表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アンニハヤトゥ  作者: 北条ユキカゲ
第一章 揺蕩いのプレリュード
1/50

出会いに向かって

 闇夜の中、激しい閃光と轟音を響かせながら、何者かが凄まじい戦闘を繰り広げている。そしてそこから少し離れた上空から、その様子を窺っている者たちがいた……

 遠く、赤い稲妻が葉脈の様に空に、走る。

 雷鳴は閃光を伴って、響き続けている。


 星も月も無い黒の空に音も無く浮かぶ、剣先の様な形をした白く巨大な物体。


 艶やかな鋼鉄に覆われるその表層で、重厚な甲冑に身を包む大柄な男が、腕を組みながら遠く離れた地上に(ほとばし)る深紅の稲妻を見つめて呟いた。



「……すげえな……何なんだこりゃ……誰かが戦っているのか?」



 目尻に刻まれた皺を深め、遠くへと目を凝らすその男のすぐ後ろで、純白のマントをたなびかせる背の高い銀髪の男が、切れ長の鋭い眼差しで地上を見据え口を開く。



「その様だ……先を越されたな……」


「先を越すって……まさかそんなのがこの世に居るとはな」



 地上に視線を留めたまま、大柄の男はそう言って口を噤んだ。


 闇を駆け巡る閃光が、無明の夜空を一瞬だけ昼の様に明るく照らす。


 光りが消え、空が闇を取り戻すと、張り裂ける様な轟音と共に、熱を帯びた爆風が吹き付ける。



「あれは槍?……槍で戦ってるわ……」



 無言で遠くを見つめる二人の隣、銀色のドレスを纏う艶やかな姿をした隻眼の女はそう呟くと、青藍の長い髪を熱風に靡かせて「人間……みたいね……」と付け加える。



「人間!? 凄いな、で相手は? 闇の眷属?」



 この中では一番若いであろう、長い黒髪を一つ縛りにした青年が、そう言いながら三人の所まで駆け寄り、さり気無くちらりと女の胸元を覗くと、女はその視線に気づきながらもそれには触れずに「そうね、人型の大きいやつ、相当強いはずよ」と微笑んで、口元に添えていた指を軽く噛んだ。



「叢雲! ここから先へは進めないのか?」



 銀髪の男が光を放つ地上の方を見据えたままそう声を上げると、そこにいる誰のものでもない声が「す、すみません……広範囲に渡って強力な結界で覆われていて、これ以上は進めません……」と、おどおどした様子で答える。


 よく見ると、地上付近を中心にして半球状に広がる透明の何かが、閃光を伴って四方八方に激しく迸る真紅の稲妻を、外へ出ない様に遮っているように見えた。

 


「これは…… 雲閣る月(くもかくるつき)……なのか……?」


「雲かくる……何ですかそれ?」



 独り言の様に呟いた銀髪の男の言葉に、黒髪の青年が訊ねる。



「闇の眷属を封じ込める特殊な魔法陣だ……しかし、本来はここまで強力では無い。これは異常だ……」


「ハハハッ! 大賢者が驚くとは、そりゃよっぽどだな!」



 大柄な男がそう言って笑っていると、一際強烈な光が辺り一帯を照らし、一瞬遅れて大気の張り裂ける様な激烈な音が轟いた。

 

 光が消え、静寂が闇に響き渡る。



「終わったのか?」


「……いや、まだだ……」



 全員が言葉無く暗闇に包まれる地上を見つめていると、小さな白い光がぽっと現れ、音も無く円形に広がり巨大な魔法陣へと姿を変えた。そして、その魔法陣は分裂する様に数を増やし、上へ上へと積み重なっていく。



「これは一体……?」



 隻眼の女が驚いた様子でそう呟くと、「白妙の纏(しろたえのまとい)宿るらむ暁(やどるらむあかつき)……これらも最高位の術式だ……」と、銀髪の男が腕を組んで笑みを浮かべた。


