第一回夜な夜な鬼ごっこエルミラ杯 ついに開催!
鶏のから揚げに玉子焼き、魚の照り焼きにおにぎりと……後はそうだな……チーズと生ハム、ブレッドも持っていくか……おい、ジュベラーリ!ワインは赤だけでいいよな?……え⁉……白と、あとスパークリングも?……ああ分かった分かった……
ん?……何をそんなに張り切って準備してるのかって?ああ、これか?いやな、今日はこれから”第一回夜な夜な鬼ごっこエルミラ杯”をみんなで見に行くんだよ。なんでも、そのバルシャってのが、セルシアスが言うには結構見込みがあるみてえでよ……あ!セルシアス!お前何かほしいもんあるか?……え?漬物?おーそうだったそうだった!忘れてたぜ、
……じゃあま、そういう訳だからよ……おーい!ラシディア!ちょっと手伝ってくれ!
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”朝餉の間”と呼ばれる、朝食を取った部屋のその隣には、外に大きく開けた”昼御座”という部屋があり、その部屋の外、一段下がったところから草原が広がっている。空にはたわやかな月光を放つまんまるの月が、その周りにほのかな虹を浮かべて、夜空を濃い菫色に染め上げていた。
その”昼御座”の一番眺めの良い場所に、みんなと一緒に和気あいあいと”第一回夜な夜な鬼ごっこエルミラ杯”観戦ディナーの準備をしながら、ふとラシディアが月を見上げると、その菫色の空を照らす婉然たる月光を背に、何かの影が浮かんでいるのが見えた。
「……あれ……人が浮いてるように見えるんだけど……」
「え?……どこどこ?……あ!本当だ!」
ジュメイラはそう言ってラシディアの指差す方に目を凝らす。すると、その人のそれの様な影が、すーっとこちらへと近づいてきた。
「なんか……こっち向かって来てない?」
「……来てるね……来てるね!……来た来た来た!……何か来た!」
あっという間にラシディアたちの目の前までやって来た影を、月の光がじわりと照らす。
するとそこには、月光を受けて輝く長い黄金の髪を、まるで生き物のようにゆらゆらと宙に漂わせる、艶やかな美女の姿が浮かび上がった。
「……ど、どなたですか?」
ラシディアとジュメイラが、二人して首を傾げてそう声を揃える。
空中に浮いたまま妖艶な笑みを浮かべるその美女はふわりと二人に近づき、その血の様に赤い瞳で二人の顔を覗き込むと、満足そうな様子でこう言った。
「分からぬのか?」
「……え⁉……エルミラ様⁉」
「え⁉うそ⁉」
二人の驚いた様子を嬉しそうに見つめるその美女は、満面の笑みをこちらへ向けたまますーっと離れていくと、声高らかに笑いながら夜空を飛び回る。
「あーははははは!セルシアスよ、見てみよその二人の驚いた顔を、うふふふふ!……ああ楽しいのう!……楽しいのう!」
驚きのあまり言葉の出ない二人は、ただ黙って、美しく夜空を舞うエルミラの姿に瞳を奪われる。すると、その二人の後ろから、セルシアスが楽しげに声を掛けた。
「ははは、驚いたかい?あれがエルミラ様の真の姿だ。月夜の晩にだけ、こうして本当の姿になるんだ」
「あれが……エルミラ……月影の神っていうのも納得だわ……」
「綺麗……」
そう言葉を洩らしたラシディアは、ジュベラーリの時と同じように、───セルシアス様とどんな関係……と一瞬思ったが、だめだめ!そんな事考えたら!と自分を戒める。
「さあ、始めようぞ!鬼ごっこじゃ鬼ごっこじゃ!バルシャよ!もう良いぞ!我を捕まえてみよ!」
エルミラがそう言うと、遠くの方から全速力で走って来るバルシャの姿が見えた。
「あ!あれ!バルシャじゃない⁉ほらあそこ!」
「え⁉あ!本当だ!……でも…………何かに追われてない?」
よく見ると、全速力で走るバルシャの後ろに、巨大な何かが付いてきている。
「グォオオオオオォーーー‼」
「ぎゃーーーー‼」
その光景に、再び二人を言葉を失う。
「お!やってるなー!」
「あの子がバルシャね、バルシャー!がんばれー!」
ナドアルシヴァとジュベラーリが、ワイン片手にやって来て、楽しそうに声援を送る。
