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アンニハヤトゥ  作者: 北条ユキカゲ
第二章 ワディシャーム狂想曲
26/50

第二回夜な夜な鬼ごっこエルミラ杯! 決着! (失神者2名)

 かつてない強敵、謎生物【Lv99】ヘルツシュプルングを前に苦戦を強いられるドゥルマ。そして、そんな戦いが繰り広げられているとは知らずに、揺蕩いし叢雲へと向かったイェシェダワ。想いのすれ違う二人が、徐々に近づいてゆく……

 激しい閃光が宵闇に漂う夜霧を切り裂き、辺り一帯に爆音が轟く。

 謎生物【Lv99】ヘルツシュプルングの攻撃は熾烈を極めた。


 反り立つ二本の角から放たれる電光石火の雷撃は空を迸り、吐き出される激しい炎は一瞬にして大気を灼熱の熱風へと変える。



────強い……!



 距離を取っていても、激しい雷撃と炎が止めどなく襲い掛かり、かろうじて攻撃をかわして間合いに入る事が出来ても、ヘルツシュプルングはその剛腕でドゥルマの攻撃をいとも容易く跳ね返す。


 これまで戦ってきた中で、ヘルツシュプルングは確実に最強だった。

 そして、この世界にこれ程までの強者が存在する事に驚愕した。

 どう考えても勝ち目はない……矛を握る手が震える。



「あーはははっ! どうしたドゥルマよ、先ほどまでの威勢は何処へ行ったのじゃ? うふふふ……降参かえ?……降参かえ?」



 ヘルツシュプルングの猛攻に手も足も出ないドゥルマに上機嫌のエルミラが、黄金の髪を揺らめかせて夜空を舞う。



「……いや! 降参はしない!」



 これが鬼ごっこである以上、エルミラを捕まえる事が最重要であるにも関わらず、直ぐ近くいるエルミラには目を向けず、ヘルツシュプルングをぐっと見据えたままドゥルマは力強く答えた。



────どれだけ強かろうと俺は逃げない。絶対に負けるわけにいかない。イェシェを守る為に、俺は強くなるんだ!



 力の差は歴然だった。

 しかし、その圧倒的な脅威を前にしても、イェシェダワに対する強い想いがその恐怖を凌駕する。



「おーおーそうかそうか……うふふふふ……気に入ったぞ……我はお前が気に入ったぞドゥルマよ……」



 エルミラはそう呟くと、上空からすーっと舞い降り、ドゥルマの背後からふわりと抱きついた。



「んなっ!?」



 ドゥルマは金縛りにでもあったかのように固まり、「な…なな……な……!」と言葉も出ずに困惑する。


 するとエルミラは、ドゥルマの耳元にその濡れ濡れと艶めく妖艶な唇を近づけ「お前に我の加護をやろう……」と囁いた。


 次の瞬間、朧げに空に浮かんでいた月がふっと輝く。そして、その月の光がまるで雪の様に舞い落ち、ドゥルマを包み込んだ。






「あっ! ほら見てジュメイラ!!」


「わぁ……なにあれ!? 綺麗……」



 ドゥルマの激闘を、『ルアイン・シャトー(以下略)を飲みながら、優雅に見守っていたジュメイラとジュベラーリが、ほろ酔い気分でそう声をあげる。



「エルミラが認めたのよ! ドゥルマの事‼」


「え?……ヒック! じゃあ……エルミラ……エ…エルミラを…捕まえたって事……?」



 完全に酔っぱらった状態のジュメイラがそう尋ねると、ジュメイラと同じくらい飲んでいるのにケロッとしているジュベラーリが嬉々とした表情で答える。



「いいえ、勝負はまだついていないと思うわ、だってほら、ヘルツシュプルングが元気そうにしているもの。違うの、あの光! エルミラはドゥルマに月影の加護を与えて、もっと戦わせる気なんだわ!」


「つ、月?……月影の加護……?」



 ジュメイラはゆっくりと首を傾げ、ドゥルマたちの方へとそのほわーっとした目を向ける。



 ドゥルマを包み込み込んでいた光が、次第に身体の中へと吸い込まれていく。そして、一瞬ぱっと強い光を放ったかと思うと、ドゥルマの全身からぼんやりとした光が煙の様にゆらゆらと立ち上り始めた。

 


「うふふふ……さあもう良いぞ……戦うのじゃ……そして我を捕まえてみよ……うふふ……あーははははっ!」



 エルミラがドゥルマから離れて夜空へと舞い上がる。



────一体、何をしたんだ……力が漲ってくる………!



