開かれた扉!
美しい義姉ジュメイラに連れられ、薬を売りに街へ来ていたラシディアは、その賑やかな街の喧騒に圧倒されつつどうにか目的の店にたどり着く。そしてそこでラシディアを待っていたのは、見た事も無いような異様な風貌の人物だった!
軽く眩暈がした。
喧騒という言葉をそのまま具現化したかのような光景から、無意識に視線を遠ざける。
そうして逃れる様に送った視線の先には、背の高い白壁の建物が通りを挟んで向かい合わせに立ち並んでいて、その建物によって遠くへと追いやられたこの交易都市ウムスキームの空は、自分の知っている空よりもずっと小さく見えていた。
「ほら! ここがこの街の中心、アルワスル広場よ! いつもこんな感じでごった返しているから、はぐれないように気を付け……って、あれっ?……またいない! どこ行った⁉︎」
ジュメイラが振り返ると、ついさっきまで後ろをついてきていたラシディアの姿が何処にもない。
「ああぁ……あの子ったら……何処行っちゃったの……?」
ジュメイラは思わずそう言葉を洩らし、激しく行き交う人の波に目を凝らす。
実はこのウムスキームの街へ入った時も、ラシディアはこうしてはぐれていたので、ジュメイラも気にはしていたのだが、まさかこんなに直ぐに居なくなるとは思っていなかった。
人の波を掻き分け、慌てて今来た道を戻ると、少し離れた広場の端の方で、呆然と空を見上げて立ち尽くすラシディアの姿を見つけた。
「あ! いた! なんであんな所に……ラシディア! あんたちょっと大丈夫⁉︎ 空なんか見上げて」
「あぁ……ジュメイラ……良かった……ど、どうしようかと思っちゃった……」
駆け寄って来るジュメイラを見たラシディアが、安堵の表情を浮かべてそう言うと、「でも良かった、見つかって」と、ジュメイラが少し呆れた顔で笑った。
元々だいぶおっとりしているせいもあるが、人よりも牛やら羊やらの方が多いような山間の村で生まれ育ったラシディアは、初めて訪れる大都会ウムスキームの、大勢の人で溢れかえる様子に圧倒され、驚きのあまり動けなくなっていた。
「まあ、これだけ混雑していれば無理もないか。でもあと少しだから!」
少し小柄で、歳の割に幼く見えるラシディアが、怯えた様子で自分の背丈より高い錫杖に両手でしがみつく様は可哀想に思えるほどだったが、ジュメイラはそう言ってラシディアを励ます。
「…う、うん、私、が、頑張るわ!」
意を決したラシディアはジュメイラの後について恐る恐るその雑踏の中へと入って行った。
この日二人は、特殊な素材で拵えた特製の魔法薬を売るために、このウムスキームまで来ていた。
普段はジュメイラが一人でウムスキームまで売りに来て、ラシディアは作るだけだったのだが、この日は後学のためにと、ジュメイラが半ば無理やりラシディアを街へと連れ出したのだった。
忙しく行き交う人ごみの中を、熱いナイフがバターを切り裂くように、ジュメイラがするすると進んでゆく。その後をラシディアが必死に追いかける。
しばらく進んで少し開けた場所へと出ると、ジュメイラが「ほら、この店だよ!」と、そこにある豪華な建物を指差した。
「こ……これ……⁉︎」
ラシディアはその建物を見上げて言葉を失う。
いつも魔法薬を買い取ってもらっているというその店は、ラシディアの想像とはだいぶ違っていた。
ある程度大きな店であるとは思っていたが、まさかこれ程までに立派な店だとは思ってもいなかった。
背の高い鉄柵と美しい庭園に囲まれたその白亜の建物は、金の装飾をあしらった幾本もの螺旋状の柱に支えられ、まるで貴族の宮殿の様であった。
口を開けて唖然としていたラシディアは、トコトコと進んで行ってしまうジュメイラを慌てて追いかけ『魔導具専門店イザベラズアイディアル』と書かれた門をくぐる。
良く剪定された庭木に目をとられながら、青々と美しい庭園を両断する石畳を進んで行くと、玄関先では美女を模った見事な彫刻を備えた噴水が、初夏の陽射しに煌めいて薄らと虹を描いている。
ラシディアの背丈の倍はあろうかと言うほど大きな、白く艶めく両開きの扉の前まで行くと、扉が二人を迎え入れる様にひとりでに開き、ラシディアはジュメイラの後に続いて、物珍しそうにきょろきょろしながら店の中へと入って行く。
大きな窓から差し込む陽射しが、白で統一された店内を明るく輝かせ、磨き上げられた床に眩しく反射している。
壁に掛けられた幾つもの大きな絵画、そこ此処に置かれた彫刻や甲冑など、見事な美術品たちがその空間をより高貴に彩っていた。
「す、すごいお店だね……て言うか、何のお店なのこれ?……こんなところに売ってたんだ、あたしたちの薬……」
「そりゃそうよ、普通の店じゃあ、私たちの薬は手に余って買い取れやしないのよ。あっそうだ、これ言っとかなくちゃ! この店の店主なんだけど、ちょっとね、アレなのよ……」
ジュメイラがそこまで話したところで、店の奥から「あらジュメイラ」と声がした。
声のする方へ視線を向けると、上品な調度品で設えられた一角に、これ以上出来ないという程の厚化粧をし、眩しい程に煌びやかな金色のドレスで着飾った筋骨隆々の男が、そのチューリップのような唇を歪ませニヤリと笑っている。
「こんにちはイザベラ! 持ってきたよ!」
笑顔で手を振るジュメイラの隣で、ラシディアはごくりと唾を飲み、持っていた錫杖を両手で握り締めた。