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アンニハヤトゥ  作者: 北条ユキカゲ
第一章 揺蕩いのプレリュード
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罪と流るる白藍の月

セルシアスとジュベラーリのふたりの間に、ただならぬものを感じたラシディアは、一人夜空を眺めていた。あの時の、セルシアスを見るジュベラーリの瞳は何だったのだろう、、、そんな事がずっとラシディアの心を支配していた。雲が晴れ、美しい月がラシディアを照らす。その月が滲みゆく中、ジュベラーリが一人、ラシディアのもとへとやって来た、、、、、

 藍瑠璃(あいるり)の織物に無数の宝石を散りばめた様な夜空を、幾つもの流れ星が煌めいては消えて行く。そしてその星々の海を漂う、薄く透き通った雲がゆっくり流れ去ると、まるでヴェールを脱ぐ花嫁の様に嫋やかな月が、その淡い月光でラシディアを照らした。



───セルシアス様とジュベラーリさん……どういう間柄なのだろう……



 ラシディアはその事がどうしても頭から離れず、一人”揺蕩いし叢雲(たゆたいしむらくも)”の表層で仰向けに寝転び夜空を眺めていた。



───あの雰囲気……あれは何かある……



 ジュベラーリがセルシアスへ向ける眼差しに、何か特別なものを感じたラシディアであったが、そんな事はどうでも良いと思いたい自分と、何も知りたくない自分、そして、知りたい自分、それらの感情の狭間で、ラシディアの心は風に舞い散る花びらの様にざわつき、定まらないでいた。


 そもそも、これが叶わぬ恋などと言う事は分かっている。ただ近くにいられるだけで良いのだと思っていたのに、今の自分はまるで、手に入れた宝物を無くして悲しむ子供の様に思えた。



───はじめから手に入れてなんかないのに……手に入りなんか……しないのに……



 雲が晴れ、鮮やかに見えていたはずの月が滲む。

 ラシディアは咄嗟に、涙を流そうとする目を両手で抑える。それでも口が泣こうとする。そしてその口からは、情けない声が漏れだす。



「ラシディア……?」



 誰かが自分を呼ぶ声にはっとして、ラシディアは急いで起き上がり声のする方を見た。



「…ジュベラーリさん……」



 そこには、心配そうな表情でラシディアを見つめるジュベラーリの姿があった。



「あ…い、いえ……何でもないんです……」



 そう言ってラシディアが慌てて涙を手で拭うと、ジュベラーリがそっとラシディアの肩に手を置き、ハンカチでラシディアの頬を優しく撫でた。



「…どうしたのか…聞かせてくれない…?」


「…い、いえ…本当に…何でもないんです…大丈夫…ですから……」



 ラシディアは無理やり笑顔を作って平静を装おうとするが、ジュベラーリのその慈悲深い眼差しと優しい声に、涙は止めどなく流れ、聞きたくなかった自分の情けない声が再び溢れ出た。



「…ううう…ごめんなさい…私……」


「…いいのよ、いいの。分かったから……ね?」



 ジュベラーリはそう言って、ラシディアを抱き寄せる。



「ラシディア?あなたはきっと、セルシアスに恋をしているのね?」



 ラシディアは声も出ず、何と答えてよいかもわからず、ただ、自分の心が落ち着くのを願う。



「だとしたら、私はあなたの味方よ?」


「…え……?」



 その言葉に、ラシディアがジュベラーリを見上げると、月明かりを受けて柔らかに煌めくジュベラーリの瞳が、優しくラシディアを見つめ返した。



「セルシアスは、私を暗黒の深淵から救い出してくれた恩人であり、かけがえのない友……それ以外の何でもないの。そして何より、私がセルシアスに救われ、こうして人として転生したのは、私自身の贖罪の為…」


「…贖罪……?」


「私はこれまで、数え切れないほどの多くの命を奪い、悲しみを与えてきた…これは、永遠に償う事は出来ない。だから私は、償い続けるの。いつまでも、ずっと……そんなの、誰かに付き合わせる訳にはいかないでしょ?それがセルシアスなら尚の事!」



 そう言って月を見上げるジュベラーリの瞳から、一筋の涙が頬を伝った。


───この人は…ジュベラーリは、セルシアスを愛しているのだと、その涙からラシディアに伝わった。

 だからあの時、ジュベラーリがセルシアスに向ける眼差しに、彼女が心の奥底に秘めるセルシアスへの愛情を感じ、心が乱れてしまったのだと、ラシディアはようやく理解した。


 ジュベラーリのその美しく優しい瞳と、そこから零れた一筋の涙には、強く静かな覚悟と、白藍(しらあい)の月光が煌めいていた。

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