勘違いすれ違い!
エルゲイネスによって特別対策本部が設置され、ワディシャームの街にドゥルマ捜査網が張り巡らされる中、戦いが起こるまで、揺蕩いし叢雲で修行に打ち込むつもりだったドゥルマは、修行の中断を余儀なくされる事になる……
玄関のドアを叩く音が聞こえる。
銀朱の絨毯が敷かれた長いサキュラー階段からエントランスフロアへと降り、ステンドグラスの嵌められた両開きの重厚な扉を開けると、そこには数人のワディシャーム兵が硬い表情で立っていた。
「急に押しかけて大変に申し訳ない。私はワディシャーム特別捜査隊隊長ファラジャムルである。緊急事態につき、屋内の捜索にご協力願いたい」
兵士たちの中心に立つ、ファラジャムルと名乗る髭を貯えた大柄の兵士はそう言うと、目の前に羊皮紙を広げて見せた。
そこには、全国民に対する捜査協力要請についての記述と、ルファー女王直筆の署名が書かれている。
「総員、屋内を隈なく捜索しろ」
ファラジャムルの掛け声と共に、ワディシャームの兵士たちがずかずかと家の中へと入り、部屋と言う部屋全てを、文字通り隈なく調べ始める。
突然の出来事に唖然とし、しばらくの間その様子を眺めていると、それぞれの部屋に散って行った兵士たちから「こちらにはおりません」「二階にもおりません」と、次々に報告がなされる。
すると、屈んでソファーの下を覗き込んでいたファラジャムルが「撤収」と一言声を掛け、他の兵士たちがばたばたと家を出ていく。
「ご協力に感謝する。これは、協力した国民へ、女王からの感謝の品だ」
ファラジャムルはそう言って、王室にしか納められていない最上級のワディシャーム・バニラフレーバーティーの包みを手渡すと、足早に玄関を出ていく。
そのファラジャムルの背に向かって、思い出したようにようやく言葉を発した。
「あ……あのぉ……何事かあったんだっぺか?」
手渡された王室限定最上級ワディシャーム・バニラフレーバーティーの包みを大事そうに両手で持ちながら、オチヨは首を傾げてそう尋ねた。
ファラジャムルはその声に立ち止まり、半身だけオチヨの方へと向けて答える。
「英雄如来三尊であるドゥルマ様が失踪し、その捜査にあたっている。何か情報があったら、城の特別対策本部まで知らせて頂きたい」
ファラジャムルはそれだけ言って、その場を去っていく。
その後姿を見送ったオチヨは、「ドゥルマ様が……?」と呟くと、王室限定最上級ワディシャーム・バニラフレーバーティーの包みを開けて香りに目を細め、「マゴベエどんが帰って来たら挿れてやっぺ」と言いながら、後ろ手でドアを閉めた。
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「ドゥルマよ、何をしておる。上等なお茶じゃぞ、冷めぬうちに早う飲まぬか」
昨晩の『第二回夜な夜な鬼ごっこエルミラ杯』による活躍で、ドゥルマの事がすっかり気に入ったエルミラは、清涼殿の昼御座に自分で支度をして、女王より送られた王室限定最上級ワディシャーム・バニラフレーバーティーをドゥルマに振る舞っていた。
「……あの……本当にこの子が……昨夜のあのエルミラ様……?」
月光に照らされる、真の姿の妖艶なエルミラしか知らなかったドゥルマは、幼女状態のエルミラが、あの怪しい美しさを放つ昨晩のエルミラであるという事が、全く信じられないでいた。
「私も初めて見た時はびっくりしたけど、本当にあのエルミラよ! ねー?」
「ジュメイラも、初めて我の月夜の姿を見た時は、大層驚いた顔をしておったな……ドゥルマよ、今のお前も、それと同じような顔になっておるわ」
これまで幼女状態の時は終始不機嫌そうな顔をしていたエルミラであったが、余程ドゥルマの事が気に入ったのか、この時は笑顔を見せていた。
