二人の思い
国防軍本部前で騎士たちに認めてもらうためにその圧倒的な力を見せつけたジュベラーリ。その力に納得した国防軍総長イェシェダワと今後の計画について話していくうち、事態は思わぬ展開に……
ん? ああ、ドゥルマは俺の事だが……
え? さっきの見たかって?
ああ、勿論見てたよ! 俺はビビったぜ正直、あの綺麗な姉さん、ジュベラーリって言ったか……あれ、人なのかなぁ……?
いやぁ、あれはもう人の成せる技じゃねえよマジで、人智を超えてるってやつだ、もしかしてもう一人のジュメイラって娘も、あんなのなんかねえ……
俺も結構やる方だけどよ、アレは真似できねえな、流石のイェシェもかなり驚いてたみてえだったもんな! ははは!
え? イェシェも【英雄如来三尊】だから強いのかって?
ああ、そりゃ勿論強いさ! もっとも、あのジュベラーリってエロい姉さんほどではねえけどよ、おっと、ついエロいなんて言っちまったぜ……まあでもよ、俺からしてみたら、イェシェもあのジュベラーリの姉さんも、似た様なもんなんだけどな……
おっと……あー! わかったよ直ぐ行く!……さて、イェシェ様がお呼びだ。じゃあ、またな!
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部屋の側面に並ぶ大きな窓に、白いフリルのついたカーテンが掛けられている。その窓から差し込む柔らかな光が、国防軍本部の総長室というにはあまりにも可愛らしいその部屋の中を、より一層可愛らしく輝かせていた。
「わぁ……可愛い! 私、国防軍本部だなんて言うから、もっと厳めしい場所を想像していたわ!」
ジュメイラが目を輝かせてその部屋の中を見渡してると、イェシェダワがくすっと笑って答える。
「こちらこそ、大賢者殿の屈強な使徒が来られると聞いていたので、お二人がいらしたときには正直、目を疑いました」
「だけど、貴女こそ、【英雄如来三尊】だとは思えないお姿をされていますわよ」
ジュベラーリはそう言ってイェシェダワに微笑みかけた。
イェシェダワは白銀の鎧こそ纏ってるものの、細身の体つきで背も然程高くはなく、英雄と言われなければ、何処かの国の姫君かと思わせる様な高貴さがあった。
淡い金色の巻き髪に囲まれるその顔立ちは、美しいながらもどこか少女の様なあどけなさを残す、大人びた美少女といった雰囲気をしている。
「ねえ、イェシェダワさん? このお部屋って、イェシェダワさんが設えたの?」
ジュベラーリがそう尋ねると、イェシェダワは言葉の詰まりながら「あっ……いえ、実はこれは……あいつが……」とだけ答えて俯いた。
「あいつって?」
恥ずかしそうな様子で俯いて言葉を詰まらせるイェシェダワにジュメイラがそう尋ねると、ドタドタと騒々しくドゥルマが部屋へ飛び込んで来た。
「おう! 悪いな待たせちまって、なんか知らねえ奴に呼び止められちまってよ……ん? どうした?」
遅れて部屋へと入って来たドゥルマに三人が注目する。そして、イェシェダワがじっとドゥルマの方を見て、「コイツなんです」とボソッと言った。
「えーーーー⁉︎」
ジュメイラとジュベラーリが思わず声を合わせた。
「え?……俺⁉……何が……⁉」
頬に仰々しい大きな傷を持つワイルドな風貌のドゥルマが、不思議そうな様子でジュメイラとジュベラーリの顔を見る。
「ドゥルマ! またお前のせいで、私が変な疑いをかけられたぞ!」
イェシェダワが不機嫌そうにそう言うと、ドゥルマは恥ずかしげもなく胸を張って答える。
「ああ、この部屋の事だな? 何言ってるんだ! お前にはこういうのが良く似合うんだよ! ほら、どこからどう見てもお前にピッタリの部屋じゃないか!」
「うるさい! 黙れ!…………そう言う事です、これは決して私の趣味ではありません……」
イェシェダワは恥ずかしそうに俯いたまま小さな声でそう言うと、「そ、そんな事より、今後の方針についてお話を進めてまいりましょう! さあ、こちらの席へ!」と話をすり替えた。
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一同は席に着いて、各自の役割や方針についてしばらく話す。
そして、一通り話終わると、イェシェダワがこう続けた。
