メイダーンに訪れた希望の光!
世界に”終焉の時”が迫っているという事実を知らされたジュメイラ。同じころ、”御霊の蔵”で、その貯えられている膨大な量の食糧を目にしたラシディアも、その事が脳裏をよぎった。するとそこへセルシアスが現れる…………
僕は……メイダーン……え?……随分元気がない様だけど、どうしたのかって?……あ、ああ……ちょっと、つらい事があってね……
実はさ、エルミラに……「お前はそこいらの草でも食うておれ!」って、すごい剣幕で言われてさ……
その後、「阿呆め!」って、吐き捨てるように、そう、言われたんだ……
僕、”もののふ”だよ?……異世界召喚された屈強の戦士”もののふ”なんだよ……?
なのにどうして、こんな扱いなのかな……?
……草……食べようかな……
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その巨大な食糧庫、”御霊の蔵”の中に所狭しと備えられた幾段にもなる棚には、穀類や瓶詰めなどの他に、野菜やら魚、肉などまでもが場所ごとに分けて保管してあり、そのどれもが、今とれたばかりの様に新鮮だった。
それを、あれこれと説明しながら走り回るリサイリの後に付いて、ラシディアは一つ一つゆっくりと見ながら進んでゆく。
「……どうしてこんなに……どれも新鮮なの……?」
リサイリに訊くわけでもなくラシディアはそう口にすると、一つの不安と共に、こう思った。
─────それに、この量……
するとまるで、そのラシディアの心の声に答えるように、後ろから声が聞こえた。
「備えているのだよ、その時の為に。」
「セルシアス様……」
「あ!お兄ちゃん!」
セルシアスはそれだけ言うと、黙ってラシディアの隣まで来て立ち止まり、ラシディアの方を向いてこう言った。
「間もなく訪れる、その時……終焉の時のためにね。」
うず高く積まれたその膨大な食糧を前に、恐ろしい事が脳裏に浮かんでいたラシディアは、セルシアスのこの言葉を聞いて、それが確信に変わる。
「でも……セルシアス様、昨日のお話では”いつか”と仰っていたから……」
ラシディアがそう尋ねると、セルシアスはその棚を見つめながら歩き出し、ゆっくりと話し始めた。
「いつかは、今日かもしれないし、10年先かもしれない、でもね、もう目の前に迫っていると、私は考えている。恐らく、この1年のうちに起こるとね……」
「……1年……⁉」
ラシディアはそれを聞いて言葉を無くす。そのラシディアの手を、リサイリが黙って強く握った。
「勿論、これは私の推測にすぎない、ラシディア、君を怖がらせたくはなかったのだが、言っておかなければと思ってね。」
「……は……はい……あぁ!セルシアス様!おはようございます!」
衝撃的な事実を聞かされて、何も言葉の見つからなかったラシディアだったが、肝心の挨拶を忘れていたことに気付き、慌てて挨拶をする。
「ああ、ラシディア、おはよう!さあ、何が食べたいか言ってごらん?私が作ってあげよう!」
「えぇえええーーー!いえいえいえ!え⁉セルシアス様が⁉あ、やだ、え?どうしよう!」
先ほどまでの少し沈んだ気分も、この世界に危機が迫っているという事に対する不安でさえも、セルシアスのこの一言によって、ラシディアの中から綺麗に消え去っていった。
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「お?セルシアス!どうしたんだそんなの持って来て⁉」
御台盤所へと戻ると、セルシアスが両手に食材を抱えているのを見たナドアルシヴァが、やけに嬉しそうにそう言った。
「ああ、ラシディアとジュメイラに、だし巻き玉子を食べさせてあげようと思ってね。」
「おー、そりゃあいい。そいつは二人とも、きっと喜ぶな!な!ラシディア!」
「あ1はい!本当になんだか……いいのかな⁉」
「ラシディア!あ、セルシアスさんも!おはようございます!」
そこへジュメイラたちもやって来て、これで一同が御台盤所へと集まった、かに見えた。
「ねえシヴァ?メイダーンは?」
「あ?アイツか?あいつ自分で料理するって言って、えらくご機嫌で支度してたんだけどよ、それほっぽって何処かへ行っちまいやがってな、そのまま帰ってこねえんだよ。」
それを聞いたジュベラーリがすぐ横にいるジュメイラの顔を見ると、二人は目が合い、ジュメイラは不自然な笑顔で首を傾げると、エルミラの方へと視線を送る。
