8. ローエンの攻防(後編)
ギルは西の方角に、大きな熱エネルギーの発生を知覚した。
・・・里の方だ!
(ローエンが攻撃されている)ベリルが補足する。
・・・ルチア!
(聖樹は無事だ。まだ持ちこたえてる)同じくベリル。
ギルとノエルはドラコの第3中隊を無力化した後、ローエンの里に急ぎ戻る途中であった。
「急がないと!里が危ない!あなたを置いていく」
ギルが言う。
「ちょっと待て。ドラコの本隊が来たんだろう?だとしたら、今度の奴らは、さっきとは比較にならんほど強力だ。たぶんオレが助力出来ると思う。オレも一緒にいた方がいい」
ノエルは付いて行く気満々だ。
「じゃあ、ボクがあなたを背負う。負ぶさって。そしてこれは持ってて」
子供が倍近い大人を背負って走る不思議な光景だが、そのスピードは驚くほど速い。
武器を返して貰ったノエルが、背中からギルに話しかける。
「少しは信用してもらえたのかな?ギル君」
少しおどけた声のノエルに、ギルは冷たく声を返す。
「・・・。別に。その武器ではボクの脅威にならないと思っただけ。調子に乗らないで」
今度は里の方角から、エネルギー集積弾の発射を感知する。
次いで何かが爆発する空気振動も知覚した。
・・・魔弾を撃った。
交戦が始まった。
(まずい。追いつめられている・・・)
ギルは全速力で走っているが、それでも里まではあと10分は掛かる。
まだ10分も・・・。
ギル(ベリル)の焦燥は募る。
ドリュアードの防人はマルローン樹上の拠点に散開し、侵入者達の動きを監視していた。
見たこともない巨大な鉄の兵と、人とは明らかに違う何かが大勢で進んで来る。
侵入者達の目標がローエンである事が明らかになった時、彼らの近くの拠点で待機していた呪術師の一人は、やがてひとつの決断をし詠唱を始めた。
詠唱は隣の拠点から次の拠点へと引き継がれ、やがてローエン周辺の森全体に輪唱が響く。
するとマルローン樹の金色の葉が一際眩しく光り、最初の詠唱者の前方にマルローン樹からエネルギーの塊が集積し、光り輝くエネルギー弾として顕在化した。
呪術師は方角を定めて輝くエネルギー弾を敵に向かって射出する。
ドリュアードの秘術”魔弾”だった。
詠唱はマルローン樹が、地中から吸い上げるエネルギーを一ヶ所に集中させるための起動ワードであり、複数の詠唱者が輪唱する事で魔弾の威力を更に高めることが出来た。
この時代の常識の埒外にあるエネルギー弾を操るドリュアードは、古の魔弾の射手でもあった。
リーの侵攻部隊がローエンの里から1キロの地点に迫った時、突然霧の中からエネルギー弾が飛び出してきた。
エネルギー弾はゴライアス1体とアンドロイド兵5体を破壊して消えた。
「敵襲!!散開しろ!」
リーが叫ぶ。
「俺の位置を見失うな!俺は真っ直ぐ東へ進む。はぐれたヤツは置き去りだ!」
(おい、おい・・・。剣と弓の世界で、魔法じゃなくてレールガンとか可笑し過ぎるだろ?・・・こいつはヤツの仕業だろうか?)
