大賢者のお仲間が個性的なんです!
ついに出発したラシディアたち。おまけのバルシャも一緒に、セルシアスの空飛ぶ居城『揺蕩いし叢雲』の中へ。するとそこには月影の神エルミラと、さらに個性的なセルシアスの仲間たちが待っていた……
僕の名前はバルシャ、カハミーラ・アル・バルシャ、14歳だ。ジュメイラ師匠に出会ったのは5年前、その時からずっと稽古をつけてもらっている。
師匠はすごく強くて! カッコ良くて! それでその、すごく……きれいなんだ……そそ…それで! 僕はいつも師匠に会えるのが楽しみで仕方なかったんだ!
でも今日、突然知らされた、師匠が、大賢者と一緒にラス=ウル=ハイマへ旅立ってしまうって。
僕は……僕は思ったんだ、そんなの絶対に嫌だ! 師匠と会えなくなるなんて絶対に嫌だって! そして気が付いた時にはもう、僕は家を飛び出していた。
そして今、僕は師匠に言われた、『40秒で支度しな!』って……
「はい! え⁉……40秒⁉……僕! 準備出来てます! 僕このまま行けます!」
────────────────────
音もなく空中に浮かぶセルシアスの居城、『揺蕩いし叢雲』が、陽の光を反射して鈍く光っている。
その一点がきらりと輝いたかと思うと、セルシアスが降り立った時と同じように、再び光の柱が地上とその巨大な物体を繋いだ。
「先生!」「ラシディア先生!」
皆に別れの挨拶を済ませ、その光の柱へと向かうラシディアに、サトワやルワダ、ジャダフと他数人の子供たちが駆け寄る。
「先生」
「これ、みんなで集めたの」
「リコの実」
「先生にあげます」
子供たちはそう言うと、リコの実の入った布袋をラシディアに手渡した。
「まあ、こんなにたくさん…大変だったろうに…ありがとう! 大事に食べるからね!」
ラシディアは子供たちを抱きしめ、「大丈夫よ、私はすぐ帰って来るわ」と言うと、セルシアスの後に続いて、ジュメイラ、バルシャと共に光の柱へと入って行った。
光の中に入ると、徐々に地上が遠退いて行く。
地上で手を振る村人たちは見る見る小さくなって行き、気付いた時には、鏡の様に磨かれた床の上に立っていた。
「え⁉ ここって? アレの中? 上? なに? 外?」
ラシディアとバルシャが目をぱちくりさせて言葉なく立ち尽くす中、ジュメイラはそう言いながらトコトコと辺りを歩き回る。
空に浮いているように見えるその床は、なだらかな弧を描いて遠くまで続いている。空も周囲の山々も見渡せて、まるで外にいるかのようだったが、風は無い。よく見ると、全体が巨大な透明の窓で覆われている様だった。
「お前たち、来おったのか」
聞き覚えのある声に、ラシディアたちが声のする方へと振り向くと、漆黒のドレスを身に纏ったエルミラが、小さな黒い日傘をさして、相変わらずの不機嫌そうな顔で立っている。そしてその周りには、小さいエルミラよりもさらに小さい、エルミラの腰の高さ程の小さな兎? なのか犬なのか、何なんだかよく分からない純白の毛並みをした二足歩行の生き物を何体か連れている。
「あら、あなたは月影の神の、エルミラって言ったわね!」
「なんだお前たち、来るのは二人ではなかったのか?」
エルミラは不機嫌な顔をさらに怪訝にさせて、バルシャの方へと近づくと、その正体不明の白い生き物と一緒に、黙ったままじーっとバルシャを見つめる。
「し、師匠、この子は一体……?」
「あ、その子ね、神様」
「神様?」
「月影の神って、ほら、おとぎ話に出てくる」
「あの、僕はどうしたら……?」
「さあ?」
バルシャは困惑の表情で、足元で自分を見上げるエルミラの方へと恐る恐る視線を落とす。
すると、少しの沈黙の後、エルミラが「良かろう」と言ってくるりと背を向けた。
「お前、名は何と申す」
「へ? あ、バ、バルシャ、ですけど……」
「ではバルシャよ、我についてまいれ!」
「えっ⁉」
エルミラがそのまま謎生物を従えてトコトコと歩き出すと、「バルシャ、すまないが、エルミラ様の相手を頼んだよ」とセルシアスが少し嬉しそうな様子でそう言った。
「えー⁉ 相手って⁉ 僕神様の相手なんてどうしたら良いか…」
