6:最凶令嬢との出会い
ルロイとミルリィとの出会いです。
ミルリィ・アヴァス辺境候令嬢。
彼女と第三王子・ルロイが出会ったのは、ルロイが5歳の頃のこと。生まれた時から身体が弱く3日と空けずに熱を出すルロイは、聡明で有ったが臆病者でも有った。舌っ足らずでは有るが二語・三語のような可愛げの有る言葉遣いではなく、意味の通じる、つまり会話が成立するような言葉を既に2歳で交わせていた。天才型のルロイは、人ならざるモノを視える性質も有った。王家では時折このように天才型の人が生まれる。引き換えのように身体が弱く人ならざるモノが視える性質が特徴的だ。そういった体質の者が生まれても夭折するのが当たり前であった。
ルロイも病弱な身体に天才型。そして誰にも見えない所にナニカがいるように怯える姿を見た国王陛下夫妻は、過去の王家の記録から末の王子が早くに世を去ってしまう事実に気づき戦慄した。記録では、王家に混じる西側諸国の血が関係しているようで。西側諸国と縁の深いアヴァス辺境候の一族を頼る以外は、何も方法が無さそうで有った。だが、アヴァス辺境候の一族は代々王家に従わない。正確に言えば表面上は王家の意に沿う方針のようだが、その実、全く王家の意向に沿う事など、無い。そんなアヴァス辺境候の一族を知っている以上国王陛下はアヴァス辺境候一族に頼るのを迷った。既にこの時、ルロイの体質に気付いてから1年が経過していた。その間にもルロイはベッドから起き上がれない日々が続く。
だから。背に腹は代えられぬ、とばかりに助力を請う事に決めた矢先……
何故かアヴァス辺境候一族の前当主・ヴァネッラが登城し、国王陛下に謁見を申し込んで来たのである。現当主はヴァネッラの息子である。現当主はアヴァス辺境候一族の典型的な思考の持ち主で、辺境候就任の挨拶に王都に参り、国王陛下に謁見しただけで終わらせた過去を持つ。一応王家に帰順の意は示したのだから、と行動で示した男。とはいえ、その母である前当主・ヴァネッラはアヴァス辺境候一族の意向とは若干違う女傑だった。簡単に王家に助力はしないが、助力をすべき時はごねる事なく手を貸すような性質だった。彼女のそんな性格が気に入らない者も居たようだが、不満を持つ者は力ずくで黙らせる。そんな強い人。その前当主がいきなり王家にやって来て先触れの伺いも無しに謁見を申し込んできた。
ーー何かが起きた、と判断してもおかしくなかった。
国王陛下は実母と同じ世代の前当主が、謁見の間にて凛と佇んでいる姿を見て、自然と自身の背筋も伸ばしていた。無意識に気を引き締めてしまうようなそんな女性である。その女傑の傍らに前当主と同じく少女が国王陛下と視線を合わせないように気をつけながら、立っていた。
「面を」
国王陛下の声に合わせて前当主と少女が国王陛下に視線を向けた。前当主と同じ白髪に輝く金の目。どう考えても血縁者である。年齢的に孫娘だろうか。
「久しく会ってなかったが、息災か?」
国王陛下が声を掛ければ前当主は、未だ30代と言っても通じるような若く華やかな微笑みを浮かべて一礼した後に、口を開いた。
「陛下にはご機嫌麗しゅう。先触れも無く突然現れた身を罪人とする事無く、お会いして頂き感謝致します」
武人のような物言いと、無礼者、と咎めない事への感謝を述べる前当主に、変わらないのだな、と内心で安堵しながら、急なる謁見の申し出について尋ねた。
「では、簡潔に申し上げましょう。此処に居りますは、我が孫娘にてミルリィ・アヴァスと申します。我が孫娘はこの数十年に於いてアヴァス辺境候一族の血が最も強い者。その我が孫娘曰く、先頃お生まれになられた第三王子殿下は、このまま何もせずにいれば、早々に他界するとのこと。お心辺りは?」
