それぞれの力!
ワディシャーム城での面会で状況を確認したセルシアスは、散りぬる陽対策の計画を立て、準備を開始した。セルシアスと二人で結界の展開に取り掛かったラシディアは、二人きりになれて大興奮。そしてそれと同じころ、ジュメイラとジュベラーリは、ワディシャーム国防軍本部へと向かっていた。
「セルシアス様!これで良いですか⁉」
「ああ、上手だ、素晴らしいよラシディア」
セルシアスに褒められたラシディアが、これ以上ないという程の笑顔で飛び上がらんばかりに喜ぶ。
先日の女王との面会の後、詳しい状況を確認したセルシアスによって今後の計画が立てられ、それぞれが役割についた。
ジュメイラとジュベラーリはワディシャーム国防軍の本部へ、ナドアルシヴァとメイダーンは前線の守備隊に合流し、バルシャは揺蕩いし叢雲に残って、エルミラとリサイリのお守をする事になった。
そしてラシディアとセルシアスの二人は、ワディシャーム城の中庭において、守護の結界『阿久戸妙の陣』の展開に取り掛かっていた。
────むふふふ…二人っきり!……たーのしーい!
様々な色形の光り輝く魔法陣が、無数に宙を漂っている。その魔法陣を見上ながらラシディアは心の中でそう叫んで、堪え切れない喜びに顔を綻ばせたかと思うと、一転して真剣な表情で目をつぶり、両手を胸に当てて集中し始める。
「慰むる 恋ふる我の衣手に 隠らむ今も 君を思ひて……」
ラシディアがそう言霊を唱えて両手を広げると、ラシディアの周囲がぼんやりと光る。そしてその光は、ゆっくりと細い糸となって揺らめきながら宙を舞い、少しずつ繋がって美しく輝く魔法陣に姿を変えた。
そうして空中へと放たれた魔法陣は虹色に輝きながら頭上を漂い、他の魔法陣と一緒に、吸い寄せられるようにセルシアスの方に集まっていく。
「よし、もう良いだろう。ではラシディア、こちらに来てくれ」
ラシディアは空中で渦を巻き始めた魔法陣の、その中心に立つセルシアスのもとへと駆け寄ると、「ラシディア、両手を出して」とセルシアスが両手を差し出す。
ラシディアは緊張した面持ちでセルシアスの手を取った。
────にゃっほほーー!手繋いじゃったー!ウホウホー!
ラシディアが黙ったまま、正気を失わんばかりに興奮していると、突然ふっと、周囲一面が真っ白になった。
────にゃも⁉︎これが!これがあのうわさに聞く、頭が真っ白になるというあれなのか!何だか本当に周りが白く見えるう、ウッフフフフ……
「……ラシディア?……ラシディア……?」
「はっ!……あ……あれ……?」
にやけた顔で繋いだ手を見つめ恍惚感に浸っていたラシディアは、セルシアスの声で正気を取り戻し、ここでようやく異変に気付く。
「大丈夫かいラシディア?」
「え⁉……あ、はい……あれ?……本当に真っ白だ……」
果てしなく続く純白の世界。そこには何もなく、ただ、頭上をゆっくりと漂う無数の魔法陣が、両手を繋ぐセルシアスとラシディアを柔らかな光で照らしている。
「セルシアス様……これ……ここは……?」
「驚かせてしまったね……ここは『天つ白妙』と言って、私たちの生きているこの現し世と重なって存在する世界、単純に言うと、世界に存在する光だけの部分、という感じかな。」
「……光だけの、部分……」
と、考えているように見せかけているが、セルシアスと手を繋いだまま、さらにセルシアスに至近距離で見つめられてしまっているラシディアの頭の中こそ真っ白なので、実は全く何も考えていない。
そしてラシディアは、「えへへ……む、むずかしいですねぇ……」と笑って誤魔化すと、にやけ顔でセルシアスを見上げる。そんなラシディアにセルシアスは「ははは、ラシディアは面白いね」と言って微笑み、ゆっくりと手を離した。
