9:最凶令嬢は追い払う
「よし、ロクス君っていう視える人が増えたわけだし、ルーのためだけじゃなく、私のためにも頑張って追い払うよ!」
「あ、あのミルちゃん」
「だからミルで良いってば」
「あ、うん、ミル。あの、なんでロクスが視える人だって判ったら頑張るの」
「ルーだけじゃなくてロクス君も身体か精神に不調が出てもおかしくない。それは私のプライドの問題にも関わる。私はこの仕事に誇りを持っているからね」
「そう……。じゃあロクスを好きになったとか」
「は? なんで。昨日会ったばかりで好きって一目惚れでも有るまいに」
「だけど、気にしているみたいだから」
ルロイは、ミルリィが絡むと途端にこんな情けない男に成り果てる自分が好きじゃない。普段の誰からも好かれて尊敬される“第三王子”の姿をミルリィに見せたことが無い。いつだってミルリィを前にするとルロイは情けない、ただの初恋に弱気な少年になってしまう。ミルリィにカッコいい所を見せて好かれたいと思うのに、いつもこんな情けなくて空回りだけの自分。男女を問わずにちょっとでもミルリィの意識が自分から外れると、途端に不機嫌になってしまう自覚はある。
ミルリィにただ只管に恋焦がれる、それがルロイという男。
婚約者という立場を手に入れているのに、ルロイの心は酷い不安があった。それはミルリィの言動にある。淑女らしい言動を取れるにも関わらず直ぐにそれを忘れてしまう態度を取る。それに理解が出来ずルロイは不安に駆られていたが……。
これはもう、他の人と婚約させないために裏から手を回していた王家の弊害だ。
ミルリィの中では婚約者とは雇い主の図式が成り立っている。
婚約者という立ち位置は人ならざるモノを追い払うミルリィにとって必要な立ち位置というもの。異性と頻繁に会う口実として設けられた立ち位置だ、と彼女は認識している。その証拠に仕事が終われば婚約も解消する、とミルリィは思っているから。ミルリィには仮婚約から本婚約を申し込まれていた、とか。それが圧力で無くなっていた、とか。そのような背景は知らされていない。だから、仕事が終われば婚約解消をされる、と思い込んでいる。
そもそもアヴァス家は恋愛結婚推奨派。
加えてミルリィは前世日本人だった記憶持ち。日本人だった記憶では、恋人や夫の立場は理解出来るが、婚約者という立場に対する相手の仕方が解らない。
その上で本来の婚約者という立場の相手との付き合い方をまるで知らないから、結果的にミルリィの中でルロイも仕事を終えれば、それで終わりの相手であった。
婚約者は、恋人や夫と同じような立場だという認識はミルリィの中にある。
が、政略的な関係、ということで恋人より希薄というのも知識としては理解出来ても感覚として理解出来ていない。だから政略を目的とした婚約者との関係の深め方も良く解らない。
そして、通常の異性との関係の深め方も未経験のため、どうにもミルリィの中で婚約者という立場の雇い主、の感覚が抜けなかった。
これもまぁ弊害と言えば弊害だ。
茶を飲んで互いの事を語らう?
互いに贈り物をし合う?
街へ2人で出掛ける?