「あ……あの……バルシャを追いかけてる、あの大きいのって……何ですか?」
その光景を前に呆気にとられているラシディアの隣で、ジュメイラがそう尋ねると、ナドアルシヴァが遠くに目を凝らしながら答える。
「ん~……ありゃあ、あれか、アブルフェーダじゃねえか?……なあセルシアスよ」
「いや、あれはアブルウワファだね」
「違う違う!あれはロジェストヴェンスキーよ!」
「……は?」
セルシアスたちの言っている事が全く理解できず、ジュメイラとラシディアが再び首を傾げてそう声を揃える。すると、ジュベラーリが楽しそうに教えてくれた。
「うふふふ、そう言っても分からないわよね!あれはね、ほら、エルミラがいつも連れてる白くてちっちゃい、可愛いモフモフちゃんたちがいるでしょう?あれよあれ!」
「え―――⁉あのちっこいの―――⁉」
鬼ごっこの鬼であるはずのバルシャを、むしろ鬼の形相で猛追するその白い怪物は、白くてモフモフという点を覗いては、エルミラの連れているあの謎生物のモフモフとは一切の共通点が見当たらない。
ゆうにバルシャの3倍はあろうかというその巨体に、バルシャの体よりも太い剛腕。そして、角の様にそそり立つ長い耳。
その謎生物【大きめ】が凶暴な雄たけびをあげながら、剛腕を振りかざして容赦ない攻撃をバルシャへ向けて仕掛ける。
「……ね、ねえジュメイラ?……あれ、大丈夫なの?」
「ああ、あれくらい大丈夫よ、バルシャには良い修行になるわね!ほらバルシャ!しっかりしなさーい!」
あっけらかんとそう答えるジュメイラに、ラシディアの目が点になる。
「エルミラ様ー!ず、ずるいですよ!う、うわぁあ!……そんなところに居たら捕まえられないじゃないですかー!」
謎生物【大きめ】の攻撃をかわしつつ、全力で逃げ回りながらバルシャは果敢にエルミラにそう訴える。
「おーおー、何か言うておる、どれどれ、ではもう少し近くに行ってやってもよいぞ、だがそのかわりに……」
謎生物【大きめ】に追い回されるバルシャの頭上をフワフワと飛び回っていたエルミラは、嬉しそうにそう言ってバルシャへと近づいて行く。
そして「チャンユージエよ、お前も来るのじゃ」と言ったかと思うと、向こうの方から、もう一体の謎生物【大きめ】が猛烈な勢いで突進してきた。
「えぇええーーーー⁉」
バルシャ絶叫。
それを見ていたナドアルシヴァは爆笑。
「ひええぇーーーー」
エルミラ
謎生物【大きめ】A
謎生物【大きめ】B
が現れた!
バルシャは逃げ出した!
しかし回り込まれた!
謎生物【大きめ】Aの攻撃!
バルシャはひらりとかわした!
バルシャのこうげき!
かいしんのいちげき!
ミス!謎生物【大きめ】Aにダメージをあたえられない!
エルミラはわらっている……
バルシャは逃げ出した!
しかし回り込まれた!
謎生物【大きめ】Bは燃えさかる火炎を吐いた!
「うそーーーー⁉」
その時だった。
メイダーンが助けに入った!
メイダーンはバルシャの身代わりになった!
メイダーンにはきかなかった!
謎生物【大きめ】Bの燃え盛る火炎を振り払ったメイダーンは声高らかに叫ぶ!
「さあバルシャ少年!僕が来たからにはもう大丈夫だ!」
メイダーンは思った。───よーし!これでジュメイラにかっこいいところを見せれば……
すると、間髪入れずジュメイラが叫んだ!
「ちょっと!メイダーン!助けちゃったらバルシャの修行にならないじゃない!ちょっとどいてて!」
「…………」
メイダーンは寂しそうに帰って行った。
「あーあ……なあ、リサイリよ、メイダーンのやつ可哀想だから、こっち連れて来てやってくれ」
ナドアルシバが呆れた様子でそう言うと、リサイリが「うんわかったー!」と元気よく返事をし、たまごやきを両手に取って走り出す。そのリサイリに向かってジュベラーリが、「それと、ジュメイラが待ってるよって言ってねー!」と声をかける。
そして、謎生物【大きめ】AとBに囲まれて逃げ回るバルシャの頭上でふわふわと浮かぶエルミラは、とぼとぼと帰っていくメイダーンの後姿を横目に見ながら、「……阿保め!」と吐き捨てた。