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アンニハヤトゥ  作者: 北条ユキカゲ
第一章 揺蕩いのプレリュード
5/50

この好機絶対に逃しません!!

「ねえお客さん? この『夢に見し華』を作った人を探し出して、どうしようっていうのかしら?」



 イザベラが魔法薬を棚に並べながらそう尋ねると、騒いでいるラシディアたちに視線を留めたままセルシアスが答える。



「あれ程の優れた魔法薬を作り出せる者であれば、力を借りたいと思ってな……」


「頼み事って事かしら?」


「正しく、その通りだな」



 どんな用件で薬を作った人物を探していたのか、多少不審に思っていたイザベラだったが、薬を棚へ並べ終えるとセルシアスの方へ向き直り話を続ける。



「まあ、それなら良かったわ、いつもあの薬を持ってくるのは本当にあの子たちよ。ジュメイラって、ほらあの、牛みたいな乳してでかい槍を担いでる子が『闇の眷属』を倒して、それで、ラシディアっていうもう一人の青い髪の方が魔法薬に仕上げるらしいわ、もっとも、あたしも見たわけじゃないんだけど…でも、嘘をつくような子たちじゃないわよ」


「では、あの者たち自身で作っているというのか……⁉」



 驚いた様子のセルシアスは、そう言ってイザベラを一瞥すると、いまだに騒いでいるジュメイラたちの方へと目を向けた。



「だから! 『月影の神』ってのは、一体何なわけ?」


「『月影の神』は月の! 影の!  神! そのまんま! 神様よ神様!」


「じゃあ何⁉ この子が神様だって言うわけ?」


「この子ってどの子⁉」


「この子!」



 ジュメイラとラシディアは、すぐ隣で頬杖をつき、不機嫌そうな顔でこちらを見上げるエルミラをまじまじと見る。



「……崇めよ、愚かな人間の小娘どもよ」



 エルミラが相変わらずの口調でそう言うと、しばらく黙ってエルミラを見ていた二人は、そこからそそくさと距離をおいて顔を寄せ合い、エルミラに聞こえないように小さな声で話し始めた。



「いやいやいや無い無い無い……あれ神様って言われてもね……ていうか神様とかって本当にいるわけ?」


「私も、神話とかおとぎ話とかに出てくるのは知ってるけど……本当に神様って言われても……それに神話に出て来る『月影の神』は大人の女の人だしね」


「でも、それって本の中の話でしょ? 意外とさ、本物はあんなのだったりして!」


「この我が『あんなの』とは何だ! 無礼者め!」


「……えぇ⁉」



 絶対に聞こえないと思って話をしていたジュメイラとラシディアは、エルミラにそう言われて飛び上がった。



「えっ⁉ 聞こえてるの⁉ 超コワいんですけど!」



 ジュメイラはそう言って後ずさりする。



「すべて聞こえておるわこの戯け者が! おいセルシアスよ、早うその異形の店主から話を聞いてここを去るぞ! 全く以て不愉快じゃ。良いか、我らはな、お前たちなどに用はないのじゃ!」


「い、異形……」



 『異形の店主』と言われたイザベラは流石にショックを受けた様子でそう呟く。

 すると、その横にいたセルシアスが、椅子の上に立ち上がって腰に手を当てながらふんぞり返っているエルミラの方へと近づいて行き、静かに語りかける。



「エルミラ様、私たちは、この者たちに用があるのです」


「……へ?」



 セルシアスはそう言うと、呆気にとられているエルミラを優しく椅子から下して座らせ、ジュメイラとラシディアの方へと向き直った。



「ジュメイラに、ラシディア...名乗るのが遅れて申し訳ない、私の名はセルシアス、今店主から話を聞いた。『夢に見し華』について、詳しく聞かせては貰えないだろか?」


「はっ、はっ、はい! もも、勿論です! どうぞどうぞ! こちらへお掛けになってください!」



 セルシアスに名前を呼ばれた途端、顔を真っ赤にして飛び上がったラシディアは、取り乱しながらそう言うと、セルシアスに席を勧めた。

 


 ラシディアとジュメイラ、セルシアスが向き合って座る中、ただ一人エルミラだけは椅子から立ちがり、腕組みをしてラシディアの顔を覗き込んでいる。



「おい、お前、先ほどから惚けた顔でずっとセルシアスを見ておるが、お前のような間の抜けた人間の小娘ごときに、あの『夢に見し華』などを作れるわけがなかろう!」


「ええ⁉︎ あ、いや、見てな、見て、見てますけど

……」



 セルシアスの目の前で図星をつかれたラシディアは、恥ずかしさのあまりエルミラの話後半部分など耳に入らず、更に顔を赤らめて俯く。



「エルミラ様、その様な物言いはいけませんと、何度も申し上げておりますでしょう? はい、これで絵を描いて、少し大人しくしていてください」



 セルシアスが懐から紙と色鉛筆を取り出してエルミラの前へと差し出すと、エルミラは黙ってそれを手に取り、口を尖らせて黙々と絵を描き始めた。


 ジュメイラは、お絵かきに夢中になっているエルミラをぽかんとした表情で見つめながら、改めてセルシアスに尋ねる。



「……ねえ、セルシアスさん? さっきも聞いたけど、その子がその『月影の神』って言うのは……あの、どういうことなんでしょう?」


「『月影の神』と呼ばれてはいるが、実際には神という訳ではない、エルミラ様は、云わば精霊のような存在だ」


「精霊……」



 セルシアスがエルミラの頭を優しく撫でながらそう言うと、色鉛筆を握ってまさに子供の様に熱心に絵を描くエルミラを見て、ジュメイラはそう呟いた。



「はっ! それであの! 『夢に見し華』について、どのようなご関心がおありなのでしょう⁉︎」



 エルミラの事など気にも留めず、恥ずかしさの余り縮こまって俯いていたラシディアがそう言うと、エルミラを見ていたジュメイラが、はっと思い出したように口を開く。



「ああ、そうだったわね! ごめんなさい、あたしたちばっかり質問しちゃって。あれはね、まずあたしが『闇の眷属』を倒して『宵の御心』を取り出す……あー、あれって魂だったんだ……まあいいか、それでね、その『宵の御心』を、このラシディアが練成陣に封じ込めて、その後色々やるのよね、ラシディア?」


