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8話

 土曜日桂木と別れたあと、俺はあまりの理不尽な展開にスーパーでオカズを買うことを忘れてしまったのでコンビニのおにぎりを自宅で食べながら月曜日の朝を迎えた。

 もはや日課となってしまいそうなオカルト板の魔法少女スレを眺めてチェックする。

 いかんせん水無月かもしれん少女である。万が一身元が特定されるようなことがあれば生徒の未来に関わるからだ。


「ストーカーじみてきたな」


 我ながら情けなくて涙が出てくる。とりあえず大丈夫そうな雰囲気だった。

 あれ以来目撃情報もなく、写真という写真も出回っていないため魔法少女の正体を特定できるようなキッカケも見つかっていないようだ。

 一安心しながらスマホをポケットに仕舞った。


 今日から親睦を深めるオリエンテーリング行事が始まる。5月半ばと少々遅い時期での開催ではあるが、それぞれの学年でクラス間の結束を強める目的がある。

 うちのクラス全員が結束を強めてもらうともしかしたら世界が滅びかねんが、そこは平和平穏を愛する平凡教師の腕の見せ所だろう。


 まかり間違って変身ヒーローなりなんちゃら戦隊なり魔法少女なりがタッグやチームを組んで怪獣大戦争なんて事態に陥ってしまえば、平穏な生活とはおさらばだ。


 …魔法少女はともかく変身ヒーローやなんちゃら戦隊はうちのクラスにいない…よな?


………

……


 アイロンがけがめんどくさくていつもヨレヨレのワイシャツを着ていたが今日の俺は一味違う。

 ジャージだぜ。


 出欠確認はバスの近くで行った。何人か不参加の生徒もいるかと思ったが、今日は全員揃ってるようだった。

 クラスメイトに恐怖していたあの桂木も参加してくれている。


 目があったので笑顔で手を振ったらおずおずとぎこちなく手を振りかえしてくれた。俺の心のオアシスはどうやら恥ずかしがり屋らしい。


「いつの間に桂木さんを攻略したんすか?先生」


「先生も裏切り者ッスか?処す?」


「生徒に手を出すのは犯罪ですよ」


「山田、田中、委員長。人聞きの悪いことを言うのはやめなさい。ほらあそこを見ろ」


 そう言って俺は3人の背後をを指さした。


「ソウイチロウ……ほら、ご飯粒がついてマス。ペロッ」


「うわッ、メアリー、人前でそんな……」


「お前らの敵はあっちだぞ」


 イチャイチャしている佐藤にヘイトを移した。我ながら上手く逃げ切れたと思う。

 代わりに佐藤のヘルスがガリガリ削れてるが、あいつ金アーマー連れてるし大丈夫だろう。


 点呼を終え、バスに乗り込んだ俺たちは無事にオリエンテーリング会場のある国民宿舎に到着した。


 荷物を置いて着替えたらカレーを作ったりウォークラリーをしたり、球技大会なんかで盛り上がるという例のイベントだ。

 普段から教室にいないようなサボり組は消極的な参加姿勢だったが、それでも周りが上手くフォローして滞りなく時は過ぎていった。


 ――夜。

 一泊二日の行事のため、宿泊施設には生徒達がいる。一応夜の点呼も終えてあとは就寝するだけの筈だが、まあ今ごろ枕投げ大会が行われていたり、女子の部屋に忍び込んでお話ししたりと、イベントごとで盛り上がっているだろう。


 監督責任なんてものが付き纏う職業だがそれは置いといて、こういうのも大人になってから良い思い出になるもんだ。教師の俺が水を差すのも無粋だろうということで大目に見ている。

 

 というのは建前で見回りがめんどくさいからしてないだけだが。


 お土産屋のあるロビーで夜に外出するような不届き者が居ないかだけ監視しながら缶チューハイを飲んでソファーに座っている。

 先程藤咲先生から「部屋で飲みましょう、2人で」などと申し出があったが丁重にお断りしている。平日のしかも月曜日の夜からみちるちゃんの介護なんてしとうないやい! あと俺見回り当番なんだからね!


「ん?」


「あら?先生ですわね」


「赤城か…点呼は終わってるぞ。逢引きなら目の届かない場所で気付かれないように頼む」


 赤城満月あかぎ みつき

 桂木と並んでいつも教室に居ないサボり筆頭生徒だ。どういうわけか普段授業も無断欠席するくせに今回のオリエンテーリングには参加していた。

 風呂上がりなのか、濡れた髪と着崩した浴衣が妙に艶かしくて正直目の毒だ。今から男とシケ込みますみたいな状態で俺の前に来るな。


「先生ったら、寛容なのか放任主義でいらっしゃるのかわからないわね、職務怠慢というべきかしら」


「おい対面に座るな。俺の酒を飲もうとするな。他の先生に見られたら俺は手が後ろに回る」


「つれない人。今日は…月が綺麗ですわね」


「満月だな、スーパームーンとかいうやつか」


「……………情緒のない方」


 いきなり現れてなんの脈絡もなく愛を囁くセリフを吐く奴に情緒がどうこうとか言われたくない。

 あと、先ほどから俺の缶チューハイに手を伸ばしてくるので、伸ばしてきた手をパシパシと払っている。超めんどくさい。

 曲がりなりにも教師の前で酒飲もうとするのをやめてほしい、見逃すわけにはいかないからだ。


「男を漁るにしてもタバコを吸うにしても酒を飲むにしてもせめて俺の目の届かんところで頼む」


「目の届かない場所でやっても"監督責任"というものはつきまといますわ」


「なんとも面倒な職場だ。辞めちまうか」


 赤城の手を払いながらレモンサワーを口に含む。俺も酒に弱いとはいっても多少は飲めるのだ。気持ち良くなる前に気持ち悪くなるから決してアルコールと俺の身体の相性が良いわけじゃないがこういうのは気分で飲むものだからな。

 

 赤城は酒を諦めたのか机に手を伸ばすのをやめ、次は身体を乗り出して俺の頬に手を伸ばしてきた。


「おい」


「ふふ…生徒に手を出したと知れたら先生も終わりですわね」


「……」


 ドキッとしたから無言になったわけではない。相手にするだけ無駄だというのがわかったので無視しているだけだ。

 そんな俺の態度を全く気にする様子もなく赤城は続けた。


「先生、私先生の血が飲みたいわ。だって……」


 赤城はとんでもないことを言い出した。


「先生ったら、とーっても美味しそうなんですもの」


 ニヤリと冷たい笑みを浮かべた赤城の口元には鋭い牙が――。

 俺は一目散に自分の部屋に向かって駆け出した。

 こえーよ!

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