 ドゥルマは自分の掌を見つめ、内から湧き上がる力を感じ取るようにしてぐっと拳を握りしめた。


 力強く、優然と矛を構えると、ヘルツシュプルングを見据えて「よし……」と小さく呟き、先ほどまでとは比較にならない程の猛烈な勢いでヘルツシュプルングへ突進する。 



「うわっ! 速い!」



 酔っぱらいながら見守っていたジュメイラが、そのあまりの速さに思わず声をあげる。



 疾風の如く猛進するドゥルマを待ち構えていたかのように、ヘルツシュプルングの猛攻が始まる。


 雷鳴を轟かせる無数の稲妻が縦横無尽に駆け巡り、渦を巻きながら燃え盛る火炎がドゥルマへと襲い掛かった。


 吹き付ける炎を切り裂き、迸る電撃をはじき返して、一気にヘルツシュプルングの間合いに入る。そして遂に、ヘルツシュプルングに強烈な一太刀を浴びせた。

 


「おーおーやりおるやりおる……うふふふ、楽しいのう……ああ、楽しいのう!」



 上空でその様子を眺めるエルミラが、満面の笑みを湛えて濃藍(こいあい)の夜空を艶やかに舞い踊る。


 会心の一太刀を浴びせたドゥルマは、ヘルツシュプルングの反撃によって弾き飛ばされながらも、空中で体勢を建て直し、着地と同時に地面を蹴って再びヘルツシュプルングへと向かって猛然と飛び込んで行く。



────いける! いけるぞ! イェシェ、お前は俺が守る!



 湧き上がる力と、その強い想いがドゥルマを奮い立たせる。 

 そして、渾身の一撃と共に、叫んだ。



「イェシェーーー!」




───────────────────────




 何処からか、自分の名前を呼ぶドゥルマの声が聞こえたような気がした。


 月の光に照らされる揺蕩いし叢雲を眺めながら、そこから先に進む事が出来ずに、ただただ茫然と宵の空に浮かんでいたイェシェダワは、ふっと顔をあげて周囲を見渡す。



────そんなわけがないのに……



 ここまで来て、イェシェダワは怖くなっていた。


 どんな真実が待っているのだろう。この次、一体どんな悲しみが自分に訪れるのだろう。

 最悪の結果を想像しただけで、視界が滲んだ。



────私を必要としていないなら、それは仕方のない事。ただ、はっきりさせたい。はっきりとさせて、私は自分の気持ちを整理したい……



 零れ落ちそうになっていた涙を掌で拭い、意を決した表情で顔を上げる。すると、遠くに浮かんでいる揺蕩いし叢雲の、その反対側の方が光ったように見えた。


 何の光なのか見当もつかなかったが、ただ何となく、そこに行けばドゥルマがいるような気がして、その光った場所へと向かう。

 


────光ったのは、確かこのあたり……



 近くまで来て、改めて揺蕩いし叢雲のその巨大さに驚く。


 遠くから見ているときには見えなかったこの反対側には、多くの木々が生い茂り、まるで森ひとつが空に浮いているようだった。


 しかし、その森へ入ろうとすると、そこは巨大な透明の壁に覆われていて、中へ入ることが出来ない。


 何処かに入り口があるのだろうか────そう思いながら、イェシェダワはその透明の壁に沿ってゆっくりと飛んでいた。



───────────────────────



 静寂の中、ドゥルマは振りぬいた矛を構えたまま、よろめいて膝をついた。

 

 その背後では、ドゥルマの全身全霊の一撃を受けたヘルツシュプルングが、光り輝きながら縮んで行く。

 そして、元の謎生物【小さめ】の姿に戻ると、その場にぽてっと倒れた。



「……うそ……倒しちゃった……!?」



 ジュメイラは驚きのあまり一気に酔いが覚め、ジュベラーリは言葉無く笑みを浮かべながら涙ぐむ。



────俺は……倒したのか?………



 圧倒的強者、絶対に勝てないと思っていたヘルツシュプルングを倒したドゥルマは、まだその事が信じられず、そのままの格好で呆然とする。



「ドゥルマよ、よくぞヘルツシュプルングを倒した……うふふふふ……さあ、我を捕まえてみよ……」



 激闘を制し、疲労困憊で動けなくなっているドゥルマの目の前に、ふわりと舞い降りたエルミラはそう言うと「鬼さんこちら、手のなる方へ、うふふふふ……!」と言いながら、手を叩いてゆっくりと後ろへ下がる。



「……ぐっ!……くっ………!」



 矛を手放し、よろよろと立ち上がると、そのおぼつかない足取りで、一歩また一歩と、必死にエルミラを追う。



「さあ、さあ、もう少しじゃ、もう少しじゃ、ほれほれ、鬼さんこちら、うふふふふ!」



 最期の力を振り絞り、ドゥルマはエルミラに向かって飛びついた。


 するとエルミラは逃げようとせず、ドゥルマを優しく抱き留めると、そのままゆっくり後ろへと倒れ込んだ。



「……や、やったぞ……イェシェ……!」


「ようやった、ようやったぞドゥルマよ……お前の勝ちじゃ………」



 気息奄々のドゥルマをその胸に抱き留めるエルミラは、そう言って優しく、ドゥルマの頭を撫でる。



「ねえあれ! とうとうエルミラを捕まえたわ!」


「うん!……うん!………うぅ………」



 この感動的な光景に、ジュメイラは飛び上がって喜び、ジュベラーリは泣く。


 そしてもう一人、この様子を喫驚の表情で見ている者がいた。



─────え……なに……あれ………?



 揺蕩いし叢雲の外、透明の壁に両手を付けて、その現場を目の当たりにしたイェシェダワは、深く、深く考えた。



─────金髪の美女に……ドゥルマが抱きついて……金髪の美女が……ドゥルマを撫でてる………



 深く深く考えた結果、これ以外一切何も考えられず、思考は途絶えた。

 そしてイェシェダワは、頭から真っ逆さまに、地上へと落下して行った。



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