6話
1時間足らずでぐでんぐでんになったみちるちゃん状態の藤咲先生を送るためにタクシーを呼びつけた俺は居酒屋の外で藤咲先生の肩を支えて立っていた。
「むり。そんなのはいらない。ばーかばーか」
二度と来ないぞみちるちゃん、教頭より疲れた。
タクシーはすぐに来たがこの状態で乗せて家まで送ってくれなどと無責任なことを言えば運転手のおじさんも困るだろうなと思ったので、仕方なく家まで付き添うことにした。
事前に職員間では住所や緊急連絡先の情報などは共有されているため、容易に辿り着いた藤咲先生のアパートの玄関先でカバンに入っていた鍵を勝手に漁ってドアを開けてお疲れ様でしたと玄関先に放り込んで鍵を返した。
このご時世に個人情報の管理が緩すぎるのは問題だと思うが、この時ばかりは介護の時間短縮に繋がったので感謝することにした。
酔っ払った人間って重いのな。
「鍵はかけといてくださいね」
女性のカバンを勝手に漁るなどと不届きな行為をしてしまったが致し方あるまい。あのまま放っておいたらそのまま無防備に玄関先で寝ていただろうと思わせるほどの泥酔っぷりだったから。
俺がドアを閉めるまで「ばーかばーか」と罵倒してきたみちるちゃんは俺の頭の片隅に押しやって俺はもう一度タクシーに乗り込み自宅へと帰った。送り狼になるつもりは毛頭ない。
気持ち落ち込み気味の藤咲先生の表情は少し気になった。
酔いが少し覚めてきて平日毎日顔を合わせる同僚の前で失敗した自覚が出てきたのかな?
「疲れたな」
サクッと風呂に入り、その日は早々に布団へと入った。
まさか同僚の若い女性と二人きりで飲みに行ってこんなに疲労して帰ってくる羽目になるとか思わないじゃん?
シチュエーションの字面だけで言ったら俺もラブコメ主人公なんだけどね。
――翌日の土曜日。
10時前にのんびりと起きたが、朝食には遅く昼飯にはまだ早い時間だ。
休みの日は目覚ましに起こされることなく自分の好きなタイミングで起きるのが俺の優雅な休日の始まりである。
男の一人暮らしとしては珍しいかもしれないがレパートリーが少ないながらに自炊を嗜む程度に行っているため、本日は自らの手で昼飯の用意を行おうと冷蔵庫をあけたところ、冷蔵庫の中身を見て肩を落とした。
「肉切らしてたっけな。魚も冷凍してなかったし……ちょうど良いな、買いものにでも行くか」
昼飯はついでにどこかで済ませるとしよう。
顔を洗い着替えをして身なりを整え、外で誰かと出会ってもあまり若く見えない程度の服装であることを確認してから玄関の鍵を閉めて俺は繁華街へと向かった。
……道中、路地裏に向かう水無月らしき人物が目に入ったが俺は見なかったことにした。
教え子のパンツの色を確認してしまったかもしれないという事実を認識したくないだけかもしれない。
………
……
…
スーパーに近い繁華街を歩いていたら珍しい生物に遭遇した。
「あ、ゆうれい先生じゃん」
「桂木か、久しぶりに見たなあ」
桂木凛花。俺の受け持つ2年A組の生徒だ。
髪を金色に染め、露出が多く派手な私服に身を纏っているし学校でも誰よりもスカートが短く禁止されているピアスもつけている不良生徒だ。
見た目の印象だけで言えばいわゆるオツムの出来の悪いギャルだが、校内の成績はなんと誰をも差し置いて1位だ。
全国模試でもトップクラスの成績を誇り、目指せない進路などないというスーパー少女。
成績が良すぎるお陰で授業にでなくとも単位はもらっているため実質人間治外法権だ。
ギャルの癖に。
実家は有名な桂木病院の一人娘であり、親は腕利きの医者として名を馳せている。
本人も病院の跡継ぎを志しているというなんとも外見と中身が一致しない珍獣だ。
ギャルの癖に。
ほぼ毎日と言っていい授業に顔を出すことがなく、いつもどこかにいるらしいが俺は気にしたことはない。
なので顔を合わせるのも始業式以来といったところだ。
「元気そうで何よりだ。悪い男に引っ掛かんなよ〜」
「あのさ、ゆうれい先生はアタシのこと怒ったりしないよね」
「ん? ああ…」
結果は出してるからな。これで成績悪かったら俺も多少は気にするが。
ところがゆうれい先生ってのは俺のあだ名だ。ゆうき れいじだからゆうれい先生。安直だろ。
ガキの頃に何度もいじられたネタだからもう気にしてない。
「……アタシ、先生に聞いてもらいたいことがあるんだ」
俺は聞きたくないな〜
勤務時間外だしな〜
などと教師にあるまじき発言が頭をよぎったが、聞かなかったらまずいことになるんだろうなと思いながら俺は昼飯をまだ食べれていないし夕飯の買い物も終わっていないことに思いを馳せた。