4話
水無月の件は俺の中でもはや無かったことになった。
あの日路地裏に消えた水無月は水無月に似た誰かだし、制服もコスプレだったに違いない。
朝食を終えたその足で顔を洗って歯を磨き、それなりの格好に着替えてネクタイを締めて出勤した。
職員室につくなり大きな溜め息を吐いた俺を見てみちるちゃんが声をかけてきた。
「結城先生、また大きな溜め息が出てますよ」
「はあ……すみません」
「生徒のことで何かお悩みですか?」
生徒のことといえば生徒のことなのだろうか。
だがあれは水無月環菜ではない。俺の中ではそういう結論に達している。
しかし路地裏に消えた水無月がもしも今日登校してこなかったら…俺は一体どうすれば良いのだろうか。
消えた生徒は水無月でないならば彼女は通常通りに登校してくるはずだ。
けれどあの生徒が水無月であって青い魔法少女であったならば事件は無事解決しているわけだし水無月は普通に登校してくるだろう。
つまり教室に向かい水無月がいた場合は彼女が魔法少女であるという可能性は消えないわけであり、水無月は無事に家に帰ったということでもある。
もう何言ってんのかわけわからんと思うが、俺は要するに混乱していた。
「いえ、プライベートで少し…」
「……女性関係ですか?」
「はい? あーまあ……女性関係といえば……そうですかね」
「…ッ!?」
息を飲むみちるちゃん…もとい藤咲先生。いかんいかん、心の中でもみちるちゃんなどと気安く呼んでしまっていた。
何故そこまで切羽詰まったような表情を?と思っていたら、藤咲先生は少し青褪めたような顔色を浮かべながらよろよろと立ち上がった。
「そう……ですか……あまり無理をなさらず」
「?はい、どうも。藤咲先生こそ顔色が悪いですが」
「いえ、お気になさらず。私もプライベートで少しありまして」
男性関係ですか?と逆にツッコんで見ようかと思ったが、何だかそれはマズイ気がして俺は無言で立ち去る彼女の憑き物が憑いているような背中を見送った。
「溜め息をついてもしょうがない。そろそろ教室に行くか」
藤咲先生の後を追うように俺は出席簿を持って2年A組の教室へと向かった。
………
……
…
教室の中に入った俺はくるりと教室内を見渡した。当然のように何名か居ないものもいる。いつも居ない不良どもなので特に気にしなかったが…
――水無月はいるな。
ホッとした反面、あの消えた水無月が魔法少女だという可能性が消えなかったことに俺は汗を流した。
見なかったことにするんだ、俺!と1人心の中で決意した。
なんせ平和平穏を愛する平凡な男が俺だ。彼女が人智を超えた力の持ち主であろうが1人の生徒には変わりはないのだから、分け隔てなく接するのが教師としてはの俺の責務。
例えホームルームが始まっても教室に居ない不届きものが屋上でタバコを吸っていようが、それでも俺の担任するクラスの生徒には変わりないのだから。
「席に着いたな。今日は転校生を紹介する。みんなも知っていると思うが、メアリー・スーさんだ」
名前を呼んだら教室の外から金髪碧眼の美少女が入ってきた。
「メアリー・スー……デス!ソウイチロウのフィアンセデス!よろしくおねがいシマス!」
結局、あの日教室に飛び込んできたメアリーは佐藤総一郎の傍に居たいという理由だけでこの学校へと転入してくることになった。
それなりに頭の良い学校で頭の良いクラスに編入するぐらいだからとても頭が良いのだろう。
平凡な俺とは頭の作りが違うらしい。
なんせ、いきなり教室に飛び込んでくるぐらいだ。平和な頭はしとらんと思う。
「メアリーは佐藤の家で佐藤の部屋に暮らしてるらしい」
俺がそう言うと生徒たちは一様に立ち上がった。
「なんだとッ!」
「総一郎テメェ裏切ったなァッ!」
「バカやめろ!痛ッ!消しゴムのカスを投げるな!先生なんで余計なこと言うんだッ!」
「吊るせ!裁判にかけろ!」
「私が公平なジャッジをしましょう」
「いいぞ委員長、こいつは情状酌量の余地なしだ」
「金髪巨乳美少女と同じ部屋…?????処す?????」
こいつら本当に成績だけは優秀なんだよなあ…
喧騒に包まれる教室の教壇の上で頭をポリポリと掻きながら俺は苦笑いをした。
「結婚式には先生も呼んでくれよ」
目の前の席で水無月がニコリと笑った。
隣にふよふよと浮かんでいる誰にも見えていなさそうなマスコット人形らしき存在のことを俺は完全に無視した。