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アンニハヤトゥ  作者: 北条ユキカゲ
第二章 ワディシャーム狂想曲
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二人を照らすこいあいの月

 去って行ったドゥルマを想い、居た堪れないイェシェダワは、一人静かに、気持ちを整理しようとしていた。そして、イェシェダワを守るため修行に打ち込むドゥルマに、より過酷な試練が降り掛かかる………

 赤い薔薇を溶かし込んだような真紅の髪を靡かせ、見る者の心を虜にする麗しい笑顔を振りまくジュメイラ。


 一瞬見つめただけで相手を魅了してしまいそうな隻眼の瞳と、女でさえも見惚れてしまう程の、妖艶な色香を漂わせるジュベラーリ。


 イェシェダワの心の中を、この美しい二人の姿がかき乱していた。



────あれ程の絶世の美女に魅力を感じない男などいない、それに、あの二人の……あの女性の魅力を凝縮したような……あの魅惑的な体………



 イェシェダワはゆっくり立ち上がると、躊躇いがちな足取りで、恐る恐る姿見の前に立った。


 じっくりと、出来るだけ客観的になって自分の姿を眺めてみる。


 細身の華奢な体、然程大きくない胸、そして、白金色の巻き髪に囲まれた、少女とも大人の女ともつかない、その中間の様な顔が、悲愴な表情を浮かべて鏡の中から見つめ返している。


 はぁあ……と、大きなため息に混じって、弱々しい小さな声がこぼれ出た。



────こんな私などに、女性としての魅力などあろうはずがない、ドゥルマがこれまで私に向けていた感情は、異性に対する愛情などではなかったのだ……それなのに、あいつが私に対して特別な感情を抱いているなどと勝手に思い込んでいた………



 イェシェダワはそんな自分が情けなく惨めに思えた。


 そして、ドゥルマが去って行ったと知った途端、例えようのない喪失感に苛まれる弱い自分を知って、心の奥に押し込んで鍵をかけていた本当の自分の想いに気付かされた。



────特別な感情を抱いていたのは、私の方だったのか……



 それを認めた瞬間、今まで頑なに否定し、目を背けていた感情が、陽を受けて融ける雪の様に流れ出し、悲哀に満ちた瞳から溢れた。


 鏡の中から『どうして今まで分からなかったのか?』と、ぽろぽろと涙を零す哀れな自分が訴える。


 その姿を見て、自分にとって、ドゥルマがかけがえのない存在だったという事を、今更になって認める。


 だが、もう遅い。


 かけがえのない存在は、自分自身の手によって突き放され、もう失われてしまった。


 改めてそれを実感し、自分の愚かさと、果ての見えない悲しみに心が締め付けられる。



────誰か助けてほしい、誰でも良いから、この悲しみの淵から救い出してほしい……



 その『誰か』ですら、ドゥルマの事しか思い浮かばない。



────あいつは今頃、私の事など忘れて、美女たちと笑顔で過ごしているのだろうか……私などいなくても、あいつは幸せなのだろうか……あいつの気持ちを知りたい………



 今この瞬間ドゥルマがどうしているのかが、どうしようもなく気になった。

 それを知ったからと言って、どうする訳でもないし、どうにかできる訳でもない。しかし、ただ知りたかった。

 そして、それをちゃんと知る事で、自分の気持ちを整理したかった。



────そうだ、確認しよう。そして、気持ちを整理しよう。



 焦燥していた目に、強い意志が宿る。


 鏡の前で姿勢を正してふっと息を整え、足早にテラスへと出ると、頬に残った涙の痕が月の明かりで僅かに光る。


 昼の熱から冷めた晩涼の夜風が、その涙の痕を拭うようにして頬を撫でた。

 

 イェシェダワが風の吹いてくる方へと目を向けると、月の光に照らされる揺蕩いし叢雲が、夜霧に紛れ宵闇の空で朧げに浮かんでいる。

 

 その情景を見上げるイェシェダワの白金色に輝く巻き髪と、ワディシャームの国章が描かれた純白のマントが、ゆらゆらと風ではない何かにたなびく。


 ぼんやりとした白い光がイェシェダワの体を包み込み、すうっと宙に浮いたかと思うと、音も無く舞い上がる。


 イェシェダワは、吸い込まれる様に濃藍(こいあい)の空へと溶け込んで行った。


 



───────────────────────




 

「ブォオオゥウーーー!」


 謎生物【大きめ】Dはしゃくねつのほのおをはいた!


「うぉおおおおーーー!」


 ドゥルマは力いっぱいなぎ払った!


 ドゥルマにはきかなかった!


 ドゥルマのこうげき!


 かいしんのいちげき!


 謎生物【大きめ】Dをたおした!



 ドゥルマの渾身の一撃を受けた謎生物【大きめ】Dは、しゅるしゅるしゅると音を立てながら縮んで行き、昼間のエルミラと一緒にいるあの小さい謎生物の姿になると、てってってと走って逃げて行く。



「はぁ、はぁ、ふー……よーし……」



 息を整えたドゥルマは、上空でふわふわと浮かびながら、楽しそうに見下ろしているエルミラの方を向いて笑みを浮かべると、余裕の表情で叫ぶ。



「さあ! エルミラ様! 観念してもらおうか!」


「うふふふふ……大したものじゃ、ドゥルマよ、お前は大したものじゃ、うふふふ……」



 怪しげな笑みを浮かべるエルミラを見て、ドゥルマは言い知れぬ違和感を覚えた。


────これは、まだ何かある……本能がそれを敏感に感じ取り、背筋にぞわっと冷たい緊張が走る。


 その直後だった。


 これまで感じた事の無いような強烈な威圧感が全身に覆いかぶさり、瞬時に回避態勢を取ってその場所から距離をおく。


 ズドォンという音が響き渡り、元いた場所で大きな土埃が舞い上がった。

 

 飛ばされた砂や小石がパラパラと落ちてくる中、視界を遮る砂煙が次第に晴れて行く。


 薄れゆく土埃の中でぼんやりと浮かび上がる巨大な影に目を凝らすと、真っ赤な二つの目がこちらへ向いてギラリと光った。


 土埃が晴れ、明瞭な視界が戻る。


 そこには、これまでの謎生物【大きめ】とは大分様子の違う、新たな謎生物が一体………そう、謎生物【Lv99】の姿があった。



「んなっ…んだ……ありゃあ……!」



 あるはずの無い重さを感じる程の圧倒的な威圧感に、ドゥルマは驚愕し、全身の神経が凍り付く。


 その姿は、異様その物だった。


 これまでの謎生物【大きめ】が、白い毛に覆われ、少しずんぐりむっくりした体型だったのに対し、この謎生物【Lv99】の体は、極限まで鍛え上げられた人間の体の様に引き締まり、はち切れんばかりに盛り上がった筋肉に覆われる純白の体躯からは、白群色(びゃくぐんいろ)の湯気の様な物がゆらゆらと立ち上っている。


 そして、これまでの謎生物【大きめ】において耳かと思われていたものは、もはや完全に巨大な角となっていた。



「さあヘルツシュプルングよ、思う存分相手をしてやるが良い……うふふふふ……」


「ギュァアアオォオォォォーーー!」



 エルミラの声に答えるようにして、謎生物【Lv99】が凄まじい咆哮を上げる。



「こいつは……ヤバイのが出てきやがった………」



 柔らかな月光の中、ドゥルマは目の前に立ちはだかる謎生物【Lv99】に向かって、静かに矛を構えた。



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