動き出す運命!
「……イザ……ベラ……この男が……?」
ラシディアは失礼とは思いつつも、その異様な姿をついまじまじと見てしまう。
そんなラシディアの視線など一切気にする風もなく、小走りで間合いを詰めるイザベラが、怒濤の勢いで息つく間もなく言葉を浴びせる。
「あらかわいいお嬢さん、なあに? びっくりしちゃった~? びっくり、しちゃうわよね~ヤダあたしったら。そう、初めて私を見る人ってみんなそういう顔するのよ―!……だから気にしないの、気にしないって、あたしが気にしないって事よ? あなたは気にしてくれて全然良いんだからね? て言うかむしろ気にしてね! あらあら~? なんだかお疲れの様ねぇ、なに? あたしのせい? あたしのせいで一気に疲れちゃった? ごめんなさいね~、良くあるのそう言う事」
「い、いえ、あの、そういう訳じゃあ……」
至近距離から放たれる女言葉の野太い声が、小柄なラシディアのお腹に響く。
眼前にまで迫ったイザベラの人間離れした迫力に、ラシディアはあるはずの無い重みを感じて持っていた錫杖に両手ですがりついた。
此処へ至るまでの間で既に、見た事も無い様な人ごみにもみくちゃにされ疲れきっていたラシディアは、これによって本格的に疲れた。
「ああ、ラシディア、さっき言いそびれちゃったけど、この人、この店のオーナーのイザベラちゃん、大丈夫、良い人よ。見た目こんなんでアレだけど。はい、イザベラちゃん、これ『夢に見し華』ね」
「はい、ありがと………ちょっと待って、こんなんでアレ? こんなんでアレって何⁉ あんた今結構な事サラッと言ったわね!」
「事実よ事実」
ジュメイラはカウンターに寄り掛かかり、憤慨するイザベラの事など気にする様子も無く、自慢の美しい真紅の長い髪を指でくるくると弄りながら、イザベラへ目を向けずに素っ気無くそう答えた。
そんなジュメイラの様子を鬼の形相で覗き込んでいたイザベラは、ぷいっと視線を斜め下に落とすと、ちゃんとジュメイラに聞こえるように呟く。
「ちっ……自分がちょっとばかしイイ女だからってさ……まったく……牛みたいな乳しやがって……」
「おいちょっと待て今なんつった⁉ 今なんつった!」
ジュメイラが髪を弄る手をぴたりと止めてそう言うと、イザベラはその言葉に覆いかぶせる様にまくし立てる。
「牛みたいな乳って言ったのよー! ホントの事言っただけなのよーあたしは! これ見よがしにそんな乳飛び出るような服着やがって! 何なのそれ? 自慢? 自慢なのそれは⁉」
「うっさいわね! こっちにはこっちの事情っていうものがあるの!」
「はあぁ⁉ 何かしらその事情って⁉ 乳出してその辺をほっつき歩く正当な理由って果たして何なのかしらね⁉ あーじゃあ聞かせてもらおうじゃないの、どんな事情なの? 乳出してそこいら中ほっつき歩く正当な理由について140文字以内で簡潔に聞かせてもらおうじゃあないの!」
「乳出してないし! 何なのよその140文字って⁉ 一体どこから出てきた数字なわけ⁉」
そんな二人のやり取りを他所に、人ごみとイザベラの衝撃に疲れ切ったラシディアは、近くに見つけた応接用の椅子へよろよろと倒れ込んだ。
「ふええ…疲れたわ(イザベラの圧で)…ジュメイラいつもこんなところ(イザベラのいる)まで来てくれていたのね…有り難いわ……」
「何言ってんの! それはお互い様でしょ? あたしだって、ラシディアがこれを作ってくれるからこうして売りに来れるんだから」
「あらやだ! その娘なの? これを作ってる魔法使いって?」
二人の会話を聞いたイザベラは驚いた様子でそう言うと、ラシディアへと駆け寄り、ラシディアのか細い手を厳つい両手でギュッと握って話を続けた。
「もう~、それならそうと早く言ってよ! 感謝してるのはあたしの方よ! あれだけの魔法薬はそう滅多にある物じゃあないのよ……いいえ、他には決してないと言っても過言じゃないわ。実際うちの店でも一番の高級品なの。それにしても、あのすごい薬を、こんなに若い娘さんが作っていたなんてねぇ……あたしはてっきり、熟練の年寄が作っているもんかと思ってたわよ!」
「どう? すごいでしょ? うちの魔法使いは! これだけのもんを作れる魔法使いは他にはいないんだから!」
感心するイザベラの隣でジュメイラは得意げにそう言うと、服からこぼれんばかりのその胸を張る。
「あ、でも、ジュメイラが『闇の眷属』を倒してくれるから、材料が手に入るんです。私だけでは作れませんよ」
ラシディアのその言葉を聞いて、イザベラが固まる。そして一瞬間を置いてから、固まったまま震える声でラシディアに訊き返した。
「へ⁉……な、なんて……なんて言ったの今⁉『闇の眷属』って言った⁉『闇の眷属』使って出来てんのあの薬⁉」
「そうよ、え? 私言ってなかったっけ?」
ジュメイラが涼しい顔でそう言うと、驚愕の表情でラシディア見つめていたイザベラは、そのままの顔でゆっくりとジュメイラの方へ顔を向けると、少し首を傾げてこう尋ねた。
「……そんで、その『闇の眷属』を、ジュメイラちゃん……あんたが……倒してくるの……?」
「そうよ? それがどうしたの?」
「……一人で……その乳で?」
「一人で! この槍で! 乳で倒すってどういう事よ⁉乳から離れろいい加減!」
そう言って背中に担いでいる大きな槍を指差すジュメイラと、美しい装飾のなされたその見事な槍を交互に見ながら、イザベラはしばらく唖然としていたが、突然、堰を切ったように大声で笑いだした。
「……ぷっ……あーっはっはっはは! いやいや参ったわ! 信じらない話だけど、この薬が何よりの証拠よね! ジュメイラちゃんあんたもしかしたら人類最強なんじゃないの? 人があれを倒すなんて聞いたことないわよ! 流石のあたしだって『闇の眷属』を一人では……あら?……あっ! お客さんだわ! いらっしゃい!」
イザベラが途中で話すのを止めて客を出迎える。
ラシディアもそれにつられ、何気なく客の入って来た方へと振り向くと、その客の姿を見て目が釘付けとなった。
すらりと高い背に切れ長の涼しげな眼、そして銀色に輝く長い髪。
一見美しい女性とも見紛ってしまうような姿のその男は、銀髪を靡かせながら、ラシディアの前を静かに通り過ぎて行く。
瞬きも呼吸をするのも忘れ、ラシディアはその男の姿に瞳を奪われた。
「あらやだ何⁉ 超いい男! で、今日はどんなものをお探しかしら〜?」
「ここに『夢に見し華』があると聞いて来た……」
銀色の髪の男は、イザベラの舐めるような視線など気にする様子も無く、店の商品棚を見渡しながら静かに通る低い声で、イザベラにそう尋ねた。
「まあ! すごい偶然! ちょうど今入ったところなの! それにね……」
イザベラがそこまで言いかけたところで、銀髪の男はカウンターに身を乗り出し、先程よりも速い口調で質問した。
「その『夢に見し華』どこからくる? 誰が作っているのか、教えては貰えないか⁉︎」