「はい! 雲閣る月(くもかくるつき)という特異練成陣に封じ込めた後、白妙の纏(しろたえのまとい)宿るらむ暁(やどるらむあかつき)を根幹とした、108つの魔法陣を組み合わせた高位連動術式を用いて『咲かざりし浄化』を行います。通常の浄化術式ではすぐに消滅してしまうので。その後……」



 これまで表情を崩すことのなかったセルシアスは、生き生きと説明するラシディアの話を聞きながら、驚いたような、感動したような、そんな表情を見せた。



「これは、驚いた……ジュメイラ、あなたが『闇の眷属』を倒すという事にも驚かされたが…ラシディア、これはそれ以上だ……」



 そう言うセルシアスにまじまじと見つめられたラシディアは、「え? そんな、大したことでは……えへへ……」と、すっかり熱くなったその頬を両手で抑える。するとそこへ、気を利かせたイザベラがお茶とお菓子を持ってやってきた。



「どう? お客さん、お話は出来たかしら? さあ皆さん、お茶でもどうぞ。そして、神様のお嬢ちゃんにはこれをあげるわね」



 イザベラがそう言いながら色鮮やかなお菓子をエルミラの前に置こうとすると、エルミラは絵を描く手をぴたりと止め、ゆっくりと下から上へ、這うような視線でイザベラを見上げ、汚らわしい物でも見るような目で静かに呟く。



「おい店主よ……我に対してよくもそのような事を申したな……醜い異形の分際で……」


「み、醜い異形って……あ、でもなんか気持ちよくなってきた」



 イザベラはそう言って気持ち悪く喜ぶ。すると、その気持ち悪いイザベラの手に持っている可愛らしいお菓子を目にしたエルミラが、先ほどまでの仏頂面から一転して目を輝かせた。



「な、な、なんじゃそれはー⁉」



 エルミラはそう叫んだかと思うと、イザベラの手からそのお菓子を奪い取り、夢中になって食べ始めた。その様子にイザベラとジュメイラは目を丸くしたが、ラシディアは相変わらず両手で頬を抑えながらセルシアスを見つめている。そして当のセルシアスは、エルミラの頬についたお菓子を布で拭いながらこう言った。



「すまぬな店主、ほら、エルミラ様、もっと行儀良くお食べください……」


「これだけ見ていると、本当にただの子供なのよね……て言うか、普通の子供より子供っぽいんだけど」



 ジュメイラは夢中でお菓子を頬張るエルミラを見ながらそう言うと、頬杖をついて微笑んだ。



「そういえばお客さん、このエルミラちゃんがあなたを守護してるって言ってたけど、これではどちらが守護者かわからないわねぇ...…」



 ちゃっかりとセルシアスの真横に座ったイザベラは、そう言いながらじわりじわりとすり寄るが、セルシアスは無表情のままスッと距離を取ってイザベラに答えた。



「その通りだな……しかし実際に、このエルミラ様の守護の力は絶大で、私にとってかけがえのない存在なのだ」



 出されたお茶を取ろうとしたジュメイラは、その手をいったん止めると「はあ……この子がねえ……」と言ってエルミラの方へと目をやる。ラシディアも緊張を紛らわせようとお茶に手を伸ばしたが、「ラシディア、そしてジュメイラ」と、セルシウスに名前を呼ばれて固まった。



「あなた方が『夢に見し華』を作っているという事はわかった。そこで、聞きたいことがある」



 セルシアスは唐突にそう言って二人の方へと向き直り、話を続けた。



「わたしは、『阿久戸妙の陣』と云う守護の結界を以て、この周辺の国々を守っている。しかし、如何に強力な結界とは云え、その範囲には限界がある。今、その範囲の外にある北限の国、ラス=ウル=ハイマに『散りぬる陽(ちりぬるひ)』が出現し、彼の国より救援を求められているのだが『阿久戸妙の陣』でここを守りながらでは、その散りぬる陽に対抗する事は難しい……」


「……散りぬる陽って……あの『滅びの災厄』の……?」


「そこで、強い協力者が必要と言うわけね?」



 『散りぬる陽』という言葉に、ラシディアは少し不安げな表情になったが、ジュメイラは全く意に返す事なく、セルシアスが話終える前にそう言った。



「話が早くて助かる。しかしその為にはしばらくの間、私と共にその北限の国ラス=ウル=ハイマへと来てもらわねばならぬのだが……」


「はい! 行きます! いえ! 是非とも行かせてくださいお願いします!」



 セルシアスが話を終える前、今度はラシディアが勢いよく立ち上がり、先程の不安げな顔は何処へやら、嬉々とした表情でそう言うと、ジュメイラは口に含んでいたお茶を勢いよく噴き出した。



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