「ここに阿久戸妙の陣を展開し、この周囲一帯を散ぬる陽ごと包み込む。そうする事で、散ぬる陽より生ずる忌み侍る陽炎を封じる事が出来る。ラシディア、もう少し君の力を借りるよ」
「はっ、はい!何でもお申し付けください!」
繋いでいた手を離したラシディアは、それでやっと正気に戻り、少し残念……と思いつつも、セルシアスから必要とされている事を改めて感じ、ふつふつと込み上げる喜びを噛み締めていた。
こうしてラシディアがセルシアスと共に結界の準備を進めている頃、ワディシャーム国防軍本部は俄かにざわめきだっていた。
「イェシェ……大賢者の使徒ってのが来たみたいだぜ」
国防軍本部の正面玄関で、左頬に大きな傷を持つ一人の騎士が、無精ひげを触りながらそう言うと、イェシェと呼ばれた女騎士が「……あの方々が、大賢者の使徒……」と静かに呟いた。
大きな雲がゆっくりと流れる清々しい夏空の下、正門から玄関にかけて真っ直ぐに伸びる石畳の道の両脇に、大勢の騎士たちが整列している。その間を、騎士たちの注目を浴びながらジュメイラとジュベラーリがゆっくりと進む。
そして二人がイェシェの前まで来ると、イェシェが口を開いた。
「大賢者セルシアスの使徒よ、此度の救援、心より感謝申し上げる。私は国防軍総長、英雄如来三尊の一人、ナツォク・オ・イェシェダワ。そしてこれが……」
「副総長のターラー・ドゥルマだ。ドゥルマでいいぜ。俺も三尊の一人だ」と、イェシェダワの話している途中で、ドゥルマが無精ひげを擦りながら、ニヒルな笑みを浮かべる。
「このような盛大なお出迎え、誠に痛み入ります。私はジュベラーリ、そしてこちらがジュメイラ」
「初めまして!イェシェダワさん!ドゥルマさん!よろしくね!」
イェシェダワは、妖艶なジュベラーリと快活なジュメイラ、二人の絶世の美女を前にして一瞬戸惑った様な表情を見せたが、直ぐに平静な口振りで「では、どうぞ中へ」と二人を招き入れる。
するとジュベラーリがすかさず口を開いた。
「驚かせるつもりはないのだけれど、皆さまに見て頂きたいものがあるの」
「見て頂きたいもの……?」
そう言うイェシェダワの返答を待たずに、ジュベラーリは騎士たちの整列するその中央へと戻っていくと、そこにいる全員が注目する中、両腕をゆっくりと広げる。
静寂に包まれる中、その広げたジュベラーリの両腕に、稲妻の様な光がゆっくりと、ビリビリと音を立てながら漂い始め、その音と光が大きくなるにつれて、ジュベラーリの両手に、稲妻を纏った半透明の大剣が姿を現した。
その尋常ならざる光景に、そこにいる誰もが言葉を失う。
ジジッジジジッという音と共に稲妻を迸るその大剣は、ジュベラーリの身の丈の優に倍はあろうかという程に巨大で、その刀身は、半透明ながらもうっすらと瑠璃色に輝いている。
「見て頂きたいものは、これだけではないの。良く、ご覧になって。」
驚愕の眼差しでその様子を見つめるイェシェダワにジュベラーリはそう言うと、片方の大剣を空へ向かって突き上げた。
耳をつんざく程の轟音と共に、その大剣から空へと向かって一閃の光が迸る。
一瞬の出来事だった。
全員がゆっくりと、その大剣の向けられた空を見上げる。
そして、その空へと向けられた瞳に映ったのは、一片の雲もない、何処までも透き通る青空だった。
「雲が……全て消し飛んだ……」
イェシェダワはそれだけ呟くと、言葉を失った。
「こうして見て頂いた方が早いの、そうでもしないと、女というだけで認めて貰えないものだから…でもこれで、私たちの力が信用に足る物だって、お分かり頂けたでしょ?」
「は……はい……ほ、本当に……」
この世の物とは思えない大剣を携え、慈しみ溢れる美しい笑顔でそう言うジュベラーリに、イェシェダワはそれしか言葉が見つからなかった。