3:新人君の理解を超えた状況
ガスッ。
音が鮮明に聞こえる。新人護衛騎士は、ルロイ殿下が殴られた! と思って慌てて殿下を探す。殿下は震えてベッドの上に潜り込んでいて。新人護衛騎士は、ハッと駆け寄ろうとした。その時。
「ああっ、もうっ、ほんっとうにしつこいなっ」
という女性のーーミルリィ・アヴァス令嬢の声が聞こえてきた。新人護衛騎士は、殿下を庇うべく声がした方を見て……視界の片隅に侍女が無表情で状況を見守っているのが見えたが、ミルリィ・アヴァス令嬢は、殿下……ではなく、何故かベッドに潜り込んでいる殿下に背を向けて、更には天井を見上げていた。
何故。
新人護衛騎士は、釣られて天井を見上げてーー
「う、うわぁああああっ」
と、叫び声を上げた。その叫び声が状況をーー膠着状態だった現状を破った。
「あーっ! やられた! 逃げられた! ルー、ごめんっ! 私とした事が逃げられたよっ」
言いながら振り返った女性は、輝く白いフワフワとした髪に、吊り目で勝ち気そうな生命力を感じさせる金の目をした、整った顔立ち。ただ、その整った顔立ちはこの国の者とは違ってやや彫りが深く肌の色が濃い。異国の血を感じさせた。
「ミ……ミルちゃん」
「だから、ちゃん付けしない! もう23歳の女捕まえて、ミルちゃんは、無いでしょ」
「う、うん。あの、ミル。逃げられたって」
「あー、そこの護衛騎士? が、叫んだからさ。向こうがチャンスだって思って逃げちゃった。ごめんね」
「い、いいよ。あの」
「取り敢えず、今日はもう大丈夫だと思うから私は部屋に戻るけどさ。ルーは、少し休みなよ。熱が出ると困るから」
「う、うん」
「あー、えっと、レイラさん。ルーをよろしく。それとベルクさん、そのぅ、ベルクさんの隣に居る人……任せても?」
「あ、ミルリィ嬢、済まないな、邪魔して」
「いや、それは良いけど。新人?」
「あー、そうなんだよね。説明もしてない」
「そうですか。じゃあ相当驚いたでしょうね。新人君、ゆっくり休ませてあげて」
新人護衛騎士は、ミルリィ・アヴァス令嬢に見惚れていて気付いた時には、ミルリィは既にこの部屋から出て行っていた。
「あ、アレ? あの、先輩」
ハッと我に返った新人護衛騎士は、先輩騎士ーーベルクに状況を尋ねようとして、ベルクを見れば、真っ青な顔色でベッドの上にいたルロイ殿下を見ている。さっきまでベッドの上で震えていたはずのルロイ殿下は……笑顔を浮かべているのに、何故か怒りが伝わって来るようだった。
新人護衛騎士ーーロクスは、なんだか命の危険に晒されているような気がしている。ど、どういうことだ⁉︎ と内心で混乱していた。
「レイラ。お茶淹れて」
「かしこまりました」
怯えていたのが嘘のようにベッドからサッと立ち上がったルロイ殿下は、ソファーに腰掛けると控えていた侍女にお茶を所望する。その間にベルクはロクスの頭を掴んで床に擦り付けるような勢いで頭を下げさせた。
「で、殿下! この度は本当にすみませんでした!」
「本当だよ。折角ミルリィと少しでも長く一緒に居られる機会なのにさぁ。なに、この新人邪魔してくれてんの?」
ベルクに頭を下げさせられているロクスは、冷たい声音に震え上がる。第三王子殿下付きになるまで、ロクスは遠目からルロイ殿下を見るだけだった。それはそうだ。身体が弱いため、公務もあまり行えない、とのことで。何かの式典が有ったらその時に見かける程度くらい。普段は執務の方で父や兄達を支えている、と聞く。
そして、第三王子殿下付きになっても、最初に挨拶をした以外は、殆ど顔を合わせる事は無くて。挨拶の時は弱々しい声で「よろしくね」などと言われただけだった。
だから。
このように言葉を発するだけで身体が震え上がるようなーー恐怖、いや、畏怖なんて感じさせられる事など無かった。
目も合っていないのに、全身でルロイ殿下の冷たい視線を浴びている気がしてならない。絶対に、何か怒っている、とロクスは恐れていた。
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