 しばらくすると、光り輝く塔の様に空に伸びた魔法陣が、今度は地上へと向かって降りて行く。



「叢雲! 進めるか?」


「あ! は、はい! もう大丈夫そうです!」



 空に積み重なる無数の魔法陣が下へ向かって降り始めた途端、銀髪の男が声を上げ、その呼びかけに叢雲と呼ばれた声が答えると、宙に浮かぶ巨大な塊が漆黒の夜空に滑り出す。



「間に合うかしら……」



 隻眼の女が地上を見つめながらそう言うと、大柄の男が何処から持ち出したのか、バナナの皮を剥きながら声を掛けた。



「間に合うも何も、闇の眷属はどこかの誰かさんが倒してくれたんだ、もう心配ねえだろ」


「違うわよ、その闇の眷属を倒したのがどんな人なのか、会ってみたいじゃない」



 隻眼の女が嬉しそうな表情で地上へと視線を戻すと、大柄の男が女の目の前にバナナを差し出しながら尋ねた。



「お前、見えたんだろ? 人だったのかアレ?」


「ああ、ありがとう、でも私要らない……ええ、たぶんね、女の子に見えたわ」


「……女の子⁉︎ ほんとかよ……信じらんねえな……どうなってんだ」



 大柄の男は驚愕した表情でそう言うと、隻眼の女と同じ方を向いてバナナにかぶりついた。



 東の空が仄かに滲み、微かな陽光が黒の空に染み広がっていく。


 しばらく進むと、そこには荒野が広がっていて、地上では煙がくすぶっている。


 先ほどの戦闘によって出来たと思われる大きな陥没や亀裂が、赫灼を始める太陽によって深い影となり、彼方此方(あちらこちら)に浮かび上がる。


 その光景を、銀髪の男は顎に手を当てながら静かに見つめ、大柄な男は「ほら、お前も食えよ」と、黒髪の青年にバナナを手渡した。


 荒れ果てた地上を眺めながら「いやまったく、すげえな」と言ってバナナの皮を投げ捨て、二本目のバナナの皮を剥こうとした時、そこにいる全員が目に前に広がる光景に息を飲んだ。


 バナナの皮を剥く手が止まり、黒髪の青年はバナナを咥えたまま固まる。



「……一体……どうしたらこんなんなるんだ……」



 そこには、薄っすらと煙を上げながら、大地を抉り取ったような巨大な陥没がぽっかりと口を開けていた。



「……これは……凄い……!」



 銀髪の男は思わずそう言葉を洩らす。



「残念。もう、ここにはいないみたいね……」



 周囲を見渡して、人の姿が無い事を確認した隻眼の女がそう言うと、銀髪の男は真剣な眼差しで地上を見つめながら「探そう」とだけ答える。

 その言葉に、大柄な男が訊き返した。



「探して、なんだ、力を借りようとでも言うのか?」


「ああ、今まさに、我々にはこの力が必要なんだ」



 穏やかな風に銀の髪を靡かせながら銀髪の男がそう答えると、隻眼の女が「そうね! 楽しみ!」と無邪気な笑顔を浮かべた。

 その隣で、黒髪の青年がバナナをモグモグしながら提案をする。



「ここから北へ少し行ったところに……ウムスキームという大きな街があったはず……そこへ行けば何か分かるかも知れませんね……」


「ウムスキームか……そうだな、あれだけでかい街なら、何か情報が掴めるだろう……」



 大柄な男はそう言って、バナナの皮を剥き始める。するとすぐにその手を止め、ふと思い立った様に銀髪の男に尋ねた。



「で……直ぐ行くのか? セルシアスよ」


「ああ……残された時間は、そう長くはないからな……」



 セルシアスと呼ばれたその銀髪の男は、そう言って北の空へと視線を向けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
[良い点] キャラクターたちが愉快で個性的な点はとてもいいと思いました! あの空気の中で、バナナて……バナナで思わず吹き出しそうになりました。 ルビも難しいものに振ってあり、読み方わからんとなりにくい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