ジュメイラはその様子に驚きつつも、エルミラのその可愛らしい表情に嬉しくなって笑顔を浮かべる。
「これが、あの、エルミラ様……」
まだとても信じられないと言った様子で、エルミラに目をやったままドゥルマはお茶を啜った。
その様子を見ながらジュベラーリが微笑む。
「ジュメイラ、このお茶を頂いたら、そろそろ行きましょうか?」
「あ、そうね」
今日この後、内密にドゥルマの事をイェシェダワに知らせようと思っていた二人がそう話していると、それを聞いていたリサイリがジュベラーリに引っ付いて「どこ行くの? ねえどこ行くの? 僕も行く! 僕も行くー!」と駄々をこね始めた。
「あらあら、困ったわね……どうしようかしら……」
リサイリに腕を引っ張られながら、ジュベラーリがそう言って困った顔をしていると「おお、そうじゃ」と、エルミラが何かを思いついた様にドゥルマの方を見る。
「ドゥルマよ、お前は街に詳しいのであろう? 我らを案内せよ」
「えぇ⁉………」
戦いが起きるまで街へは下りず、時間の許す限り修練に打ち込もうと思っていたドゥルマであったが、流石に大恩を受けているエルミラの言う事を蔑ろには出来ない。こればかり断れないと思ったドゥルマは「ん~……分かりました!」と覚悟を決めた様子でそう答えた。
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エルゲイネスによって急遽編成された三百人にも及ぶ特別捜査隊が、街の至る所でドゥルマ捜索にあたる。
更に、ドゥルマがイェシェダワを泣かせたという事を知って怒り心頭となる国防軍の騎士たちもそれに加わり、ワディシャームの街は騒然とした雰囲気に包まれていた。
その、半ば混乱状態の街を、ルグレアとサラディンが馬を駆けて走りぬける。
「サラディン! どうして私に付いてくるんだ!」
「あぁ⁉ 何だかお前の様子がおかしいからよ! 放っておけねえだろ!」
正面を向いたまま馬を駆るルグレアに、サラディンがそう言って並走する。
特に、付いてくるなと言うだけの理由も見つからず、ルグレアはサラディンを無視してある場所を目指す。
第三騎士団でドゥルマの補佐官的な役割を果たしていたルグレアには、ドゥルマを見つける為の目星がついていた。
ドゥルマは出かける時、貴族や上級騎士に宛がわれる高級な馬車を嫌って、いつも同じ貧相な馬車を使っていた。今回もきっとその馬車で出かけたはず、その馭者に話を訊けば何か手がかりが掴めるのではないか───ルグレアはそう考えていた。
その馭者に会った事は無かったが、仕事上手紙などを送る機会があったので、その住まいは分かる。
ルグレアは、そこを目指して進んでいた。
郊外まで来ると、先程までの慌ただしい街中とは打って変わって、緑の絨毯を敷き詰めた様な田園風景が遠くまで広がっている。
青々と茂る瑞穂が風に揺れ、その緑に波打つ田園の中に真っ直ぐと伸びる一本道を、ルグレアとサラディンが馬を走らせる。すると、その正面から、立派な天蓋を付けた貴族用のキャリッジが、四頭の馬に引かれて向かって来るのが見えた。
ルグレアとサラディンが道の両脇に避けてそのキャリッジに道を譲ると、すれ違いざまにキャリッジの窓から、銀髪の男の子と金髪の女の子が顔を出した。
「わー! 見て見てぜーんぶ緑だ! すごいすごい!」
「ほれほれ、危ないぞ、そう体を乗り出すでない……まったく、お前は子供じゃのうリサイリ……」
キャリッジが通り過ぎて行く。
変わった話し方をする子供だな、貴族の子供とはああいうものか───ルグレアがそう思いつつキャリッジを見送ると、銀髪の子供がこちらに気付いて「ばいばーい」と言って手を振っている。
ルグレアは遠ざかっていくキャリッジに向かって無言で手を振ると、再び馬を走らせた。





