5話
オリエンテーリングを来週に控えた週末の金曜日。華の金曜日という奴だ。
教頭がしきりに俺を飲みに誘ってきたが、2年A組のクレームを延々聞かされるだけの飲み会なんぞ行きたくもクソもないので丁重にお断りをしていたら藤咲先生と目があった。
飲みの誘いをどういう風にお断りをしようかと頭を悩ませていた俺は藁にもすがる思いで藤咲先生にアイコンタクトを送った。
藤咲先生はこちらの意図を察してくれたのか、俺と教頭の方へ向かって歩いてきて開口一番に言い放った。
「結城先生は今日は私と飲みに行く予定がありますので、教頭先生申し訳ありません」
おーっと初耳だ。
これには俺も頭真っ白になってしまったぞ。
「お……おお、そうでしたか。これは大変申し訳ない」
「2年A組の件で相談がありましたので」
藤咲先生がそういうと、教頭は「あとは若い2人にお任せしますよ」と言いながら自分の席に戻っていった。
結果的に教頭との一杯飲みキャンセルに成功したものの、職員室という場所が場所な場所で男女2人飲み宣言をしてしまったせいで周囲の先生方からは奇異の視線を送られてしまった。
「その、助かりました藤咲先生」
「良いんですよ。会計は結城先生持ちでお願いしますね」
今まで見たこともない笑顔で微笑まれた。
え……方便じゃなかったの?
………
……
…
「今日はご馳走になります、結城先生」
「ええ、まあ、俺の方が先輩になりますからね」
放課後、マジで飲み会に連行された俺は頭を抱えた。ここ最近頭を抱える事案が多発中のため、癖になりつつある。
「あの、結城先生は私とご一緒するのは嫌でしたか?」
「とんでもない。教頭にクラスのクレームを言われるのに比べたら天地ほど差です。嬉しいですよ」
藤咲先生がこの学校に来てからまだひと月ちょっとの付き合いだが、隣の席故に話す機会もそこそこ多かった割に込み入った話も特になかったので、こういう機会は渡りに舟なのかもしれないと思った。
若い女性にサシ飲みに誘われるという事実も何となくだが優越感も感じることだし。
藤咲先生もよく見れば顔の造形は綺麗だし、しかめっ面で地味な格好をしていなければ美人だと思うんだけど本人が好んでしている格好に文句をつけるわけにもいかないのでそこは口に出さないようにしている。
「とりあえず生で」
えっ、強……。
「すみません、俺は梅酒のソーダ割りで」
「お酒はあまり飲まれないんですか?」
「ええ、あんまり強くなくて……付き合いでは飲みますが、一人で飲むことは殆ど」
「意外でした。もっとこう、むしゃくしゃして酒を飲むといった勝手な印象もあったので」
「ご注文の飲み物でーす!」
いやはや…と苦笑いをしていたら飲み物が届いた。
「だし巻き卵と焼き鳥の盛り合わせとシーザーサラダと揚げ出し豆腐とホッケください」
「だし巻き卵と焼き鳥の盛り合わせとシーザーサラダと揚げ出し豆腐とホッケですね、かしこまりました!」
完全に中年の頼み方だ。
意外すぎて笑い堪えるのに必死になってしまった。
出来るだけ無表情を装いつつ肩だけピクピク震わせて我慢した。
「ああすみません、乾杯がまだでしたね」
「……ええ、それじゃあ乾杯」
一息で中ジョッキを飲み干す藤咲先生をよそ目に俺は梅酒のソーダ割りを少しだけ口に含んだ。
濃いな。
………
……
…
「ばーかばーか、ゆうきせんせいのばーか」
「ええ…」
30分後、見事にへべれけになった藤咲先生と呼ぶのも烏滸がましい状態のみちるちゃんはダメダメのぐでんぐでんのまま俺を罵倒してビールのおかわりをしていた。
「ばーかばーか」
普段の5割り増し眉間に皺寄せて普段の3割増し頬を膨らませて普段の10割増しの高い声で俺にバカバカと言ってくる。
怖いよ。
「あーもうダメですって、溢れてます藤咲先生」
「うるさい、あたしよりとしうえのくせに」
「そりゃまあ年上だけども」
「むこうぎしにトナカイでソリにのったきょうとうせんせいがおぼれています」
「もう何言ってんのかわかんないですよ」
これは早いけどもうお開きかなと思い、対面に座る藤咲先生の肩に両手を置いたらガシリと腕を掴まれ横に無理やり座らされた。
「うわっ」
藤咲先生は掴んだ腕をを離さずがっちりとホールドされ、空いたもう片方の手で髪留めを外してピシリと引っ詰めて整えていた髪の毛を振り乱して項垂れた。
癖がついた髪は綺麗にウェーブが掛かっていて、俺の肩にだらりとしなだれた。
「ああもうこんなにしちゃって…」
「ばーかばーか」
理不尽だ。
メガネが外れたまま顔を上げた藤咲先生の眉間には普段の8割増しのシワが寄っていた。
この酔っ払いの介護疲れるなあ。