秘密の特訓!
イェシェダワを守る為、ジュメイラとジュベラーリの協力のもと、厳しい修行に打ち込むドゥルマ。そんなドゥルマに、もう一人?の協力者による過酷な特訓が行われる‼︎
銀製の上質なカトラリーが、純白のテーブルクロスの上に整然と並んでいる。
重厚な彫刻の施された燭台に灯る明かりが、よく磨き込まれたナイフに乗り移って、その表面を金糸雀色に塗り替え輝かせていた。
逸る気持ちを抑えつつ、ゆっくりと両手を伸ばす。
蝋燭の明かりを宿すナイフとフォークを静かに手に取ると、フォアグラとトリュフのスライスを乗せた、分厚いシャトーブリアンのステーキにすうっと差し込む。
むせ返るほどの甘美な芳香に包まれる肉の中へ、滑り込む様にして突き刺さったナイフをそっと引き抜くと、その艶めかしく鮮やかな紅の八塩の断面から、きらきらと輝く肉汁がじわりと浸みだした。
芳ばしい焼き目の付いたフォアグラの一欠片をフォークで貫き、そのフォークの先が、柔らかいながらも程良い弾力で押し返してくるシャトーブリアンの中へするりと吸い込まれていく。
ひとどころに繋ぎ止められた二つの柔らかな宝石を、薄く軽やかなトリュフのスライスでふんわりと包み込み、牛肉から取ったスープと甘口のワインを煮詰めて、刻んだトリュフをふんだんに加えて作った、深い黒橡に艶めく芳醇なトリュフソースを纏わせて口へと運ぶ。
静かに、シャトーブリアンのそのはじけるような弾力と、フォアグラの深いコク、そして鼻孔を酔わせる鮮烈なトリュフの香り……それらを確かめるようにゆっくりと咀嚼し、マゴベエはワイングラスへと手を伸ばした。
「いや、やっぱうめえな!」
「この組み合わせには、敵わねえなどな!」
この日マゴベエは、畑が隣という事もあり、日頃からよく世話になっているサジュウロウ夫婦を招いて、ささやかな夕食を楽しんでいた。
「ん!? このワインもすげえな! これあれだっぺ? あの、ルアイン・シャトー・ザキールのグランクリュだっぺ⁉」
マゴベエは、サジュウロウの持ち込んだワインを一口飲むと、目を見開いて、ワイングラスの中で蝋燭の明かりを反射しながら、深い紅緋色に煌めくそのワインを見つめてそう唸る。
「お!? スゲーなおめぇ! よく分かったな⁉︎ でもあれなんだど、これは、その中でも別格の、クラスAAAの22年物だかんな!」
「なに!? そりゃすげえな!……いや……たまげた!」
マゴベエは驚いた表情でワインのボトルを手に取りラベルを眺める。
隈なくそのラベルに目を通した後、「ルアイン・シャトー・ザキール・アルマハタル・グランクリュ・クラスAAA・22年か……」と呟くと、ボトルをテーブルに置きながら、ハッと何かを思い出したように「そうだ!」と言って、少し興奮した様子で話し始めた。
「たまげたって言えばよ、今日な、あのー、うちの裏の、プライベートビーチで釣りしてたっけよ、突然! 空の方ですげえ音がしたと思ったら、沖の方でどばーっと、とんでもねえデカい水しぶきが上がってよ……たまげちまったよ!」
「あぁ! あの夕方のやつだっぺ? 何? あれ雷じゃなかったの? バーッと雨が降ったから、俺は夕立だと思ってたよ!」
サジュウロウはそう言って、マゴベエのグラスに『ルアイン・シャトー・ザキール・アルマハタル・グランクリュ(以下略)をなみなみと注ぐ。
「違うよ! あれは海だよ海! あのデカい水しぶきがこっちの方まで飛んできて、降って来たんだよ!」
「なにあれ海水だったの!? いやとんでもねえな!」
「そんでよ、その後今度は波もすごくてよ! 釣りどころじゃなかったよ!」