「あやつならな、草でも食んでおれと、そう言うてやったわ、あやつには草で十分じゃ。」
エルミラはそう言いながら、なにやら大きな瓶を抱え、その中に入っている果物の様な物を、手づかみでパクパク食べている。
「あー全くしょうがねえなーあいつは、リサイリ!ちょっとメイダーン探してよ、連れて来てやってくれ!」
「うん!わかったー!」
エルミラの横で、エルミラに果物を一粒ずつ貰って食べていたリサイリは、ナドアルシヴァに言われて元気よくそう答えると、最後にもう一粒エルミラに貰ってから走り出した。
「ああ!リサイリ!ジュメイラが待ってるって、そう伝えてね!」
「うんわかったー!」
部屋を飛び出していくリサイリに向かってジュベラーリはそう言うと、ジュメイラに「これであの子、元気になって帰って来るわよ。」と言って微笑んだ。
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鮮やかな手つきで料理を作るセルシアスを囲んで、ラシディアとジュメイラが、はぁ~と息を漏らす。
「セルシアスさんて、料理も出来るのね!男の人で料理が出来るのって、素敵だわ~。」
そう言いながら、興味深くセルシアスの手元を覗き込むジュメイラの隣で、ラシディアが無言のままただ激しく頷く。
「そうかい?そんな大した事ではないよ、ああ、ラシディア、この巻きすを、一度水で濡らしてくれないか?」
「あ!は、はい!」
ラシディアはその言葉に飛び上ってセルシアスから巻きすを受け取ると、言われた通り水で濡らし「セルシアス様!どうぞ……」と言って、にやけながらセルシアスに手渡す。
ナドアルシヴァも向こうで何か作っていて、ジュベラーリはそのナドアルシヴァの隣で、味見を催促するエルミラの頭を優しく撫でている。
そんな和やかな雰囲気の中、突然、先ほど一人で項垂れていたメイダーンが、あの落ち込みがまるで嘘だったかの様な満面の笑顔で、その足取りも軽やかに御台盤所へと飛び込んできた。
「ジュメイラ~!僕を待っていてくれたんだね~!さあ、僕が今からだし巻き玉子を……え?」
「ああ、メイダーン、ちょうど良かった、今出来たところだ。さあ一緒に食べよう!」
「わあー!美味しそう!セルシアスさん、ありがとう!」
「………………」
───セルシアスさん……何してるんですか?…………ちょっと何やっちゃってんのー⁉
セルシアスが作った、ふわふわでふるふるのだし巻き玉子をみんなが楽しそうに囲むその傍らで、今度は先程の笑顔が嘘のように憔悴した表情に成り果てたメイダーンが、そう思いながら一人取り残されて立ち尽くす。
それを横目に見たエルミラは、再び「、、、阿呆め。」と、吐き捨てた。
「そうだ、エルミラ様?バルシャはどうしています?」
立ち尽くすメイダーンに冷ややかな視線を送っているエルミラに、セルシアスがそう尋ねた。
「バルシャはな、あやつは昨夜の鬼ごっこですっかり疲れ果てて、まだ眠っておるわ。」
「そうですか、鬼ごっこを……それは良かった。」
セルシアスは”鬼ごっこ”と聞いて、何故か満足気な笑顔を見せた。
「おーおー、そうじゃそうじゃ、バルシャにもこれを食わせてやるとしよう、さすれば、今晩はあやつももう少しましになるじゃろう。」
「あら、エルミラ、今日も鬼ごっこするの?」
それを聞いていたジュメイラがエルミラにそう尋ねると、エルミラはいそいそとだし巻き玉子をお皿へと取りながらこう言った。
「我を捕まえるまではずーっとやるぞ、そうじゃ、ジュメイラよ、ラシディアも、今度見せてやると言うたが、今夜見に来るが良いぞ。」
エルミラはそう言うと、だし巻き玉子をのせたお皿を大事そうに持って、謎生物を引き連れトコトコと行ってしまった。
「わ、夜中の鬼ごっこ、楽しみ!」
「あの大人しいバルシャが騒ぐって、あたしには全然想像つかないんだけど、どんなかしらね⁉」
「あ!ねえねえ、じゃあ今晩は、みんなで夜中の鬼ごっこ観戦しましょ!メイダーンも!ね⁉」
ジュベラーリはそう言いながら、いまだに下を向いて立ち尽くしているメイダーンの方へ歩いて行くと、その耳元でこう囁いた。
「……鬼ごっこで、あなたの実力をジュメイラに見せれば……ね⁉」
メイダーンはその言葉を聞いた途端、項垂れていた顔をふっと上げ、ピカリとその両目を光らせた。