1話
平和と平穏を愛するごく普通の高校教師、結城玲二という肩書きの平凡な男が俺だ。
平凡をモットーにこの世界で生きている。
「始業式から1ヶ月経ったが、そろそろ皆も新しいクラスに慣れてきた頃だと思う」
ホームルームで俺がそう切り出すと、ざわついていた教室も静かになり生徒達は一様に俺を見つめる。
「ちっと遅いが、来週には親睦を深めるためのオリエンテーリングが――」
その時、静まり返った教室のドアが勢い良くガラガラと開く音がした。
そこに居たのは金髪碧眼美少女の外国人だった。キョロキョロと生徒達を見渡して、落ち着きのない様子だ。
「今日は誰だ?」
「また高杉だろ、ラブコメ主人公め」
「大穴で田中だと思う」
「教室間違えてる説」
折角静かになっていた生徒達が騒ついている。
俺、まだ話の途中なんだけどなぁ。
誰かを探している様子の金髪碧眼美少女だったが、ついに目的の人物を見つけて一目散に駆け出して飛びついた。
「ソウイチロウッ!会いたかったッ!」
「メ、メアリーか?」
飛びつかれて狼狽える佐藤。
大きな胸を押しつけられて赤くなっているようだ。
「んだよ佐藤か」
「説明しろよ佐藤。その子一体いつ約束した婚約者なんだ」
「胸おっきいなぁ、羨ましい」
「佐藤くんには勿体無いよねぇ」
「"絶壁の彼方"が震えてるぞッ!?」
「落ち着け彼方ッ!敵は大砲だぞ!ぐあっ!」
「田中ッ!しっかりしろ傷は浅いぞ!?」
ラブコメで良くある『授業中に幼い頃婚約(口約束)した金髪美少女が教室に乱入してくる』というシチュエーションが目の前で繰り広げられている中、俺はというと手元のオリエンテーションの資料をパラパラとめくっていた。
説明してない事項がないか、この時間を使ってもう一度確認するためである。
彼方という女生徒に殴られて吹き飛んだ田中の安否も横目で気にすることを忘れずに俺は徐々に静かになっていく教室の中で誰にも聞こえない程度の溜め息を吐いた。
「オリエンテーリングの資料を配る。一泊してから学校に戻ってくるから、必要な事項は資料を良く確認しておくように」
目の前の非日常にはもう慣れた。
「結城先生、ブレないですね…」
お前らのアクが強すぎるだけで、俺は平和を愛するただの教師なの。