1:聞こえてはいけない擬音が聞こえる。
一応ラブコメ……のつもりです。コメディが8……いや9割?
ラブが0.5割?
数字が合わないのは気のせいです。
ガスッ。
思い切りそんな擬音が聞こえてくる、王宮の一画。そこは王子宮であり音の方向から第三王子が暮らしている一室と思われた。
「あー、もう、しつっこい! 次から次へとワラワラワラワラやって来て、お前達は虫かっ!」
という言葉遣いだけを聞けば、部屋の主である第三王子殿下のように思えるが、それは有り得ないのは、女性特有の高い声だからである。いくら病弱な第三王子殿下でも、声変わりをしていることは王宮に勤める使用人達も家族も貴族達だって知っている。
つまり、男性ではなく女性である。
「あ、あの、ミルちゃん」
「ミル、ちゃんは要らん」
「ミル、あの、あ、ありがとう」
「別に。私はコレで金を貰ってる。つまりお仕事なんだから当然よ」
「それでも、ありがとう」
「ん。お礼はもらっとくね。……取り敢えず今日の分を片付けたら」
ミルと呼ばれた女性の声がか細い男性の声に受け答えをしつつ、何かをする。
ガスッ。
バシッ。
そんな音がまたもや聞こえて来て、本日、王子宮の第三王子の部屋の護衛を勤める事になった新人護衛騎士が隣に居る先輩騎士をチラチラと見る。
先輩護衛騎士は、かれこれ王子宮に勤めて3年が経つ。よっぽどの緊急事態など、殆ど無い此処の勤務は、だが、賃金はとても良い。王族の護衛任務は通常の要人警護をしているだけなのに、賃金はただの王宮見廻りよりも弾むので、とても人気がある。
故に、この異音が聞こえてくるからといって、辞める気はない。というか、寧ろこの異音が生まれる現状の方が、今までの勤務よりも遥かに楽になっていた。その異音を発しているミルと呼ばれる女性は辺境に領地がある侯爵家のご令嬢である。嘘でも冗談でもない。正真正銘のご令嬢。
「あー。新人の気持ちは分かるが……うーん。簡単には話せないんだよな。ちょっと待ってくれるか」
新人の視線に気付いた先輩護衛騎士は曖昧に笑って溜め息をついた。
「はぁ。待つと言うのは……」
「うーん。お前に話しても大丈夫なのか見極めたいから……1ヶ月、黙って耐えてくれるか。それで大丈夫そうなら話す」
「はぁ。1ヶ月経ったら話してくれるんですね?」
「お前が耐えられれば、な」
「耐える? 何を」
「うん? うん、まぁ、この状況?」
新人護衛騎士は、先輩護衛騎士の曖昧な発言に首を捻りつつも、1ヶ月経ったら説明してもらえるのだ、と深く考えずに「分かりました」と頷いた。何故、1ヶ月経過しないと説明してもらえないのか。1ヶ月何を見極めて何を耐えるのか。新人護衛騎士は、もっと深く突っ込んで尋ねなかった事を後悔する事になるとは、今は全くこれっぽっちも思っていなかった。
いや、そんな事に頭が回るような賢い人物だったら、そもそも1ヶ月も第3王子殿下の護衛など出来なかっただろうから、ある意味では適任なのかもしれない。先輩護衛騎士が3年も勤めて居られる事がそもそも異常なのだ、と新人護衛騎士はこの後遠くない未来で身をもって知ることになる。
お読み頂きまして、ありがとうございました。