マゴベエはそう言って、まだ十分にワインで満たされているサジュウロウのグラスに『ルアイン・シャトー・ザキール・アルマハタル(以下略) をほんの少しばかり注ぐと、椅子から腰を浮かせて、サジュウロウの妻オキヌのグラスへと注いだ。
そしてそのままの姿勢で隣に座るオチヨの顔を見ると、オチヨは笑顔で、「んじゃあたしも、もうちっともらうかな」と、もうすっかり空になったグラスを差し出した。
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「うわっ……なにこれ⁉……すっごく美味しい!」
深く澄んだ紅緋色のワインを一口飲んで、ジュベラーリは思わず口元に手をやりそう言った。
「そうでしょ!? これ、家の葡萄で作ったワインなの、お義父さんが沢山持たせてくれたのよ」
「え⁉︎ ジュメイラのお家って、ワイナリーなのね、素敵だわ!」
そう言いながら、ジュベラーリはボトルを手に取ってラベルに目をやる。
「じゃあ、これがジュメイラとラシディアのお家の名前なのね……ルアイン・シャトー・ザキール・アルマハタル・グランクリュ・クラスAAA……22年物!?」
ボトルのラベルを見て、ジュベラーリが再び驚く。
「そう! ちょうど、私がこの家に引き取られた年に樽詰めされたワイン」
「そっか……ジュメイラは養女だったのよね」
屈託のない笑顔のジュメイラだったが、自分で口にした『養女』と言う言葉にジュベラーリは少し心咎めを覚えた。
そのジュベラーリの様子を気遣うように、ジュメイラは明るい笑顔で答える。
「私自身はその時赤ちゃんだったから何も覚えてないんだけど、お義父さんたちが言うには、わたしって山の頂上にある一番高い木の、その幹の中で光ってたんだって! おもしろいでしょ?」
「ふふ、何だか、おとぎ話みたいね!」
笑いながら明るく話すジュメイラの顔を見て、ジュベラーリの気持ちが不思議と安らぎ、自然と笑みがこぼれる。
「きっと、お義父さんたち、私を気遣ってくれていたんだと思う……でも、ふふっ……どうせ作り話にするなら、もう少し現実味のあるのにすれば良いのにね!」
「うふふっ……そうね!……でも意外と、本当かもよ!?」
「まさかー!」
「おーおー、二人とも何やら楽しそうじゃのう、我も仲間に入れてたもれ」
二人がワイングラスを傾けながらその声に振り向くと、紺桔梗に染まる夕闇から、透ける程に薄い朱鷺色の衣を纏ったエルミラが、半透明の羽衣を揺らめかせながら舞い降りて来た。
「あらエルミラ! 今日も素敵ね!……あ、ちょっと待って!………それで、どう? あの二人の様子は?」
ジュメイラは新しいグラスにワインを注ぎ、エルミラに手渡ながらそう尋ねると、グラスを受け取ったエルミラがワインを一口、ちびりと飲む。
「うふふふふ……バルシャは相変わらずじゃが……あのドゥルマという者、なかなかやりおるぞ」
エルミラはワイングラスを口に当てながらそう言って、遠くへと視線を向ける。二人もその視線を追って、エルミラの見ている方へと目をやると、三体の謎生物【大きめ】に追いかけ回されるドゥルマの姿が見えた。
「グォッ! グオッ! グオォワー!」
「どぉあああー!……あぁっ!?……あーっ!…エルミラ様そんな所に! やっと見つけたぞー!」
謎生物【大きめ】の集中攻撃を受けながらも、エルミラの姿を見つけたドゥルマが、こちらへ向かって全力疾走してくる。
「おっ! やってるやってる!……善戦しているみたいね!」
ジュメイラが楽しそうにそう言って身を乗り出すと、その隣でエルミラが、ワイングラスを回しながら嬉々とした表情で呟いた。
「どれ、これを飲み干したら、相手をしてやるとするかのう……」