こうした異性との関係を深める行動など、過去の仮の婚約者達と経験などした事が無い。ミルリィの中でルロイも仮の婚約者で、そのような事は当然したことがないので、ルロイが望むような関係などまるで考えてもいない。そのような行動を取りたい、というよりもいかに相手が体調や精神を回復出来るか、というのがミルリィの願いであって、頭の片隅にも関係を深める考えが無いのも問題だろう。
ルロイが望む婚約者としての関係と、ミルリィの中での婚約者の認識にこれ程までに差が有るのだから、関係が進むわけがない。おまけにミルリィの中でルロイはいつまで経っても病弱なルー君で弟みたいな感覚しか無い。これもまぁルロイの言動の結果なのだから仕方ないのだろう。
「そりゃ気になるよね。ルーみたいに体調が悪くなるのか、若しくは精神的に追い詰められて狂ってしまうのか。そんな事を考えれば気になるでしょう。毎日毎日ルーに生き霊飛ばしまくって来るあのご令嬢は根性有るけど、その根性が自分の命を縮めている事に気付いていないのもマズイとは思うけどね」
「ミル、それは相手に良く言ってるよね」
「事実だからね。生き霊っていうのは、そのまま生きている人間の魂。ルー考えてみてよ。花はその場に咲いていると綺麗だけど、摘んでしまうと枯れるでしょう」
「うん」
「生きている人間が魂だけを外に出しているのは、摘まれた花がいつ枯れるか判らないようなもの」
「つまり……死ぬ事になる?」
「ルーだって、自分を好きだって言う令嬢が死ぬのはなんだか嫌な気持ちになるでしょう。気持ちを受け入れろってわけじゃなくて、断っているのに押し付けて来られるルーの迷惑は承知してるよ。でもそれと死んで欲しいとまでは思わないでしょう」
「それは、まぁ」
「だから話しかけて、聞き入れてもらえないから殴って彼女の身体に魂を戻しているのに、また魂を飛ばして来る。その繰り返し。多分、眠るとか意識を失うと、もう魂を飛ばしてしまうのが癖になっているんだろうけど、本人がそれを理解して、意識して魂を飛ばさない気持ちを持たないと、ずっと繰り返すと思う。だからこそ、ルーに心当たりのある令嬢を教えてもらって、その家の令嬢宛に手紙出しているのに、コレだもん。令嬢が手紙を読んでないのか読んでも自分はどうなってもいいと自棄になっているのか。とにかく、令嬢の命の危険も有るし、その剥き出しの魂に乗せられた強い感情に当てられたルーが体調を崩すのも見ていられないし、更には新人護衛君も視える人なら、やっぱり体調を崩すか精神に不調を起こす事に成りかねないし。気合い入れて、令嬢を追い払って。このままじゃ埒が明かないから直接令嬢の家に乗り込んで、令嬢を説得してくるよ。本当はそこまでしたくないんだけどね」
相手の家まで乗り込むというのは、令嬢本人だけでなく家人にも令嬢の状態が知れるということ。薄々気付いているかもしれないし、薄々どころかどうにかしようと躍起になっているかもしれない。それはミルリィには分からないが、そこへアヴァス家の名を振り翳して乗り込めば、それだけで令嬢は令嬢失格の烙印を押されてしまう。
ミルリィは、自分の家が良くも悪くも貴族達にとって目立つ家だと理解していた。依頼をして追い払う家ならばともかく、追い払われた家であれば、その家の子息や令嬢が人ならざるモノになりかけた存在、として失格の烙印を押されてしまう。社交界では致命的だし、そういう噂ほど素早く広まる。
だからミルリィが相手の家へ乗り込むのは最終手段としていた。
「早速、現れたわね! さぁこれが最後の説得よ!」
ルーの質問に答えていたら、やはり今日も生き霊はやって来た。ミルリィはすかさず、彼女の名前を呼んで最後通牒を突きつける。
「これで諦めないのなら最終手段として、あなたの家に乗り込むわ! 貴族令嬢としての人生を終わらせても良いのなら、この場に留まりなさい! でも少しでも家族や友人や自分のために貴族令嬢としての人生を終えたくないと思うのなら、今すぐに自分の身体に戻りなさいっ!」
ミルリィの渾身の説得が効いたのか、直ぐに彼女は消えた。
「ミル」
「うん。自分から身体に戻って行ったからもう大丈夫だと思う」
「そっか」
「それにしても今回の令嬢は随分としつこかったね……。何日だっけ……。ほんと、諦めてくれて良かったよ。多分後数日のうちに、私が乗り込むか、彼女が死ぬか、って状態だったと思う。私が乗り込むのは最終手段だからね……」
「ミル、ありがとう」
「どういたしまして。しっかし、ルーは本当にモテるね。これで何人めだっけ。生き霊飛ばして来る程、ルーの嫁になりたいって望む令嬢。私が婚約者を辞めるのが手っ取り早いんだろうけど、それだと結局、2年前の状態に戻るだけなんだよね……。要するに、邪魔者が消えたから魂にルーの嫁になりたい感情を乗せまくる令嬢達ばかり……。そんでまたルーの体調が悪くなるんじゃ意味ない。結局、私が婚約者を続けて追い払うしか無いんだよねぇ」
「ミル、お願いだから婚約を辞めないで!」
「分かってる。ルーに辛い思いをさせる気はないよ。ただ出来るならば仮の婚約者じゃなくて、本婚約を結ぶといいかもね。少しは諦める令嬢が増えるかも。ルー、誰かいい人いないの?」
ミルリィは知らない。
この発言が墓穴を掘った事を。
キラリと目を光らせたルロイが、このチャンスを逃すはずが無い。
後日。ミルリィはその事を知って唖然とする……。
お読み頂きまして、ありがとうございました。