「大丈夫、難しい事はない、子供の遊び相手をすると思えばいい」
「早くついてまいれ!」
「あ、は、はいー!」
慌てた様子でそう答えると、バルシャは急いでエルミラの後を追う。
「セルシアス様、もしかして、これを踏まえた上で、バルシャを加えてくださったのですか?」
向こうへと歩いて行くエルミラたちを見ながら、ラシディアがそう尋ねると、優しい表情でバルシャの背を見送るセルシアスは「いや、そう言うわけではないよ、こうなると分かってはいたがね」と答えて微笑んだ。
「では、中を案内しよう、紹介しなければならない者もいるのでね、二人とも、ついておいで」
セルシアスの後について行くと、そこには不思議な模様が床に描かれている。その模様の上に足を踏み入れると、一瞬まばゆい光に包まれ、次の瞬間には何処か違う場所に移動していた。
「わ! びっくりした……セルシアス様、ここは?」
「揺蕩いし叢雲の内部だ、これからはここが皆の家だよ」
二人は言葉なく辺りを見回す。白っぽい壁や柱は半透明で外が透けて見え、そして正面には、ゆらゆらと青白い炎の様なものを纏った、人の頭ほどの大きさの球体が浮かんでいる。
「叢雲、新しい家族だ、挨拶をしてくれ」
セルシアスがその球体に向かって話しかけると、しばしの静寂の後、その球体から、と言うよりも周囲全体に声が響く
「……えっ⁉…あ! あの……その……げ…元気……?」
「……⁉」
ラシディアたちは、その球体が答えたという事よりも、その声がめちゃくちゃ緊張しているという事に衝撃を受けた。
「あ……ええ……元気よ……でも、何て言うか、あなたは大丈夫?」
ジュメイラが優しくそう答えるが、ラシディアは笑ってしまっている。
「ははは、叢雲は極度の人見知りなんだ、許してやってくれ、そのうち慣れる。それと……」
セルシアスがそこまで言うと、部屋の奥から「おー! やっと帰って来たか!」と声が聞こえた。
声のする方を見ると、そこは少し段になっていて、その先には再び外の景色が広がっている。良く見るとその景色も、先程と同じく大きな窓で覆われている様なのだが、今度は何やら、その窓の表面に、地図や忙しく流れる文字の様なものが浮かび上がって見えている。
セルシアスの後についてその部屋へと入って行くと、長身の美しい女が出迎えた。
「お帰りなさい、セルシアス。はじめまして! 私はジュベラーリ、よろしくね!」
「私はジュメイラよ! こちらこそよろしく!」
「ラシディアです! よろしくお願いします!」とラシディアは平静を装う。
何しろラシディアは、そのジュベラーリのあまりの美しさに実はひっくり返る程の衝撃を静かに受けていて、本当は内心穏やかではなかった。
しなやかに艶めく銀のドレスに、青藍の長い髪が良く映える美女ジュベラーリ……果たしてこのジュベラーリはセルシアスとどういった関係なのか? ラシディアの頭の中はそれしかなかった。
しかしこのとても淑やかで美しいジュベラーリ、話す感じも嫋やかで優しく、非常に好感の持てる雰囲気なのだが、その青藍の髪で僅かばかりに隠した左眼には、強力な魔術を施した眼帯をしている。その眼帯に気を取られていると、横からまた誰かが声を掛けてきた。
「真っ赤な方がジュメイラで、そっちの水色の子がラシディアだな! 俺はナドアルシヴァだ、シヴァで良いぜ! そんでこっちがリサイリで、こいつがメイダーン」
「僕リサイリだよ!」
「あ、メ、メイダーンだ……よろしく……」
如何にも重戦士と言った風貌のこのナドアルシヴァと、かわいらしい少年リサイリ、そして珍しい漆黒の髪をした細身の青年メイダーン。しかしもはやそんな事は一切目に入らず、ラシディアはジュベラーリをじーっと見ている。
「あら? ラシディア? どうしたのかしら?」
「……はぁっ! ごっ、ごめんなさい! あの、あ、あんまりその、綺麗なもんだからつい……」と、ジュベラーリの所作振舞いを分析して、彼女がセルシアスに対してどの様な感情を持っているのかを真剣に分析していたとは当然言えず誤魔化す。
「まあ嬉しい! もっと言って!」
「あ、は、はい!」