さすが歴戦の戦士らしく警戒を強めるリーであるからこそ、尚更躊躇わなかった。
ドラコ侵攻部隊に対して、通常では禁断とも言える命令を下す。
「総員に告ぐ!森を焼き払え!!」
命令は次々と伝達されていく。
ここが中立地帯であり研究保護区であろうと、リーにとっては既に何ら関係はない。
ゴライアスを始めとしてアンドロイド兵達全員が、レーザー銃の出力設定を、単焦点から広域照射に切り替える。
そして暫く後、部隊周辺のマルローン樹の葉の茂みが次々と燃え上がっていった。
数人のドリュアードが焼かれて、近くのマルローン樹上の茂みから落ちてくる。
「何だ・・・ヤツではなく先住民か。・・・構わん。森を焼きながら東へ進め」
しかしリーは気にも留めず命令する。
再び、エネルギー弾がリー達を襲うが、今度は部隊が散開しているため、1人のアヴァタール士官と数体のアンドロイド兵を破壊するに留まった。
リーは魔弾をレールガンと呼んだが、その推測は大きく外れてもいない。
レールガンの弾丸は超伝導の電磁力で飛ばす物理弾であるが、魔弾はそれをエネルギー弾に置き換えたものだからだ。
その威力はゴライアスを一撃で破壊出来る程度には高いが、連射は出来ないので敵が散開してしまえば命中率は必然的に低下する。
ましてや森を焼かれて拠点を失えば、ドリュアード達は後方に撤退せざるを得ない。
新たな魔弾の攻撃が来ようと、ドラコの侵攻部隊は少しも止まらない。
彼らはもうローエンの里のすぐ近くにまで迫っていた。
こうしてドリュアード達は、リーの侵攻部隊に致命的な損害を与える事が出来ないまま、遂に敵主力をローエンの里に迎え入れてしまった。
リーはローエンの地に到達し、里の周辺を睥睨する。
霧は依然とあるものの、森の中ほどは濃くはなかった。
目的の新兵器とは未だに遭遇していなかったが、散発的に敵が霧の中から撃ってくるエネルギー弾はやっかいだった。
リーの部隊は既に2機のゴライアスを失い、3人のアヴァタール士官と16機のアンドロイド兵も失っていた。
(結構酷くやられたもんだな・・・。しかしヤツは何故いない・・・?ともかく・・・これ以上味方の数を減らす訳にはいかんしな)
リー達は集落の中を進み、住居らしき構造物を次々と焼き払いつつ、里の中心へと近づいて行く。
(あと集落で目に付くものと言えば、あれだろうか?)
集落の中央に白い大木がぼんやりと見え、時折放電を繰り返している。
大木の側には何かを操作する様子の、二つの人影が朧気に見えた。
「デルタ01、03、あの白い木を焼け!」
リーの命令に数本のレーザーがほとばしる。
真っ直ぐ聖樹へと向かった熱光線は、その手前に出現した白く輝く障壁に阻まれ、聖樹とルチア達に届くこと無く消滅した。
(いよいよ怪しいじゃないか?・・・あれがここの守りの本体だな)
リーは残り3機のゴライアスを率い、近接戦闘武器の”バトルアックス”を装備する。
そして聖樹の側までやってくると、4機のゴライアスで白い障壁を一斉に手にした武器で殴り始めた。
ルチアは怖くてたまらなかった。
聖樹の障壁の外を巨大な黒い影が取り囲み、障壁からは絶えずプラズマ発光と衝撃が発生している。
(恐れてはダメだ。恐れは守りの力を弱くする・・・)
わかってはいるが、ルチアは怖くてたまらない。
・・・だってギルがいない。
(ギル!ギル!ギル!あんたはどこにいるの?助けに来てよ!!)
