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9.もう一つの対決

ルチアは薄れ行く意識の中で、ガラドの奥方様の声を聞いた。

(選択の時は来た。お前は選ばなければならない。妾と共に朽ち果てるか、それとも妾をお前自身に受け入れて新しい生を歩むか。だが新たな生を選べば、お前はもう以前のお前ではなくなるだろう)

ルチアは迷い無く思いを伝える。

(わたしは既に選択しました。わたしの生はギルと共にあります。わたしは奥方様を受け入れ、新しい生をギルと共に歩みます)


戦いが終わってすぐ、ギルはルチアとメリザンドの傍らに駆け寄った。

「ルチア!ルチア!しっかりして!」

ギルはルチアを抱き起こす。

胸の傷はひどいがまだ息はある。しかしルチアは目を覚まさない。

隣で横たわったままのメリザンドが、目を瞑ったまま小さく呟く。

「・・・選択はなされた。ルチアを奥方様のもとへ」

ギルも奥方様の意志を確かに感じた。

(ルチアをここへ)

小さく頷いたギルはルチアを抱き上げ、未だ血を流している白い聖樹”ガラドの奥方様”の前に進む。

すると聖樹の幹が音もなく大きく裂けて開き、中から浴槽にも似た、人ひとりが入れるくらいの窪みが現れた。

窪みの内側には血管のようなものが浮き出て、びっしりと張り巡らされており規則的に脈動している。

奥方様に促されるまま、ギルはルチアを窪みに横たえる。

窪みはルチアと共に聖樹の中に吸い込まれ、開いた幹は再び閉ざされてしまった。

(あれはボクらが育ったカプセルと似てるが、本当に生きているカプセルだ。ボクらが知らない不思議な生命科学で作られている)

ベリルが呟く。


ギルはメリザンドの元に跪く。

破片に体を貫かれたメリザンドの傷は、もう手の施しようがなかった。

メリザンドの傍で彼女の手を取るも、ギルは何も出来ずに泣いていた。

ギルには戦うことは出来ても・・・癒しを与える力はない。

「メリザンド様・・・」

周りには生き残ったドリュアード達が無言で集まっていた。

そんなギルとドリュアード達にメリザンドが静かに語りかける。

「ギル、そしておまえたちも。何も悲しむことはない。災厄が私たちを襲ったが、一番大切なものは守り通せた」

メリザンドはうっすらと瞼を開き、ギルと聖樹の方に目を向ける。

「私はもう助からない。だが奥方様が今暫くの時間を私にくださる」と続ける。

「ギル。その間にお前はあの者と、もう一つの決着をつけるがよい」

メリザンドはノエルの方に注意を促す。ノエルは聖樹の側まで歩み寄っていた。


ノエルはギルとドリュアード達に話しかける。

帝国公用語ではなく、ドリュアードにも理解できる西方語ウェスターネで。

武器はすでに放棄していた。

「私はマリーエンと言う星から来た、ノエルと言う者だ」

「先ず最初に、皆さんには謝っておきたい。こんな事が起こるなど、私は決して望んではいなかった。だが、最初に幻獣をこの地に送ったのは私だ。私の行為が切っ掛けとなり、奴らがやって来た。これは事実だ。済まなかった」

ギルの瞳に再び怒りの炎が燃える。

「何を今さら・・・。すでに多くの仲間が死んだ。ルチアもメリザンド様も傷つき死に瀕している。あなたがボクを追って来たせいで・・・」

固く言葉を返す。

「そう。オレは君を追った。力を制御出来ない君を巡って、このような悲劇が起こるのを危惧して」

ノエルも淡々と話す。

「ボクのせいだと言うのか!・・・勝手に押し掛けて!・・・勝手に戦いを仕掛けたくせに!」

ギルの声に怒りが籠もる。

「君のせいだとは言わない・・・。だが、君がこの地に現れたことでこの悲劇は引き起こされた。これもまた事実だ。」

ノエルはただ淡々と述べる。

続けて問う。

「君は何故逃げだした?君自身が生まれた場所から」

「ボクは逃げ出したんじゃない。母さんがボクを逃がしたんだ」

ギルの返事に小さく頷くノエル。

(やはりそうか・・・)

「母さんとはマザーのことか?その当時、君には自我は無かったはずだが?」

少しだけ驚き、疑問を口にする。

「当時のボクはただ眠っていた。だけどもうひとりのボク"ベリル"が既にいたんだ」

頷くノエル。

(これも正解か・・・)

「母さんはずっと泣いていたんだ・・・。きっとボク達兄弟が世界を滅ぼし、ボク達もみんな殺し合いの末滅ぼされてしまうんだって」

ベリルがギルの口を通して話し始める。

(・・・)

ノエルは無言だ。

「母さんは、ボク等を産んだときに心が宿ったって言ってた」

(・・・)

「母さんは、ボク等と兄さん達を生み出した自分自身を呪っていた・・・」

(兄さん達とは、マザーと共に死んだバイオロイド達の事か・・・)

「兄さん達は心のない戦争機械だから、全てを破壊し互いに争って死んで行くしかないって。

だから母さんは、兄さん達が世界を破壊する前に静かに眠らせるから、お前だけは逃げなさいって言った」

(まいったな・・・。まさか量子コンピュータAIに・・・母の愛が宿るとはな)

「それでボクたちはここに来たんだ。なのになぜあなた達は、ボクたちをそのままそっとして置いてくれない?なぜいつまでも追ってくるの?」

ギルとベリルの悲痛なこころの叫びが、ノエルの心を強く揺さぶる。

ノエルはしばしの沈黙の後、また静かに語り出す。

「それは・・・。君が世界を滅ぼし得る存在だからだ。マザーがどんなに嘆こうとも・・・君は生まれてしまった。君が今の君でいる限り、星系世界はどこまでも君を追いかけるだろう」

