桜の精の忘れ形見
真っ暗な闇にぼんやりと白く浮かぶ桜並木は神社へと続いている。そこに桃色よりも淡く白よりも明るい桜色と若草色の暈しの地に、舞う花びらの刺繍の着物を着て、黒髪をおろした桜の精が、深夜に現れるという。
俺はその光景を知っている。花びらが乱れ散る桜吹雪のなか、着物の女性はただ一言、
「ごめんね。」
と言い残して、背を向けて神社へ向かっていく。これが母との最後の記憶だ。あれから十数年が経ち、高3になった俺は、相変わらず父と二人暮らしだ。
今さらなんで、俺の記憶とリンクする噂が流れているんだ?
写真と手紙を見つけたのは、お母さんの遺品の着物を整理していたときだった。帯留めや帯締めの入った引出の奥にひっそりと入っていた。
写真館で撮ったらしい家族写真に写っていたのは、椅子に腰掛けている桜の着物姿のお母さんと私の知らない男の人と2歳くらいの男の子だった。着ている姿を見たことなかったその着物は、引き出しの一番下から出てきた。
写真の手がかりになるものがあるかもしれないと相続手続きに使った書類を見ると、中には、知らない名字のものが混ざっていた。戸籍の書類の見方はよくわからなかったけど、お母さんがお父さんと結婚する前に、他の人と結婚していて、裕太という息子がいることはわかった。控えた生年月日を見ながら、あの手紙を読み返す。
『写真が届いたから、送るよ。
あの日、神社へと続く桜並木の中に去っていく君は、桜の精のようで、今でも目に浮かぶ。
離れ離れになっても、この思い出を胸に裕太を育てていくよ。
だから心配しないで。』
(戸籍と手紙の名前が一致する!間違いない、この写真の男の子の名前だ。生年月日から計算して年の差は、4つ違いの高校3年生。)
戸籍の住所を頼りに行ってみると、運良く彼の姿を見ることができた。さすがに幼い頃とは顔は違ったけれど、あの写真の男の人の面影がある。制服は近所の高校、幼なじみの通っている学校だった。
「裕太、そろそろ桜の精のお出ましの時間だ。」
桜の精の話を教えてくれた浩介の家は、神社へと続く桜並木の始まりにある。2階にある浩介の部屋の窓から外を覗く。すると、白く浮かび上がる桜並木の真ん中を、淡い着物の髪の長い人が、確かに神社へと向かっている。俺はすぐさま部屋を飛び出した。浩介が何か言っていたが、構っている余裕は無かった。ただ真相が知りたい一心で、桜の精を追いかけたが、神社の境内で見失った。そこへ、俺を追いかけてきた浩介が到着する。俺は浩介に問いかける。
「どういうことだよ。あれは、沙羅だろ。」
沙羅というのは、浩介の幼なじみの中学生だ。受験勉強が本格化する前の夏に紹介されて、浩介と一緒に勉強を教えていた。そして、沙羅は神社の神主の一人娘だ。
「バレちゃったか。なんでそう思ったか聞く前に沙羅を呼ぶか。」
スマホで彼女を呼び出すと、すぐに現れた。その姿に俺は息を呑む。桜柄の着物を着ている姿は母そのものだったから。
「俺が、最初に違和感を持ったのは、浩介の言う着物の柄がやけに詳しかったことだ。浩介の部屋から見たときに、ここからじゃ柄まで見えないと確信した。沙羅だと思ったのは、背格好と神社で消えたことかな。髪がかなり伸びてるけど、どうせカツラだろ。ただわからないのは、なんで俺の記憶を再現できたのかということだ。」
沙羅が、説明する番だった。
「手紙から、推測するに、写真を撮った日にそのままお別れしたのかなと思って。浩介くんが、裕太くんを誘ったときの反応を聞いて、イチかバチかの賭けに出た。こんなことしたの怒ってる?」
「いや、頭が追いついていかないけど…。怒るとは違うかな。父と母は駆落ちして結婚したけど、母は、実家に戻らされたんだ。今でも父は、あの写真を大事に持っているから、母のことが好きだと思う。そっかー亡くなってたんだ。やっぱり感情は、まだ整理できないや。」
大学生になった俺らは、たまに沙羅に勉強を教えている。俺と沙羅との関係は、表向きは変わってないと思う。ただ、可愛い妹ができて、見守ってやりたいと思っているのは、秘密だ。
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