「我々の最大の任は、あらゆる脅威からこのワディシャームを守る事にあります。その為、基本的には今申し上げた様に、ワディシャーム周辺に軍を配置し、その防衛にあたるのですが、今回私自身は、最前線に赴こうと考えております」
「最前線に?」
イェシェダワの言葉に、ジュベラーリがそう訊き返す。
「はい。私は軍総長ではありますが、実際の軍の指揮は総司令官が取り仕切ります。それに、お二人がそれに加わり防衛に専念してくださるのであれば、ここの守りは万全。であれば私は、【英雄如来三尊】として最前線で戦うべきであると考えているのです」
「最前線か……よし、俺もお前について行くぜ!」
ドゥルマがそう言ってイェシェダワの方へと身を乗り出すと、イェシェダワが間髪入れず強い口調でこう言った。
「お前はだめだ!」
「えぇ⁉」
イェシェダワにそう言われたドゥルマは、言葉無くイェシェダワを見つめる。
「……いや……だってお前……今までだってずっと一緒に戦って来たじゃないか……この前のレプティリアスが襲撃してきた時だって……」
「今回はあのトカゲどもとは訳が違う。あの聖法王国ナダールを一夜にして壊滅させたと言われる散りぬる陽なのだ。お前などでは命が幾つあっても足りぬ」
「くっ……」
イェシェダワのその正論に、ドゥルマは言葉を詰まらせる。すると、ジュベラーリが口を開いた。
「散りぬる陽より現れる忌み侍る陽炎と呼ばれる異形は多種多様……様々な攻撃手段を用いるそれらが大群で押し寄せてきます、並みの人間ではとても太刀打ち出来ません。そして、たとえ【英雄】と呼ばれるあなた方であっても、無事では済まないでしょう……そして時には、山のように巨大な異形が出現する事もある……」
ジュベラーリの話に全員が黙り込み、ジュメイラは、────なにその巨大な異形って、超ヤバイじゃん。と思ったが、ジュメイラは基本的に危機感というものを知らない。
「だっ、だからこそ! この俺がお前の盾になって……」
「お前の盾など要らぬ! 足手まといなのだ!」
「足手まとい……」
沈黙が訪れる。
開け放たれていた窓から、初夏の若草の香りを乗せた風が部屋へと入り込み、イェシェダワの為にドゥルマが取り付けたであろうフリルのカーテンをふわりふわりとたなびかせる。
「ジュベラーリ殿、ジュメイラ殿、話は以上です。ドゥルマ、お前は後衛についてワディシャームの守りを固めろ。いいな!」
イェシェダワはそう言い残すと、ドゥルマの方を見ないまま、足早に部屋を出て行ってしまった。
落胆した表情で俯くドゥルマの手に、風に揺らめくフリルのカーテンが届く。そしてそれは、まるでドゥルマを慰めるかのように、その手に優しく触れていた。
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「な―んか……あのドゥルマさん、可哀想だったね」
「そうね……でも私、思ったんだけど、イェシェダワは、彼を危険な目に合わせたくなかったんじゃないかしら?」
「あ―! 私もそれ思った!」
ジュメイラとジュベラーリは、国防軍本部の敷地内を歩きながら、先ほどのイェシェダワとドゥルマについて、あれこれと詮索していた。
「彼女の判断は間違っていないと思うわ……忌み侍る陽炎と戦闘になった場合、いくらドゥルマが英雄と謳われる強者であっても、命の保証なんてない。だから、彼よりも強い自分が前線へと出て、彼に危険が及ばないようにする気なのよ……」
「じゃあ、あの足手まといっていうのは、言い訳?」
「多分ね、彼を突き放すための口実じゃないかしら」
そこまで話すと二人は立ち止まり、顔を見合わせる。
「……愛ね」
「愛だわ……」
二人が瞭然とした表情で頷くと、向こうの方から誰かが手を振って走って来るのが見えた。
「……あれ?……あれって、ドゥルマさんじゃない?」
「あら、本当だわ……どうしたのかしら?」
何やら荷物を抱えたドゥルマはジュメイラたちの方へ向かって全力疾走してくると、そのままの勢いで二人の前に滑り込み、いきなり両手をついて頭を下げた。
「ジュベラーリの姉さん! どうか俺に、修行を付けてくれ!」
「……えぇ⁉」
ジュメイラとジュベラーリは、足元で這いつくばるドゥルマをポカンとした表情でしばらく見た後、二人で顔を見合わせて声を揃えた。
「愛……ね」