「ぽ」って何⁉
『北限の幻』と謳われる絶世の美女、ルファー女王との面会の場に同席したラシディアとジュメイラ。各首長国の首長たちも顔を揃える重々しい雰囲気の中、二人は思っても見なかった耐え難い試練に直面する……!
無数のクリスタルを実らせる大きなシャンデリアが、窓から差し込む陽の光を反射して、きらきらと輝いている。
両脇の壁には、このラス=ウル=ハイマ首長国を構成するそれぞれの国の旗が掲げられていて、その旗の下に、各首長国の首長や大臣が真っ直ぐと並んでいる。
その列の先、部屋の正面全体を覆い尽くす巨大なステンドクラスを背にした白く輝く玉座に、ルファー女王はいた。
「大賢者セルシアス殿。此度はよくぞ我らの呼びかけに応えてくださいました。ラス=ウル=ハイマ首長国を統べる者として、深く感謝いたします」
ルファー女王はそう言って玉座を立つと、部屋の中央に用意された重厚な長テーブルの前へと歩いて行く。
そして「どうぞこちらへ」と言って席に着くと、それと対面して、セルシアスが席に着いた。
部屋の両脇に並んでいた偉そうな面々がそれに合わせて席へと着くと、ラシディアが「私たちも座っていいのかな?」と小声でジュメイラに訊き、ジュメイラが「いいよね?座っちゃえ!」と言って、二人も席に座る。
そんな中、メイダーンだけはただ一人立ったまま、正に凍り付いたように微動だにせず、じっとルファー女王を見つめている。当然、そのメイダーンに周囲の視線が集まる。
「メイダーンさん⁉︎……ちょっとメイダーンさん⁉︎」
それに気付いたラシディアが、小声でメイダーンにそう言うと、メイダーンは「……はっ!……あ、ああ……」と言ってようやく席に着いた。するとジュメイラが隣に座るラシディアの方へと体を傾け、ささやき声で「噂は本当だったわね!」と言って忍び笑いを洩らす。
穏やかな笑みを浮かべながらその様子を見ていたルファー女王は、メイダーンが座ったのを見届けると、セルシアスの方を向いて話し始めた。
「では早速、此度の要件について改めてお話します。知っての通り、我が領内の北端、クムザール海の沖合に、散りぬる陽が出現いたしました。幸いまだ被害は出ておりませんが、我が国の平和を脅かす脅威であることに変わりはございませません。大賢者セルシアス殿は、その法力を以てして、他国をその脅威から守っておられるとの事、そのお力で、我が国を守って頂きたいのです」
ルファー女王の凛とした声が部屋に響く。その声に答えようとセルシアスが口を開こうとした瞬間、セルシアスの隣に座っていたエルミラが椅子の上に飛び乗った。
「女王よ!我らがお前の国を守って、我らに一体何の得が……」
エルミラがいつもの様に、腰に手を当てながらふんぞり返ってそこまで言うと、セルシアスが無言でエルミラを椅子から下して座らせ、「はい、これをお読みになって、少し大人しくしていてください」と、エルミラに絵本を渡す。
それを横で見ていたリサイリが「わあ、新しいやつだ」と絵本を覗き込むと、エルミラは意外そうな表情で「なんじゃ?リサイリはまだ読んでおらなんだか?どれ、我が読んでやろう」と本を広げ、二人で大人しく読み始めた。
それを見ていたラシディアとジュメイラは、───そういう手もあるのか……と感心する。
少し驚いた様子の女王に、セルシアスが「女王よ、失礼した」と、話を続けようとした瞬間、今度は立派な髭を蓄えたいかにも偉そうな老人がテーブルをばんっと叩いて立ち上がった。
「ななな何なんじゃ一体この者共は!女王よ!わしは認めませぬぞ!この様な訳の分からん輩に援けを乞うなど、ラス=ウル=ハイマの恥じゃ!」
バブアルバハルの首長、ジャジラ・アル・ハムラ王がそう言うと、それに賛同したミーナラーブの首長、ナサエム・カハト・マジッドが続く。
「その通りですぞ女王!こんな若造の力なぞ借りずとも、あんな物、わしらが蹴散らしてくれるわ!」
