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アンニハヤトゥ  作者: 北条ユキカゲ
第二章 ワディシャーム狂想曲
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暇頂戴せし候へば

 イェシェダワから「盾」になる事を拒否されたドゥルマが、ジュメイラ達のもとへ修行をつけてくれと頼み込んできた。ドゥルマのその意外な行動に驚くジュメイラとジュベラーリ。一方その頃、イェシェダワのもとに思いもよらない知らせが届く……

「頼む! この通りだ!」



 必死に懇願するその姿は、荒々しい風貌と、一番最初に受けたあの飄々とした印象からはとても想像出来ない、思っていた人物像とは大きく掛け離れたものだった。


 イェシェダワと一緒に話している時もそうだったが、このドゥルマという男は、どちらかと言うと物事に対してあまり熱くならない様な、そんな冷めた感じをしていたので、とても情熱的という印象は無かった。


 それだけに、先入観とは真逆の情熱に満ちたドゥルマの行動は、先ほどイェシェダワから聞かされた、ドゥルマが可愛い物好きだという事実と同じくらいに衝撃的だった。


 ジュベラーリがドゥルマの傍に腰を下ろし、ドゥルマの肩に手を当てて優しく声を掛ける。



「分かったわドゥルマさん、私たちに出来る事なら協力するから、だから、ね? 顔をあげて?」


「い、良いのか⁉」



 ジュベラーリの言葉でようやく顔をあげると、ドゥルマは黙ったまま、喜びと驚きが入り混じったような表情で二人の顔を見る。


「ウソなんか言わないわよ! だからほら! 早く立って!」と、ジュメイラがドゥルマの腕を抱えて引っ張り起こすと、ドゥルマはジュメイラの手をぎゅうっと握って「ありがとう! 本当にありがとう!」と涙目になって喜んだ。


 その見た目からの粗暴な雰囲気と、今この瞬間の様子とのギャップ、そして可愛い物好きという事が加わり、二人は何とも言えない好感を覚えた。



「もう! そんな顔しないで! 折角の男前が台無しよ?」


「あ、いやあ、すまねえ……」



 苦笑いするジュメイラに、ドゥルマはそう言って恥ずかしそうに俯いた。


 この時には、ジュベラーリにはもう大凡の事が予想出来ていた。


 きっとドゥルマは、今より少しでも強くなって、イェシェダワの力になりたいのだと。それはわざわざ言葉で聞かなくても、その様子から十分に窺い知る事が出来た。


 そして恐らくは、ドゥルマはイェシェダワを愛しているのだという事も、ドゥルマのその真剣な眼差しから、しっかりと伝わって来ていた。


 そう思いながらジュメイラの方を見ると、ジュメイラもそれを分かっているという目で、優しく微笑んで小さく頷く。

 


「でもドゥルマさん? 私たちは良いのだけど、ドゥルマさん副総長でしょ? そんな、修行なんてする時間あるの?」



────きっとこの事はイェシェダワは知らない。ジュメイラはそう直感したが、それは口にせず、ジュベラーリに目をやりつつそう尋ねる。



「ああ! それなら大丈夫だから、心配しないでくれ、ただ……」



 笑顔を少し曇らせてそう言葉に詰まるドゥルマを見て、ジュメイラとジュベラーリは目線だけ合わせて、やっぱりね、という顔をする。



「イェシェダワには言って来てないのね?」



 ジュベラーリのその問いかけに、ドゥルマは一瞬口籠ったかと思うと、ふっと顔を上げ、意を決した真剣な表情で、堰を切ったように想いの丈を吐き出した。



「俺は何としてもイェシェダワを守りたい。だがあいつの言うように、俺の力ではあいつを守ってやるどころか、足を引っ張っちまうのが関の山だ……だから、今より少しでも力を付けて、あいつの負担を減らしたいと思っている……こんな事をあいつに言ったところで、よし分かったなんて、言うわけがないからな」


「それで、黙って出て来ちゃったの?」


「ああ……それに、こんなにむきになってるのを、見られたくなかったんだ……」



 ドゥルマは頭を掻きながら、照れくさそうにそう言って視線を逸らす。



「私たちは協力を惜しまないわ。でも、修行をしたからと言って、一朝一夕でそんなに極端に強くなるわけではない……」



 少し厳しい言い方になってしまうと気が引けたが、伝えなければならないと思い、ジュベラーリがはっきりとそう告げると、ドゥルマは「ああ、分かってる、だが、じっとしていられないんだ」と、真っ直ぐな眼でジュベラーリを見つめ返す。