正しく、その末の王子の事で相談したかった国王陛下は思わず玉座で身動ぐ。それだけで前当主は、孫娘の言ったことが正しいことを悟った。
「孫娘が申すに、人ならざるモノが孫娘に教えたとのこと。人ならざるモノにも悪きモノと善きモノが有り。孫娘に教えたのは善きモノ。孫娘にはその判別が付くそうにございます。その善きモノが言うに、先頃お生まれになられた第三王子殿下は、かつて西側諸国と我がアヴァス辺境家との間にまとまりかけていた縁談を壊し、アヴァス辺境家から無理やり側妃に娶った国王陛下の生まれ変わりとのこと」
「それは、誠か!」
「御意に。……孫娘に教えたその善きモノが、その時の国王陛下に側妃として侍ったアヴァス辺境家の令嬢と言えば信じてもらえましょうか?」
国王陛下は、西側諸国との争いを激化させる事になった己の祖先の生まれ変わりがルロイで有る事を俄かに信じ難かった。しかし、前当主の孫娘であるミルリィという少女が視た存在が、かつての側妃だと言うのであれば信じるしかないかもしれない。元より、人ならざるモノが在る事はルロイの様子を見ても信じるしかないのだ。
「信じる事にしよう」
「有難きお言葉。かつての側妃であったかの令嬢が孫娘に伝えた所、いくら生まれ変わりとはいえ、かつての国王陛下の記憶も無く、また側妃であった自分が先に国王陛下より死を迎えた頃には、若い頃の事とはいえ、過ちだった……と悔やんでいたとのこと。故に、生まれ変わった第三王子殿下がかつての国王陛下の所業を背負う必要も無いと思う、とのことで。かの側妃様が第三王子殿下の魂を守るために、どうか連れて行ってくれ、と孫娘は頼まれたそうにございます」
「ルロイを、守る、と……? かの側妃様が?」
「そのようにございます。どうやらかの側妃様が孫娘に言うには。第三王子殿下が国王陛下の生まれ変わりだということを、西側諸国のそういった力を持つ者に気付かれたようで。詳しくは私にも孫娘にも解らないものの、力を持った者が第三王子殿下の魂に何かをするらしい、とか。かの側妃様は、もう、国王陛下も自分も自分の元婚約者も居ないのだから、皆が縛られる必要は無いだろうとお考えのようです。かの側妃様は、どこまで守れるか判らないけれど、かの側妃様の魂の力が及ぶ限り、守りたい、と」
「お、おお……。我が子のために、そのような……」
国王陛下は全てを信じてはいけない、と理性では考えながらも、それでも前当主の人柄や人ならざるモノの存在等を考慮し、その提案を受け入れた。何より、やはり我が子が早々と死を迎えてしまうのは、親として避けたかったのである。
こうして、ルロイはアヴァス辺境候前当主と、その孫娘のミルリィに会い……どのような事を行ったのかは、ルロイも国王陛下も前当主もミルリィも解らないが、ミルリィが間違いなくかつての側妃がかつての国王陛下の生まれ変わりであるルロイの魂を守っている、と視たのである。残念ながら前当主にはそこまで視えてはいないようだが、何となくルロイの側が輝くように視えた事から、孫娘の発言が正しいもの、と国王陛下に進言した。
これを機に、直ぐに体質改善とまではいかないものの、確かにルロイは自分にあった死の恐怖から抜け出せたのである。そうして成長していくに連れて、ルロイは病弱さも無くなっていった。
ちなみに、この時のルロイは3歳。8歳年上のミルリィは11歳で、それから毎年、年に一度の王家主催の国を挙げての祭の時に、辺境から王都にミルリィはやって来て、前当主と共に密かにルロイに会い、かの側妃の魂がどれだけルロイを守っているのかを確認するようになるのである。
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