二人は、そう言ってセルシアスを睨み付ける。すると、ルファー女王が静かに口を開いた。
「お二人とも、おやめなさい。失礼ですよ」
二人は女王にそう言われると、今度は女王を睨み付けて怒鳴り出す。
「女王よ!わしらを一体何だと思うとる!わしらに相談も無しに勝手に一人で決めた揚句、こんな訳の分からん輩を呼び出しおって!」
「何事も首長全員で話し合って決める!これが、首長国の有り方ではないのか!」
怒涛のように騒ぎ立てる二人に、ルファー女王はしばし口を噤んだかと思うと、今度は女王が勢いよくテーブルを叩いて立ち上がった。
「やめろっつってんのが分からねえのかこのクソジジイども!わしらを何だと思うとるだと⁉ただのぼけ老人だとしか思ってねえわボケが!いいからさっさと座りやがれ!面倒かけさせやがって!」
ルファー女王のドスの利いた怒号に、騒いでいたジジイ二人はへなへなと座り、他のジジイたちはテーブルを見つめて小さくなる。
ラシディアたちは目を丸くして、流石のセルシアスもちょっと笑い、ルファー女王の隣に控えるエルゲイネスが「女王」と一言だけ発した。
「……コホン……セルシアス殿、ご心配なさらずとも、我らは満場一致でそなたのお力添えを期待しております。どうか、この国を守って頂きたい」
一転して上品な方に戻ったルファー女王がそう言うと、そこにいる全員が、本当か?と思う中、セルシアスは「勿論、全力を尽くして、この国をお守りします」と、少し笑いながらそう言った。
そうしてようやく、セルシアスが今後の対策などについて話し始めると、ジュメイラがラシディアにこそこそと話しかけた。
「ねえねえ、ちょっとあれ見て、さっき怒られたおじいちゃんたち……」
ジュメイラにそう言われて、ラシディアは、さっきルファー女王に怒られたハムラ王とマジッド王の方に目をやると、その二人は何やら、にやにやした顔でもじもじとしている。
「……なんかあれ……喜んでない?」
ジュメイラは笑いを押し殺しながらそう言い、ラシディアも「……あれは……あれは喜んでるね……」と言いながら笑いを堪えた。
そうしている内にセルシアスの説明が終わり、再びルファー女王が口を開く。
「では、セルシアス殿、詳しい状況について、担当の者よりご説明申し上げる。ヒポポテスよ、これへ」
すると、強面の大男が立ち上がり、説明を始めた。
「では、散りぬる陽が出現してからこれまでの経過観測と現状について、説明するぽ」
その言葉を聞いて、ジュメイラが「ぶっ」と吹き出す。
ラシディアが、「ちょっとジュメイラ!だめよ!」と小声で言うと、ジュメイラが「……だって……今……最後に「ぽ」って言わなかった……?」と、ぎゅっと握った拳で口を抑えて下を向き、必死に笑いを堪えながら答える。
「……何なの「ぽ」って……あの顔で……ヒポポテスで……「ぽ」って……ああ、もうダメ、もう耐えらんない……」
ジュメイラはそう言って、下を向いたまま肩を震わせる。
「確かに!ぽって言ったかもしれないけど!だめよ笑っちゃ!」
ラシディアはヒポポテスに目を向けながら、ジュメイラの方へ体を寄せて小声で注意する。
「……であるからして、現時点では、大きな変化は見られないぽー」
「ぷぷっ!」
「もう!ジュメイラ!」
笑いを堪え切れないジュメイラに、ラシディアがひそひそ声で真面目に注意するが、こうなるとジュメイラはもう止まらない。
「……だって……また……あの人また……「ぽ」って……「ぽ」って……言ったぽ……」
「ぷーっ!」
ジュメイラのまさかの「ぽ」活用術に、ラシディアも思わず吹き出す。
「……やめて……やめてよジュメイラ……笑わさないで……ぷぷ!」
「……もう……なんなのココさっきから……」
こうしてラシディアとジュメイラは、このまま最後まで笑いを堪え続けたのだった。