ノエルは自身の思いのまま正直に告げる。

「君がここにいる限り、君を連れ去ろうとしてまた新たな敵が現れる。上空には未だドラコの戦闘艦がいる。オレの仲間もいる。この地の敵やオレを倒しても、次はもっと沢山で押し寄せてくる。君はいったいどうする?」

「誰が来ようと倒す。何であろうと倒して排除する!」

顔を強ばらせながら、確信を込めてギルが断言する。

「そうだな・・・。君にはそれが出来る。だが・・・敵は君に戦いを挑むとは限らない。勝てないと思えば、衛星軌道上からこの地を焼き払うことも躊躇わない。その時、今回と同じように巻き添えを食う君の仲間はいったいどうなる?・・・どうやって彼らを守る?」

想定外の問いにギルは呆然とした顔を見せ、次にその顔をくしゃくしゃにして・・・泣きそうな表情に変える。

その表情は先程までいた無敵の戦闘兵器などではなく、年相応の怯え迷える子供の表情であった。

「ボクは・・・どうしたらいい・・・?」

力なく呟くような声をこぼすギル。

「君はどうしたい?」

質問に質問で返すノエル。

「ボクは・・・ただ普通に生きたい。・・・戦いではなく、静かに普通に笑い合って生きて行ける世界が欲しい。・・・母さんが望んだように。・・・そしてもうこれ以上、仲間の誰にも死んで欲しくない」

「もしもその世界が・・・更なる戦いの先にしか無かったとしたら?」

さらに問いを重ねるノエル。

「わからない・・・。だけど戦いがボクについてくるのなら、たぶんボクは戦う。ボクには戦うことしか出来ないから・・・」

ギルが絞り出すように答えた。

長い時間沈黙していたノエルは、遂にある決心をしギルに語りかける。

「・・・わかった。じゃあオレに一つ提案がある。・・・オレと一緒にその世界を見つけよう」

仰天して言葉を失うギル。

「・・・一緒に?・・・見つける?・・・あなたと?」

それはギルにとって全く予想外の言葉だった。

ギルはこれまで、誰かにそんな言葉を掛けて貰ったことはなかった。ルチアを除いては・・・。


ギルがノエルの提案に、驚きのあまり口も利けないでいるその時に。

白く輝く聖樹の幹が再び開き始めた。

窪みがあった場所から、そのルチアが静かに歩み出てくる。

ルチアはルチアのままであったが、以前のルチアとは明らかに異なっていた。

切り裂かれた胸の大きな傷は、もう跡形もなく消え去っている。

ルチアのからだ全体を白い燐光が薄く取り巻いていた。

そしてルチアの額には、光り輝く白い宝玉"ネンヤ"があった。

今のルチアは、以前のルチアとはまったく違う存在であった。

メリザンドが目を閉じたまま静かに呟く。

「ガラドの奥方様が聖樹に残した核"ネンヤ"がルチアに宿った。ルチアは奥方様と同じ存在に生まれ変わった。古の"エルフ"が今ここに蘇った・・・」

ルチアがメリザンドの傍に跪く。

「メリザンド様・・・」

「ルチア。お前は新たな生を選択した。お前には新しい運命が訪れる。"エルフ"としての運命が・・・。永く失われし仲間を見つけ出すのは・・・お前の宿命だ。道はきっと"ネンヤ"が教えてくれるだろう。・・・ギルと共に行くがよい」

ルチアに告げる。

ルチアはメリザンドから、呆然と立ち尽くすギルに目を移す。

「ギル・・・。あたしは何時だろうと、何処へだろうと、あんたと一緒にいるよ・・・」

我を忘れ言葉が出なかったギルは気を取り直す。そして苦しげに表情を歪めてルチアに告げる。

「ルチア・・・。ボクは人じゃない。カプセルで人工的に生みだされ、改変された人型生体兵器バイオロイドだ。ボクは人の形をしていても、人とは違う存在だ。それにボクにはずっと戦闘が付きまとう。ボクといればルチアはきっと不幸になる・・・」

「それがどうしたって言うの?・・・ギル、あんたは人よ。人ってのはね、心があるから人なのよ!人は相手を思い、愛し、笑い、怒り、悲しみ、涙を流す。そんな感情が人にはあるのよ!同じ感情を持つあんたは紛れもない人よ!例えあんたがカプセルから生まれようと、木の股から生まれようと全然関係ない!!」

「それに戦闘であたしが不幸になるって?生きるって事は、すべてが戦闘と同じだよ?別に敵と戦う戦わないとかじゃなくても、生きていくその時々、その場の選択と行動が戦闘そのものじゃない!勝手に不幸なんて決めつけないで!そしてあたしの選択に余計な口出しをしないで!あたしはあんたと戦闘だろうと、運命だろうと、何であろうと絶対に切り開いて見せるんだから!!」

・・・辺りが静まりかえる。

ルチアがドヤ顔でふんぞり返り、圧倒されたギルが口も利けないで固まっている中、ノエルが突然含み笑いを始めた。

「ククッククク・・・。これは"エルフ"のお嬢ちゃんに一本取られたな。いや・・・たいしたものだ。さすがのギル君も形無しだな」

ノエルはそこで話題を変えて切り出す。

「どうやら話がついたようだ。ではそろそろ、この騒動の後始末に取りかからないか?」


そうだ。ロスロリエンの地には、無力化されたドラコ3個中隊と連絡を待つ3隻の揚陸艇がいる。衛星軌道上には強襲母艦も待機している。

これにどう決着をつけるのか。それはそれでまた別の問題であった。

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