10.さらばローエン
事態の収拾について、何か考えを温めていたのかノエルが発言する。
「大切なのは、ドラコの連中に衛星軌道上の母艦まで戻ってもらうことだ」
「彼らを許すことはできない!」
ギルが叫ぶ。
「別に許さなくていい。彼らには今回の責任を取ってもらうさ」
「?」
理解できないギルに、ノエルが自分の計画の概要を述べる。
・この地で転がってるクローン兵は本体と接続が切れ、昏睡状態にあること。母船にいる本体も同じであること。
・クローンの後頭部辺りに、今は機能停止中だがクローン兵自身を操作してる神経回路AIがあること。
・クローンをこちらが操ることが出きれば、先ずドラコの連中をまとめて揚陸艇で母船に送り返し、次に母艦に収容されたタイミングで爆破出来れば母艦ごと証拠隠滅が可能になること。
「つまり、アヴァタール戦闘方式ってのは、本体から離れた操り人形を互いに戦わせるシステムだ。糸が切れてる操り人形を、今度は逆にこちらが操るって寸法さ」
「それでだ」とノエルが続ける。
「母鑑の連中に、こちらが操っている事を気づかれないように、操る前に偽の記憶と情報を埋め込めたら完璧なんだが・・・出来るか?」
よくもそんな悪辣なことを思いつくもんだと、半ば感心しながらギルは空を睨む。
「エルベレスが手伝ってくれたら出来そうだ」と空の一点を指さす。
ギルが指さす方向には、惑星ロスロリエン静止軌道上の監視衛星があった。
「あれはケレン様だってば・・・」
ルチアは少し不満そうだがギルは気にしない。
「エルベレスはボクがここにくる以前から、密かに母さんの支配下にあったんだ。ボクの出口を作ってくれたしね。ボクがここに来てからは、ボクが管制AIの支配を引き継いだ。実は時空の裂け目も作れる目処がついたんだけど、さすがにランダム転移は心配で、いよいよ最後の手段にと考えていたんだけどね」
実にあっけらかんと、ギルが秘密を明らかにする。
夜な夜なギルが星を見上げて何かを語りかけていたのには、実はそんな理由があったのだ。
直ちにベリルが上空の衛星と何やら交信し始める。
奥方様の霧はベリルの交信は妨げず素通りさせる。
そして程なく・・・。
(おもしろいウィルスが出来た。これをクローンのAIに感染させれば、そいつはボクの意のままに動く。こいつを"トロイ"と名付けよう)
ベリルが楽しげに告げた。
ノエルがまた愉快そうに割り込んでくる。
「それから奴らに埋め込む偽の記憶と情報は、君が奴らに捕まって連行されるってやつにしよう。母艦に戻る途中に、その偽情報を連中の母星に送らせ、その後に連中を始末する。そうだ、奴らが時空の裂け目に消えた後がいいかもな。あの中で起こった事は外からじゃ全く解らない。完全犯罪の完成だ。ついでにその映像記録も捏造出来るかい?」
ノエルの悪辣な黒い笑みに周りは既にどん引きだ。
「あなたと一緒に行くって件。・・・少し考えさせてもらってもいいかな?」
ギルも若干引きながらノエルに伝えるが、ノエルは一向に気にかけない。
「これくらいの細工や陰謀なんて、人間社会では日常茶飯事だぜ。まあ、その手のことはオレが受け持とう。心配すんな」
(頼もしくていいじゃん。適材適所だと思うよ)
ベリルは何故か賛成だった。
そんなやり取りがあって・・・ギル(ベリル)はリーのクローンに偽の記憶を与え、ドラコの他のクローンも使って部隊全体にウィルスをばらまかせる。
操られるリーのクローンは、本体との意識の切断を母艦に気取られることなく、作戦行動の終了を部隊に指示する。
「作戦は完了した。目的物は無事確保した。これから帰還する」
ご丁寧にも、ギルがリーの部下達に力なく連行される映像記録もしっかり作られていた。
リーの部隊は各自の揚陸艇に帰還する。
揚陸艇の運行アンドロイドは、クローン同様すぐに管制AIがウィルスに感染し自身もコントロールを奪われる。
3隻の揚陸艇はロスロリエンの大気圏を離脱し、母艦の待つ衛星軌道を目指した。
母艦との通信が回復し、リーのクローンは母艦に指示する。
「作戦は完了した。この通信と映像を作戦司令部に送れ。詳細は母星帰還後に報告すると」
例の捏造された映像が、母星の作戦司令部へと送られる。
そして母艦の艦長に命令する。
「我々を収容次第、直ちに時空転移にて母星ドラコへ帰還する。長居は無用だ」