 イェシェダワの為に命を捨てる覚悟が、その眼から伝わる。見返りを求めないイェシェダワへの無償の愛が、確かにその眼の中に宿っていた。



「……分かったわ。一緒に来て」



 そう言うジュベラーリの視線の先には、淡く色づき始めた陽を受ける揺蕩いし叢雲が、清涼と澄み渡る初夏の蒼天で柔らかい光を放っていた。




────────────────────




 西に傾き始めた陽射しが、風に揺れるフリルのカーテンを通り抜けて仄かな影を映し出す。


 白で統一されているはずの部屋は、カーテンから洩れた光に照らされて、承和色(そがいろ)に染め上げている。


 イェシェダワは、その柔らかな光に包まれた部屋の中で、一人自問自答を繰り返していた。



────これで良かったんだ、死ぬなら私一人で死ねば良い、ドゥルマを死なせるわけにはいかない。でも、ドゥルマにひどい事を言ってしまった、傷つけてしまった、だけどそうでもしなけば、ドゥルマは私を守ろうとするから、だから………



 ぼんやりと定まらない視線のまま、頭の中で同じ考えを繰り返しているうちに、別の疑問が膨らみ始める。



────どうして私は、こんなにもドゥルマの事を気にしているのだろう……?



 その答えを知っている気がするが、それであるはずが無いと頑なに信じる。


 少なくともドゥルマが、自分に対して特別な感情を持ってくれているという事は分かっていた。戦いの中にあれば、それは疑いようの無い形で現れる。ドゥルマがその命を惜しまず、自分を守ろうとする姿を何度も見ていた。


 そういう行動に対する感謝はある。しかしそれは感謝の気持ちであって、それ以外ではない。


 そうだ、自分はそのドゥルマに感謝しているからこそ、そのドゥルマを危機に晒すことは出来ないと思っているのだ。


 ここまで考えて、自分なりに納得の行く結論に辿り着いたイェシェダワは、さっきよりも少し眩しく差し込む陽射しに目を向けた。


 その視線の先には、ドゥルマが勝手に取り付けた白いフリルのカーテンが、穏やかに吹き込む風に微かに揺れている。


 その時は疎ましいとすら感じていた、カーテンを取り付けながら笑うドゥルマの顔を思い出して、ほんの一瞬口元が綻む。


 しかしすぐに、ついさっき自分の放った『足手まとい』という言葉に愕然とするドゥルマの顔を思い出し、チクリと何かが胸を刺した。


 ゆっくりと窓際へと歩いて行き、フリルのカーテンにそっと触れる。



─────きっと明日には、またあの疎ましい笑顔で戻ってくるから、大丈夫……



 イェシェダワはそう思いながら、次第に強くなる西陽に目を細めて窓の外に視線を向ける。すると、出口へと向かうジュメイラとジュベラーリ、そしてドゥルマの姿が見えた。


 その姿が目に入った瞬間、一瞬ドキッとしたが、ただの見送りだろうと自分を納得させる。



─────お二人を正門まで見送りに行っているだけだ……



 そう自分に言い聞かせつつ、三人の姿を眼で追っていると、どうもドゥルマの様子がいつもと違う。


 普段はダラーっとしてやる気のなさそうなドゥルマが、何やら大きな身振り手振りで、やけに元気そうに見える。



─────アイツ……何をあんなに楽しそうに……美人二人に舞い上がっているのか……⁉︎



 言い知れぬ怒りが込み上げる。

 次の瞬間、怒っている自分にハッと気付いたイェシェダワは、どうして自分がそんな事に腹を立てているのかを冷静になって分析する。



─────私が怒っているのは……そうだ! 私が怒っているのは、折角心配してやっているのに、アイツは全然元気で、その上美女にうつつを抜かしているから頭にきたんだ! そうだ! なんだ、心配して損した!



 ようやく自分自身を納得させる理由を見つけて、ホッとした笑顔を浮かべたのも束の間、その笑顔は徐々に戸惑いの表情へと変わる。


 三人は門を出ると馬車へと乗り込み、そのまま何処かへ行ってしまった。



─────え⁉……アイツ……アイツどこ行ってんの………⁉︎



 その時、ドンドンドンとドアを叩く音と共に、「イェシェダワ様! 第三騎士団のリッガ・ルグレアです! 緊急です!」と声が聞こえた。


 イェシェダワは遠ざかって行く馬車に眼を留めつつ、「あ、ああ、入れ……」と上の空でそう言うと、部屋へと飛び込んで来たルグレアが一枚の紙の切れ端の様な物を差し出した。



「ドゥルマ様のお部屋へ書類を届けに行きましたところ、机の上にこれが……!」



 その紙には、達筆な文字で大きくこう書かれていた。




「暇を頂戴せし候ふ

        ドゥルマ」

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