そんな様子を眺めながら、ナドアルシヴァがメイダーンの肩に、そのごつくて大きい手をどかっ置く。
「いやー嬉しいねえ! あんなに可愛い子が来てくれて! しかも二人も! やっぱり華やぐねえ、なあメイダーン……ん?……あれ?んー?……あーっ!」
反応の薄いメイダーンの視線の先を目で追ったナドアルシヴァが大声を上げる。
「あー! お前! ジュメイラにひとめぼぉぶぶぶぶ………」
「待って待ってっててぇええ―!」
メイダーンは「お前ジュメイラに一目ぼれしやがったな!」と何の遠慮もなく大声で言おうとしたナドアルシヴァの口を抑え込む。
「え? あたし?」
「あぁっ!……な、何でもないんだ! あ、あの……ちょ、ちょっと待って!」
ナドアルシヴァの声に振り向いたジュメイラを見て、メイダーンは顔を真っ赤にすると、ナドアルシヴァの口を押えたまま後退りして離れて行く。すると、それと入れ替わる様に、リサイリがジュメイラの前にトコトコとやって来て「メイダーンはもうジュメイラの事好きになっちゃったみたいだよ」と、にこやかな顔でぺろりとばらした。
「さて、ラシディア、ジュメイラ、彼らについて少し話しておこう」セルシアスはそう言って紹介を始めた。
「リサイリは古の魔導機を操る古代魔導騎士で、あちらで揉めているメイダーンとシヴァは、もののふと聖魔導士だ」
「え⁉ リサイリって、あの子が魔導騎士⁉」と、ジュメイラが驚いてリサイリの方を見て、その隣では、「もののふ?」とラシディアが首を傾げる。
「もののふとは異世界の屈強な戦士の事で、私が召喚したのだ」
「異世界の屈強な戦士……あの、それってシヴァの方よね?」
ジュメイラが、向こうの方で揉めているメイダーンとシヴァを交互に見ながらそう言うと、「そう思うだろう?」と言って、セルシアスが、してやったりといった表情でニヤリとする。
「もののふはメイダーンの方だ、シヴァはああ見えて癒しの女神の加護を受けた『慈しみの聖人』なのだよ」
「えぇー⁉ 全然そんな風に見えないんですけど!」
ジュメイラとラシディアが声を上げて驚くと、セルシアスが「ははは、私はね、こうして彼らを紹介するのが大好きなのだよ、みんな一様にそう驚いてくれるからね」と言って本当に嬉しそうな顔をした。そして「では本題のジュベラーリだが……二人はどう思う?」と二人の顔を覗き込む。
セルシアスにそう言われて、ラシディアとジュメイラは、優雅に脚を組んで椅子に座っている、まさに麗しいという表現こそが相応しいジュベラーリへと目をやると、ジュベラーリもなんと言う答えが返ってくるのか、わくわくした表情で二人の方を見つめ返す。
「私はてっきり、ジュベラーリさんが癒しの庇護者かと思っていたんですけど……」
「普通考えたらそうよね。まさかあっちのゴリゴリ兄貴の方が癒しだとはね」と相変わらずジュメイラはちょっと口が悪い。
そんな二人に、「さあ、二人とも、私が一体何者で、どんな役割を担っているのか……答えてみて! さあ!」とジュベラーリが、返事を待ち切れないと言った様子で回答を催促する。
「月影の神のエルミラもいる事だし、もしかして、女神……だったりして」
「あ、なんか精霊とか?」
二人の回答が余程嬉しいのか、ジュベラーリは両手を口に当て、碧眼の瞳をうるうるさせながら「……嬉しいわぁ……!」とだけ言うと、パッと両掌を広げ「でも残念! 二人とも不正解!」と言って悪戯に微笑む。
「えー、じゃあ意外と、聖騎士とかだったりして?」とラシディアが訊くと、ジュベラーリが「あ、それも面白いわね! でも、聖騎士でもないのよ。正解はね……」と言いかけたところでセルシアスが口を挟んだ。
「ジュベラーリ、私の楽しみを取らないでくれ、君の正解発表は私の何よりの楽しみなんだ」
「フフ、そうね! じゃあ、お二人に正解を教えてあげて!」
ラシディアとジュメイラがセルシアスに注目する。
セルシアスは嬉しそうに二人を見る。
「ジュベラーリは……」
ラシディアとジュメイラは息を飲みさらにセルシアスに注目する!
セルシアスはさらに嬉しそうに二人を見る!
「ジュベラーリは殺戮の狂戦士でした!」
「えぇえーーー⁉」