ヴァネッサはただ我慢していた。
為す術もなく、時間だけが過ぎていくのを・・・。
不本意ながらもノエルに置いて行かれた、探査艇ディスカバリーの艦橋にて。
ドラコの強襲母艦の砲塔は依然としてこの艦をピタリと照準している。
我慢の時間が続く。
強襲母艦から更に2隻ドラコの揚陸艇が降下して行き、代わりに地上から2隻の揚陸艇が上がり母艦に収容された。
不可視である下界の状況は全く判らないものの、既に戦闘が発生していたのは探知していた。
厚い霧を通してかすかに探知出来たのは、何かの爆発音と破壊音。
時折、不可視の霧の中央部だけが一瞬輝き、遅れて爆発音をまた拾った。
(地表はいったいどう言う状況だろうか・・・)
ヴァネッサの不安は募る。
ノエルとバイオロイドの消息は相変わらず不明のままだ。
「少佐殿・・・ノエルは無事だろうか・・・」
思わず・・・無意識にヴァネッサの口から言葉が漏れた。
メリザンドは憂慮していた。
ルチアと二人で必死に障壁を維持しているが、ルチアがどうにも不安定だ。
(このままでは障壁が揺らぐ・・・)なのでルチアに声を掛けた。
「ルチア。今私たちは精神領域で奥方様と一体化している。お前の揺らぎは奥方様の揺らぎ。今だけはギルのことを忘れ、気をしっかりと持て!」
もちろんルチアはそうしようとした。
だがちょうどその時・・・。
「ギル!」
ルチアはギルの到来を知覚した。
そのため一瞬だけ集中していた守りの意識が奥方様から逸れた。
奥方様の障壁が僅かに揺らぐ。
その障壁の揺らぎにリーのバトルアックスが直撃し、障壁とバトルアックスの両方を同時に砕いた。
障壁は一瞬にして消え去り、砕けたバトルアックスの破片は広く飛び散った。
そして、その破片の一つは聖樹に突き刺さり、一つはメリザンドの腹部を貫き、もう一つはルチアの胸を大きく切り裂いた。
「ルチア!!!」
ギルが里の中心に駆け込んだ時、目にしたのは辺り一面で煙を上げる里と、聖樹の傍らで血を吹き出し沈み込んでいくルチアとメリザンドの姿だった。
聖樹の幹に突き刺さった破片の傷からは、赤い樹液が血のように流れ出していた。
それはあたかも、人が傷ついて血を流すかのようだった。
リーは聖樹の下へと一歩踏みだし、倒れているメリザンドとルチアに目を向ける。
「さすがの俺も、子供と老婆を手に掛けた事は無かったんだけどな・・・」
そしておもむろにギルの方に向き直る。
ギルを戦術AIの識別データと照合し、作戦の目標物であることを確認した。
リーがギルに話しかける。
「遅かったな・・・。マリーエンブルクの新兵器坊や。お前が遅れたせいで沢山の人が死んだぞ。お前の仲間と俺の部下が大勢な・・・」
「・・・あなたたちがやったのか?・・・なぜ関係のない人を巻き込む?」
倒れ伏すルチアから目を離せず、しかし敵の存在に近寄りも出来ないまま、リーに尋ねるギル。
「用があったのはお前だけだが、連中はその邪魔をした。・・・だから排除した。ただそれだけの事だ・・・」
無表情で淡々と語るリー。
「ただそれだけって・・・!!」
ギルはこの世界に来て、初めて感じる怒りの感情に翻弄される。
怒りで額の真ん中が、メリメリと縦に裂ける。
額の中央に緑の宝玉が出現し、眩しいほどの輝きを放ち強く脈動している。
今や、裂けた額の第3とも言える目は血の涙を流していた。
湧き上がるエネルギーが体中を駆け巡り、かつて経験したことがない力が全身に漲る。
これまで抑えられていたオーラが、燐光として体から溢れ出て時折スパークとなる。
思考と感覚が、これまで知覚したことがないレベルまで急激に加速する。
(ボクを解き放て!!)
ベリルが頭の中で大きく叫んだ!!