如何にもリーが言いそうな台詞で、母艦にそれを疑う者は誰もいなかった。
リー達が乗る揚陸艇がすべて母艦に格納される。
そしてすぐに時空の裂け目を出現させ、その中に強襲母艦は滑り込み消えた。
・・・
アヴァタール戦闘方式でのクローンのコントロールとは、本体が見る夢の中で自身の化身を操っている様なものだ。
ただ少し違うのは、その夢の世界はクローンの現実世界であると言うだけで。
アヴァタール戦闘方式では、アンドロイドではなく人がクローン羊の夢を見るのだ。
また外からは、カプセルの本体が夢を見ているのか、夢もなくただ眠っているのかは判別できない。
人が見る普通の夢とはこの現象は違うからだ。
そして時空転移を行う時、時空の回廊内に危険は無いため、生身の人間は人工冬眠に入り運行は管制AIとアンドロイドに交代する。
しかしアヴァタール作戦行動中のカプセルは、時間がない時はそのまま自動で人工冬眠状態に移行する。
・・・
なのでリーが母艦に戻りすぐさま時空の裂け目に消えた時、作戦に従事したクローン運用カプセルの本体はもちろん母艦の運行要員に至るまで、生身の人間は皆人工冬眠中にあった。
本来であれば、本体が人工冬眠中のクローンはコントロールを失い動けない。
だが本体にではなく、ベリルに支配されているクローンとアンドロイド要員は、先に受けていたベリルの指示に従って動いていた。
リーのクローンがおもむろに母艦の自爆装置のスイッチを入れる。
それを何の感慨もなく眺める他のクローンとアンドロイド達。
次の瞬間、ドラコの強襲母艦が時空転移の最中、回廊の中で大爆発を起こす。
もちろん誰もその光景を見ることは出来ない。
「たーまやー!」
ギルが小さく呟く。
(かーぎやー!)とベリルが応じる。
「何なの・・・それ?」
ルチアが冷たい視線をギルに向ける。
「なんだろ?大昔にどっかの世界で、星を打ち上げた時のかけ声かな」
「訳わかんない。バッカみたい」
ルチアはふんと鼻を鳴らした。
ローエンの里にも変化が訪れていた。
辺りを一面に覆う霧が晴れかけていた。
聖樹の枝葉が少しずつ萎れ枯れていく。
森の至る所でマルローン樹の黄金の葉が色あせて散り始めた。
ずっと目を瞑っていたメリザンドが再び薄く目を開き、周りにいるドリュアード達に話しかける。
「終わりの時は近づいた。聖樹はもうすぐ枯れ、マルローン樹も失われる。ガラドの奥方様が聖樹に残した核はルチアに宿り、今まで聖樹が保っていた力は失われた」
「ドリュアードの役目も終わる。奥方様の残した”核”を守り、次の守り手に引き継ぐと言う役目だ。ドリュアードの民よ。ローエンの里からは聖樹もマルローン樹もすぐに失われ、奥方様の加護もすでに無い。力を失った我らは、森を出て他の民に混じり消えていく・・・。だが何も悲しむことはない。我らがこれまで存在した証は、ルチアとギルが引き継ぐだろう。我らは勤めを果たしたのだ。誰恥じることなく胸を張ってこの地を去ろう。そして我々も新たな生を見つけるのだ。・・・さあ行きなさい」
ドリュアード達はすすり泣きながらも一人、二人とその場を静かに去っていく。
ギルとルチア、そしてノエルだけがその場に残された。
「ギル、ルチア。・・・お前達はこの世界と未来を切り開く者だ。互いを頼りとし、待ち受ける新たな世界へと旅立つが良い」
「ノエル殿。・・・あなたは二人を導く者だ。あなたにもあなたを支える者がいる。共に依って立ち、良き未来へとこの二人を導かんことを・・・」
それだけを伝えると、メリザンドは静かに息を引き取った。
三人は無言だった。
ギルとルチアは涙を流していた。
ノエルはじっと何かを考え込んでいた。
そしてギルとルチアはメリザンドの亡骸を抱き上げ、聖樹の元へと運ぶ。
聖樹はメリザンドをその懐に迎え入れ、その幹を静かに閉じて・・・枯れた。
枯れた白い聖樹はメリザンドの墓標となった。
この時をもってローエンの長い歴史は終わりを告げた。
ノエルは二人に声をかける。「じゃあ、行こうか。オレたちの星へ」
ノエルは衛星軌道上の探査艇ディスカバリーとの通信を回復し、自分たちを回収するよう指示を出す。
小型の要員回収カプセルが着陸し、ノエルの他2名を乗せて探査艇ディスカバリーへと戻って行った。
こうして数奇な運命により、生体兵器(&生体AI)とエルフ(?)と人間との、奇妙な共同生活が始まることになった。




