変わってしまった世界の一部
特に問題もなく初日は終了した。
以前はオリエンテーションに出ず、そのままゲーセンやら遊びに出かけていた気がする。
その後は家に帰らず、どこかの公園で一夜を過ごし朝一度家に戻りまた学校に行ってはすぐにどこかへ遊びに行っていた気がする。
それからしばらくしてあの人が俺に声をかけてくれたのが始まりだった。
「……ま、今回は何も始まらないけどな」
公園のブランコに座り、目の前でボールで遊んでいる親子を見ながらつぶやく。
結局過去と変わらないのは、あの家に帰れないことだ。
そもそも帰る場所でもなんでもないのだ。
もし過去に住んでいた俺の家が今あるのだとしたら、そこに今すぐでも行きたい。
あるわけないのが分かっているから行きはしないが。
それにここからは遠い。
俺の家は両親と姉と俺の4人家族だ。
両親は姉を可愛がり、あとに生まれた俺のことなど眼中にない。
俺を育てたのは祖母で、小学校の入学式や卒業式は大抵姉の中学の卒業式や高校の入学式と被っているため誰も来ないのが当たり前。
姉が大学へ行き遠方に通うことになればそれに親がついていき、家を売り払ったことで俺の居場所は本当になくなった。
そのときには俺は中学を卒業していたので、住み込みのバイトをしながら通信の高校へ通いとある会社へ入職した。
そこからは自分でアパートを借り、会社と家の往復をしていたのだ。
「あと3年か…」
そう呟いたときだった。
目の前に大きな影ができ、聞きなれない声が頭上から聞こえてきたのだ。
「何が【あと3年】なの?」
誰だと警戒しながらそちらを見ると、見知らぬ男が俺を見ていた。
黒髪の天然パーマで、目はたれ目。
口元はマスクをつけているのでわからない。
こんな男、前は見たことなどなかった。
一体何者なのだろうか。
「えっと…」
黒のスキニーを履き、上は白のワイシャツを着ており手元には買い物袋がぶら下がっている。
普段眼鏡をかけているのか、胸ポケットには眼鏡が刺さっていた。
「帰りが遅いから待ちくたびれたよ」
男は俺の様子を気にせず、そう言うと俺の手首を急に掴んできた。
思わず振り払おうとするも、男の力が強く振り払えない。
「もしかして入学式行けなかったことまだ怒ってるの? ごめんて、朝早くにどうしても抜けられない会議入っちゃってさぁ」
入学式?
何を言っているのかさっぱり分からない。
まるでこの男は俺を知っているかのようだ。
もし知っているとして、俺のなんだ。
親戚はいないし、家族でもない。
男はまだ20代前半程度にしか見えないし、下手すればもっと若くも見える。
「うわ、名前変えなかったの?」
俺が何も言わないで男を見ていると、学ランの胸ポケットにある名札を見て顔をしかめた。
名前を変える?
先から本当にこの男の言っている意味が分からない。
いい加減手も振り払いたい。
「そんなにオレの養子に入るの嫌?」
養子?
何故両親が一応いるのに養子?
無理だ、さっぱり意味が分からない。
「もう、良いから帰るよ。 オレも疲れちゃったし」
思いっきり掴んでいる手に力を籠められ、無理あり立ち上がらされる。
そのまま問答無用に連れて行かれたそこは、見知らぬアパートの一室であった。
表札には【明崎】と記載がある。
明崎という知り合いは俺の記憶にはない。
どういうことだ、中学では何も昔と変わりなどなかったはずなのにここで違いが出てくるとは。
「ちゃんと手を洗って、うがいもするんだよ」
男はこちらの様子など気にせず、ズカズカと中へ入っては冷蔵庫に購入したであろうものを次から次へと入れている。
このまま玄関で突っ立ったままでいるわけにもいかず、そのまま中へと入った。
そこには見覚えのある俺の私物が置かれており、小学校の頃に使用していたランドセルや私服が置かれている。
ここに俺が住んでいるということだろうか。
なら、俺の両親や姉は?
いつからこの男の養子となったのだ?
「えぇと… 零、ハンバーグで良い? 夕食」
悩んでも分からないので、とりあえず男に向かって頷き私服へ着替えることとした。