古代魔導機とメイダーンの苦悩!
リサイリに手を引かれ、長い通路を走るジュメイラ、その通路の先には、リサイリの魔導機”慈雨たる御手”がそびえ立っていた。すると、”慈雨たる御手”を見ている二人のところへ、メイダーンが一人でやって来る。ようやく愛しのジュメイラと会話をする機会を得たメイダーンであったが、ここで予想だにしなかった深刻な苦悩に苛まれる事となってしまう……!
ぼっ僕の!……僕の名前は、ババ……バルシャ!……うぅわあっ!
今僕は……に、に、逃げ回っています!
えっ⁉ 何からかって⁉……僕も…僕もあれが一体なのか、おぉおわあ わっ! 分かりません!……さっきまでは……白くてちっちゃかったのに……な、なんか急に大きくなって……ぅうおぉおっ!
「楽しいのう楽しいのう、ほれほれ、バルシャよ、そう逃げてばかりでどうする、少しは抗って見せぬか、うふふふふ……餅の様に潰されてしまうぞ?」
「グギャグゥォオオオォオ―――!」
前略
ジュメイラ師匠
僕は今日、死ぬかもしれません。
────────────────────
ジュメイラはリサイリに手を引かれながら長い通路を走っていた。
艶やかに輝く床と繊細な模様が施された壁に囲まれるその長い通路は、まるで何処かの宮殿の様に美しく、そして、これが宙に浮いている物体の中とは思えない程に広大だった。
しばらく走ってその長い通路を抜けると、突然広い空間へと出て、一気に視界が広がる。
そしてそこには、視野に入りきらないほど巨大な何かがそびえ立っていた。
「ジュメイラ! ほら! これが僕の魔導機『慈雨たる御手』だよ!」
「……これが……魔導機……!」
ジュメイラはそびえ立つ『慈雨たる御手』をゆっくりと見上げる。
それは、白銀の鎧を纏った騎士の様にも、また昆虫の姿の様にも見えた。
両腕の外側には刃が切立ち、その手には鋭い爪が生えていて、顔には目も口もない代わりに、頭に湾曲した二本の角が付いている。
「どう? ジュメイラ? すごいでしょ⁉」
「……本当に……これは……すごいわ……!」
二人はその魔導機、『慈雨たる御手』を見上げながら近づいて行き、ゆっくりとその周りを歩く。
後ろへと回り込むと、背には幾重にも重なる白い翼が付いていて、全身は不思議な模様で覆われていた。
あまりの巨大さとその異形にジュメイラは言葉を失ったが、その白銀に輝く姿は、何処か神々しくも思えた。
「……リサイリは、これでみんなの命を助けたのね……」
「うん! 僕! ジュメイラの事も助けるよ! 絶対に!」
「~~~~~んーーー! なんて可愛いのかしら!」
ジュメイラは、リサイリのその無垢な言葉を聞いて純粋に胸が熱くなり、涙がこみ上げてくるのを誤魔化すように、再びリサイリを抱きしめた。
「頼もしいわ! ありがとうリサイリ!」
「あ、あの……や、やあ、ジュメイラ……」
そう呼ぶ声にジュメイラが振り向くと、メイダーンがあからさまに緊張の笑みを浮かべて立っている。
「あ! メイダーン!」
リサイリはそう言いながらメイダーンに飛びつく。
「シヴァに、ここにいるって聞いてさ……」
「あら? シヴァは来なかったの?」
「あ、ああ、なんか、セルシアスと今後の事で話があるとか何とか言ってて……」と言いながらメイダーンはシヴァの言葉を思い出す。
──────俺は邪魔しちゃいけねえからよ、お前だけで行けよな! まあ、あっちに行っても強力なライバルがいるけどな、がはは!
「ふ~ん、なあんだ、そうなんだ……」ジュメイラは、普通にそう言った。
──────えぇっ⁉ なにそれ? なんなのその、私、シヴァと話したかったな~残念だな~的なそれはなに~⁉
メイダーンは勝手な解釈をして勝手に動揺しつつ、勝手に必死で平静を装う。
「で、どうしたの? わざわざ」
ジュメイラはそう言って、少し俯き加減で動揺しまくるメイダーンの顔を覗き込む。
「え⁉……あぁ!……あの……そ、そうだ、ほら!これからしばらく一緒にいる訳だからさ、こう……親睦を深めようと……そう思って……」
──────可愛いー! めっちゃ可愛い! マジやべえ! あああああ! なんか話せ! なんか話せ俺!
咄嗟にジュメイラに顔を覗き込まれ、間近で目にした女神の様な美しさに、メイダーンは心の中で悶絶しのたうち回る。
「そうね! あたしも、メイダーンと色々お話してみたかったんだ!」
「ぇえええっ⁉」
──────うっっっっひょー! マジ天使なんですけど⁉
え? つーかなにこれ? これきた? これきたもしかして⁉
ジュメイラの放った、本当に何気ない、一切何の含みもないその一言によって、メイダーンは”|ジュメイラも俺に気がある《これイケんじゃねえ?》”という重度の自分本位な妄想に取りつかれ、今この瞬間から、メイダーンは完全にジュメイラの虜となる。
「やだ、そんなに驚かなくても……」
「い、いやっぁああ! べ、別に、そんなに驚いてないけ、ど、さ……」
──────胸でけぇー! スタイル半端ねー!
ここへ来ると決めた時から、見るまい、決して見るまいと心に誓っていたメイダーンであったが、その目はメイダーンの意思に反して全自動的にジュメイラのそのたわわな胸へと向いてしまう。
「あー! メイダーンがジュメイラのおっぱい見てるよ!」
「な―――! にを言ってるんだリサイリ! 俺は見ないぞ! なんてこと言ってんだお前!」
「ふふっリサイリ、教えてくれたのね、ありがとう、でも大丈夫よ、ちゃんと分かってるから」
──────って、え―――――っ⁉ 分かってんの⁉ 分からないように見たつもりだったけど分かってたの―――⁉
「女の子はね、そう言う視線はちゃんとわかるのよ? 男はみんなわからないと思ってるみたいだけど」
「だって!」
「…………」
メイダーンは無邪気に笑うリサイリを、悲哀に満ちた虚な眼で一瞥すると、静かに魔導機を見上げ、そして思った。
──────ああ、リサイリは何も悪くない、こいつは本物の子供だし、悪いのは全て自分だ……己の中に渦巻くこの生臭い煩悩が、これこそが諸悪の根源なんだ……これのせいで、目が勝手に、この目が勝手に、あの、あの、あの谷間を探索しようと出かけて行ってしまうんだ!……あ……という事は、ジュベラーリも俺がいつも胸見てるの気付いているって事なんだな……女って、そう言う事分かってても言わないんだな……そりゃそうか、わざわざ言う様な事じゃないもんな……ああ…もういいや……何もかも、もうどうでも良くなってきた……もうこのまま”慈雨たる御手”でも見ていよう……そうだ、そうしよう、それがいい………
「もう! メイダーン! そんなに気にしないで! みんなそうなんだからいいのよ!」
「そ、そうなの……ハ、ハハ……」
「わたしの胸に視線を向けない人なんて、家族くらいなものよ、あ、でも、セルシアスさんも、シヴァも見なかったな、そういえば」
──────ってことはここでは俺だけかーい! あの二人は大賢者と聖人だもんそりゃ見ないよねー!
「だから、メイダーン、胸見られても私は気にしないから、大丈夫よ!」
「あ、俺、しばらく『慈雨たる御手』見たままで話すわ……」