「そうか、それがお前の本性か・・・。なら、これ以上の会話は無用だろう・・・。 ”戦いの理由を問うこと勿れ。我も問わじ”とは誰の言葉であったか・・・。俺はお前を倒し我が領に連れ帰るのみ。・・・ではお手合わせを願おうか・・・」
リーは新たな近接武器”電磁ソード”をゴライアスの両手に装備する。
リーが他のゴライアスに合図を出し、ギルを取り巻くよう展開したゴライアス達は、肩の武器スポットから一斉に何かを射出した。
空中で幾重にも広がった電磁網は、ギルを網に捕らえるべく広範囲に降り注ぐ。
しかしギルの動きが瞬時に加速し、僅かな網の隙間を掻い潜り外に逃れ出た。
そこにノエルの声が飛ぶ。
「ゴライアスの弱点も首にある!脊髄部を破壊出来れば、中のクローンごと動けなくなる。ただそこは装甲で守られている!」
「何だ?!マリーエンブルクのネズミがいるぞ。これが片づいたら探査艇を吹き飛ばしてやらんとな!」
リーが苛立たしげに呟く。
ノエルの声を聞いたギルは、落ちていたバトルアックスの破片を一つ手に取ると、後方にいた一体のゴライアスの攻撃をかわして垂直に飛び上がり、すれ違いざまに空中で反転して相手の首後ろの装甲部に破片を突き立てた。
首の装甲を貫かれたゴライアスは一瞬だけ硬直し、次には火花を首から迸らせながらロリエンの大地に崩れ落ちた。
それを見たリーは、ギルを生きたまま捕らえることを直ちに断念する。
(思いの外手強いな・・・。持ち帰るのは死体になっても已むを得んか・・・)
ギルはゴライアスが装備する擲弾に目を付ける。
(あれが欲しい)とベリルが伝える。
別の破片を手に取ったギルは、直ちにリーの隣にいたゴライアスに迫る。
相手が振り回すバトルアックスを掻い潜り、リーが振るった電磁ソードは屈んで避ける。
目の前の相手の膝を踏み台にして宙に跳び、ギルが手に持つ破片がもう一体のゴライアスの首筋を切り裂いた。
首筋から激しく火花を飛び散らせ、程なく頭部を爆発させるゴライアス。
ギルは崩れ落ちるゴライアスから、首の接続ケーブルと擲弾を奪った。
他のアヴァタール士官とアンドロイド兵は、ギルとゴライアスを遠巻きにして何とか援護をと試みていたが、ノーマルな彼らはギルの移動スピードに付いて行けない。
結局、彼らは味方との同士討ちを恐れて、成す術もなく手を拱いているしかなかった。
ノエルはそんなアヴァタール士官達を物陰からレーザーガンで狙い撃ちし、アンドロイド小隊ごと無力化している。
(実のところ、ノエルの射撃腕前は並みの下であったのだが、銃にはベリルが先に補正機能を仕込んでいたのだった)
ギルが残り2機のゴライアスの攻撃をかわしつつ、再び肉薄攻撃を加える。
しかし残った2機はさすがに手練れだった。
2機で連携を上手くとり、攻守を切り替えてギルへと迫るも決して弱点である首筋は晒さない。
・・・どうする?
(ゴリアテと言えばスリングしか無いでしょ?幾千年の時を経てダビデの真似事をやってみたら?)ギルの問いにベリルが囁く。
ギルは奪った擲弾を瞬時にケーブルで繋いで両手に2本持ちし、頭上で投石器のように回転させ始めた。
そして放った擲弾は1機のゴリアテの首筋に巻き付ついて爆発し、その機能を停止させた。
最後に、リーのゴライアスだけが残された。
(何だこいつは・・・?!最強の陸戦隊たる俺たち相手に何故こんな戦いが出来る?・・・このバケモノめ!!)
この時リーはこの時になって初めて、目の前にいるマリーエンブルクの新兵器を過小評価していた事に気づき・・・恐怖した。
(こいつは・・・これまで一度も戦場で会った事がない、全く異質な存在だ!・・・こいつを生かして置いたら世界が滅ぶ!)
「ウォー!!!」
リーは捨て身での相打ちを覚悟した上で、全力を込めた必殺である渾身の一撃をギルに放った。
その瞬間、目の前にいたはずのギルの姿がかき消え、次の瞬間には自身の首にケーブルが巻き付いていた。
くるりと回転した擲弾は正確にリーが搭乗するゴライアスの首後ろで爆発し、瞬時にリーの意識を刈り取った。
ギルとリーの戦いが終わった時、ドラコの侵攻部隊で残っているものは、コントロールを失い棒立ちするアンドロイド兵だけであった。




