。




