095 みんなその手は血まみれよ
得意な曲も歌わず罵詈雑言と呪詛の言葉を吐き散らしながら、自称賢者が舞い踊る。ダンダラ模様のコートを揺らし、腹を揺らしながら、彼は華麗なステップを踏む。俺は護衛に阻まれて彼のところにたどり着けない。
「クソムシの分際で恋愛ごっこ楽しんでるとかムカつくんだよっ! おまえはどう見てもこっち側だろっ! クソムシ側だろ。なぁ、お前もボクと同じクソムシなんだろ? クソムシが楽しくやってんじゃねぇよ! 裏切ってんじゃねー! リアルにリア充爆発しろよ。爆ぜろぉぉぉ!」
標的がどしんと地面を踏みしめる。
視界が一気に真っ赤になる。
血が沸騰する。
目から吹きこぼれているのは涙ではなく血だ。
耳から水が抜けるようにとろりと流れ出すのも血だ。
鼻血、血反吐、毛穴から血の汗が……。
出てない。出てない。そんなものは出てない。出るわけないんだ。
トマさんは自力で抵抗して打ち破っていた。
大丈夫、できるとわかっているんだ。
あのときの真似をしろ。
足を踏ん張る。
目を見開く。
肺の中の空気を押し出す。
肺の中の空気は別に焼けてなんかいない。
ただの空気だ。
真っ赤な血の色で染まっていた視界が普通に戻る。
護衛が斬りかかってくる。
斬撃を受け流す。
そのまま踏み込む。
片刃の剣の柄頭を相手の顔に打ち込む。
くるっと刃を返してビキニアーマーに覆われていない胴を峰打ちする。
斬れずにしょうもないことをしている自分を見ると、エロ妄想を大展開・具現化した親衛隊も効果があるのか。
一気に駆け寄る。
間にもう護衛はいない。
怯えた目をしている。
ダンダラ模様が翻る。
敵に背中を見せるのは士道不覚悟だろ?
足も背中も間合いに捉えている。間合いを告げる光が敵の全身を輝かせている。
俺は足を切り払う。
萌え萌え新選組で柳剛流の遣い手も女体化されているかい?
華麗なステップを踏み、えげつない魔法を発現させてきた大賢者の足は足首のあたりでずれて体を支えられなくなる。
ずるりと体が崩れ落ち、一呼吸置いて「ギャー」という悲鳴があがる。
崩れ落ち、這って逃げるダンダラ模様の下に隠れた尻を突き刺す。
悲鳴をあげながら這いずる体を蹴り飛ばしてひっくり返す。
「こんにちは、大賢者様。汚い芋の収穫に参りました」
「やめろっ! やめろってば! ボクの仲間をやらせてあげるから。ハーレムいいぞ。だから、やめろって」
「自分、恋愛ごっこ楽しんでるレベルの糞童貞ですから。ハーレムなんてとんでもないことでございます」
俺は奴の股間を削ぐ。
タマを尻に突っ込むことはできなさそうだが、これでご自慢のポークビッツも使用不能だろう。
悲鳴をあげ続けながら、やつは後ろに倒れ込む。
俺は静かに敵を眺める。
「畜生。クソ野郎。死ねっ!」
「そのご要望にお答えすることはできません。代わりに大賢者様を死の世界に送って差し上げましょう」
俺は続ける。
「地獄で永遠に舞い踊ってろ」
涙を流しながら悪態をつく舞い踊る大賢者にまたがると、その首に剣を突き刺す。
もう汚い妄想を吐けないようにしてやろう。
じたばたと手足を動かす最後の踊りは程なくして終わった。
厄介な相手がひとり片付いたが、指揮官とおぼしき元審問官は残っているはずだ。
あいつ自体の戦闘能力はそれほど高くないはずだが、重装の護衛が厄介だ。
遠くで行われている主力同士の戦いを眺める。
チュウジの一発芸で敵の騎兵突撃は終わっているようだが、お互いをすりつぶすような消耗戦になっている。
トリッキーな戦い方をするあいつは騎士のような鉄の塊との殴り合いは苦手だろう。
そうでなくとも消耗戦なんかしていたら、被害は増えていくばかりだ。
指揮官を潰して、相手が撤退するように仕向けなければならない。
「指揮官を潰せ!」
ジョクさんが叫ぶ。
その叫びに応じて味方の戦士たちが敵の指揮官を囲もうとしている。
ただ、護衛の騎士らしき2人が暴れまわっていて、なかなか元審問官に手を出せていないようだ。
俺は騎士以外を切り倒しながら元審問官の背後に向かう。
途中で敵から両手持ちのメイスを奪い、片刃の剣を鞘におさめて持ち替える。
金砕棒後で見つかると良いな。
元審問官の背中が見える。
無言で打ち掛かるも、たまたま振り向いた元審問官に避けられてしまう。
「ご無沙汰してます、カルミさん。あなたの血まみれの左手を貰い受けにきました」
俺の言葉に元審問官は高笑いしながら返答する。
「あなたの手だって血まみれじゃないですか? 何人殺したんです? それにどれだけ残虐な殺し方をしてきたんです? さっきだって見てましたよ、うちの魔法使いとの戦い。男の股間のものを削ぎ落とすなんて、なんて素敵な戦い方なんでしょう! 彼のことは残念でしたが……ああ、なんて素敵なんでしょう。神にして神々よ、私はいまあなたとあなた方に見守られながら心がとけそうなぐらいの快楽の中にいます!」
やつは手首から先のない右手をこちらに向ける。
「君には審問官の素質があるのに。本当に残念ですよ!」
手のあるはずところにセットされた刺突剣がいきなり飛んでくる。
不意を突かれた俺は手で防御姿勢を取るのが精一杯だった。
刺突剣が篭手の継ぎ目を貫通し、右腕を貫く。
くそっ! 手がしびれる。
なんだよ? ロケットパンチじゃないんだから、そういうのやめろよ。
俺は両手持ちのメイスを捨てると再び片刃の剣を抜く。
「快楽ねぇ……待ってろ。今、この血まみれの手で逝かせてやるよ」




